09 コズミック・リポート *
「――すべてはヒブラに繋がる、か……」
今の時点では、と博士は無言のままに付け足した。
ランミールトは脚を組み替えた。
「この刻印についての説明はつきますか?…例えばこの、ユーデロイトと言う名は、皇帝にしか使えないものであったと、資料にはありますが」
「あ……歴史の資料はそのままにしてくれたまえ。――説明するだけなら簡単だ。ユーデロイトと言う名は『ユーデリウスの意思を継ぐ者』の意味であるし、有名だな。皇帝には即位の際に誕生名(本人の名)、霊名、皇帝称の構成で名が与えられる。
例えば帝政最後の女帝は、即位前は姓が違う。帝位に就いてからはカロルシア・クラオン=ユーデロイトと改名している。クラオンとは『王冠』を意味し、彼女の名をトータルで解釈すると『ユーデリウスより王冠を授けられたるもの、カロルシア』または『ユーデリウスの後継者たる中の王』といった概要になる。
つまるところ、歴代皇帝の中で彼女こそが王の資格を与えられたと言うのだろうよ。だから、刻印にある、歴史にすら出てこないユーアン・ウティス=グレス・ユーデロイトというのも何か意味があるのだ」
「身分が高いのは間違いなさそうですね。ではマイアランデと言うのは?」
「あまり一般的ではないから、聞いて驚くことが多い。ずばりクラオン帝のことだとされている。――ここからは私の得意分野になりそうだ」博士の手元でコンソールが控えめに光った。「『D.O.』は知っているな」
「歴史を知るに重要な文献ですよ。しかも現役で」
『D.O.』とは、もともと医療科学学会などを主体とした学者の集まりだったが、連合の委託であるプロジェクトを行ううちに独立を喫したと言われている自治体である。
「『D.O.』の『報告書』はそのまま歴史になる」
「では『D.O.』の前に仮定しましょう。クリムゾンと言うのがクラオン帝であるとする――ならば刻印の文面を額面どおりに受け取れば、『ユーアン』とは血の繋がった親子となりますな。帝政では規律違反になりませんか」
「確かに親子でユーデロイトの名は語れん。帝政の皇帝は生涯独身制で世襲制ではないし、ユーデリウス大公自身が血統による帝政や帝位の継承に消極的だったと言われる。彼の思想自体も刻が人を選ぶと解釈されているし、『血統より霊統なものを観よと示す』は知っていたかな?」
さすがにランミールトは首を横に振った。
「血統の問題になるなぁ。ユーデロイト姓を名乗るのは皇帝に就任したに等しい。だが帝政共同体は既に無し。ヒブラの皇帝と言うにはおかしい――言っていいものかどうか『太初にも在りて、終焉にも在るもの、先と後は繋がりの輪を成す』で良いのかな………」
意味深な言葉を吐くものの、話のズレが生じたので、せっかくながら博士の話の腰を折ることにした。
「これまでの話をまとめましょう。ユーアンなる人物はクラオン帝の息子であると思われる。いいですね?では、その情報が入ったペンダントを、何故彼が持っているのか?」
ニシモト博士は押し黙った。
指先を神経質に幾度も滑らせて、コンソールを点滅させ画面を覗き込む。肩肘をついてちょっと額をつまむと、やがて口を開いた。
「資料が一つ足りないな。少年の生い立ちと記憶についてデータをよこしたまえ。そうすれば、君が考えている事を私が代弁することになる。……一発でだ」
一枚のディスクを受け取って、簡単に一瞥すると目を閉じて思考の整理を始めた。
黙ってランミールトは待つ。
時間はそうかからなかった。博士は口を開いた。「………このノボアと言う少年が“ユーアン”であり、クラオン帝の息子であり、ヒブラとの深い関係がある。だからこの少年をラントゥールへ送り込んでみる必要性がある。…だな?」
それについての説明は、と言う博士にランミールトは再度不要と頭を横に振る。
「結果は考えてみたのか」
「いえ」
「ユーデリウス・プログラミングが発現した場合に、どのような被害が生じるかは計算できない。計り知れないリスクを負うことになるぞ」
「考えてみましたが、危険が生じるのかと言う点についても不明でした」
「なに、今更の話ではあるまい。ラントゥールを恐れているのではなく、ラントゥールに在るヒブラが恐ろしいのだと、“我々のような立場の人間は知っている”――だからこそこの少年を活用しない手はない。それも秘密裏に」
「上程すれば却下は目に見えてましたので、私の独断です」
「――壮大な叙情詩だ。人の生に二千年は永すぎる……」
ノボア・ガーハンと言う少年の処遇については、そうして決定したのである。