決意
お待たせしました。
Side亀山
「やっと落ち着いたか。」
片桐たちと別れたあと俺は教室にみらいと一緒に重い足取りでたどりついた。
みらいは俺の背中で泣き疲れたのかぐっすりと眠っている。さっきまでは片桐と一緒にいるの一点張りで俺の体を蹴って叩くだけでなく、腕に噛みついてまで逃げようとした時は危うく放り投げそうになったがなんとか堪えた。
教室に入ると何故か生徒だけでなく避難民らしき人がちらほらといる。
「亀山!無事だったか!?」
不意に声を掛けられたので呼ばれた方を向くと一人の女子生徒が俺の肩を勢いよくつかんでそのまま揺らしてきた。
「片桐は見つかったか!?衣笠たちはどうした!?あとその子はどうした!?他にも」
「待て落ち着け篠原、いっぺんに喋るな!話すから揺らすのやめろ!」
「あ、ああ済まない。」
矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた黒髪ショートカットの女子生徒の名前は篠原 夕希、俺のクラスの学級委員長だ。
そして余談だが片桐の彼女だ。
付き合っていると聞いたときは「リア充は撲殺!」と叫んで、横山たちと一緒に片桐をたこ殴りにしたのはいい思い出だ。
「その前に、何で避難民がここに?体育館じゃないのか。」
「先生が言うには体育館だけじゃ収まりきらないらしいから、一時的に生徒の少ない教室に入れるそうだ。噂じゃ体育館周辺に暴徒が集まってるとかなんとか。」
暴徒。と言われてあの光景がフラッシュバックしてくる。
肌が腐れ落ち、無差別に人を襲い喰らう人間のなれの果てたち。
そして血塗れになったそいつらの死体。
あんなものが元人間だなんて信じたくない。
これは夢なんだと、ここに来るまでに何度自分に言い聞かせただろうか。
しばらくしたら自分のベッドで目が覚めて、何気なくて、当たり前の一日が来て。
片桐たちとくだらない事で笑って、喧嘩して、当たり前の一日が終わる。
でも、そんな一日はもう来ない。
背中越しに伝わるみらいの体が暖かかった。
みらいが暴れた時に体に痛みを感じた。
軽く血が出て、唾をかけるときに鉄の味がした。
そうか。これは現実なんだ。
いつもの、何気なくて、当たり前の一日の一つなんだ。
「亀山……?顔が真っ青だが大丈夫か?」
篠原が心配そうに顔を見つめてきたので俺は笑顔を作って大丈夫だと言った。
「そうか。それで、この子も避難民か?」
「ああ。避難する途中で親と逸れたらしい。さっきまで大泣きして泣き疲れたから起こさないでやってくれ。」
俺はみらいを背中から下し、床に寝かせて上着を毛布替わりにしてみらいにかけると壁に背中を預けて隣に座り込む。
篠原も座り込みみらいを膝枕して軽く頭を撫でる。
座り込んで大きく欠伸をすると疲労感と睡魔が一気に襲って来た。
思えばずっと緊張状態が続いたからな。
「篠原、俺は少し寝る。何か指示が来たら起こしてくれ。片桐たちのことはそのあと話す。」
そして俺は篠原の返事を待たずに瞼を閉じて意識を手放し
ウァァァ
俺は文字通り飛び起きた。
教室にいる人たちから変な目で見られるが気にも留めず耳に意識を集中させる。
どうか気のせいであってくれ。と、普段したこともない神頼みを心の中でするがどうやら神様にそっぽ向かれてしまったようだ。
ゆっくりと。だが確実にこっちに近づいてくる。
「廊下に誰かいるのか?」
俺の行動から廊下に人がいると察したのか、男子生徒の一人が教室のドアを開けたので俺は慌てて
「馬鹿!!外にでる」
ここで俺は自分の過ちに気が付いた。
何故体を引っ張るのではなくて、大声を出して止めたのだろうと。
俺は生徒の体を引っ込めようとして手を伸ばした。
だけど、もう手遅れだ。
俺の大声に反応したあいつはまるで獲物に飛びかかる猟犬の様に男子生徒の喉に噛みつき、そのまま押し倒して生徒の体を貪り始めた。
その間、俺はある感情に囚われていた。
生徒を助けられなかったという後悔ではない。
恐怖。
この感情が今の俺を支配している。
生徒を貪る音も
パニックになった周囲も
何一つ耳に入らない
俺は石像の様に手を出したままの状態で立ち尽くしていた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
背後から雄叫びに近い声が発せられた瞬間、俺は誰かに突き飛ばされた。
床にぶつけた痛みを感じる間もなく俺を突き飛ばした人物、篠原が箒であいつ……ゾンビに殴り掛かった。
勿論たかが掃除用具程度で殺せるわけもなく、よほど強い力で殴ったのか箒が真っ二つに折れてしまった。
しかし怯ませる事には成功した。
篠原は折れた箒を投げ捨てて開いた扉を閉めようとするが、ゾンビがそこに割り込んできた。
閉め出そうとする篠原と侵入しようとするゾンビがスライド式の扉で攻防戦を繰り広げるが、普通の女子生徒である篠原では抑えきれずに段々と押されてきている。
ふと、ここで振り返ってみた。
片桐たちはゾンビに襲われた時に武器を持って前に踏み出した
みらいは俺に会うまでずっとおびえることなく片桐に着いていった
篠原は勝てないとわかっていても俺達を守るために戦いを始めた
なのに、俺は今までどうしてた
さっきも、そして今もずっと怯えているだけだった
周りが
誰もが
生きるために
誰かを守るために戦っているのに
自分は震えているだけでいいのか
俺だって、俺だって
「俺だって、男だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺は近くにあった椅子を持ち上げるとゾンビの頭に向かって思いっきり振り下ろした。
椅子の足が頭に命中し、どす黒い血を出しながら地面に倒れ俺は何度も、何度も、ゾンビが動かなくなっても椅子で殴り続けた。
どれくらいそうしていたかはわからない。
気が付くと、俺は全身血まみれで立っていた。
手には赤く染まった椅子。
床には原型が分からなくなった肉の塊。
俺が倒したんだと思った瞬間、床に倒れ込み篠原や他の生徒や避難民が慌てて声をかけてくるが、俺は今度こそ意識を手放した。
それから数時間後、片桐たちや一部の人間の奮戦によって校内のゾンビは殲滅され戦闘は一先ず幕を閉じた。
この作品のゾンビは噛まれない限り感染はしません。
傷口に血が入ろうが引っ掻かれようが問題ありません。
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