08 ヒブラとは何か
――刻印はかく語る。
『残されたるを統べ、導くもの、世に我が子として生を受ける…私は信頼し愛すべきこの者に名を贈る……ユーアン・ウティス・グレス=ユーデロイト。汝が名を二人より…帝政の一〇二九年、……マイアランデ』
話を具体的に進めるには、歴史を遡ること一千年以上も前に戻らなくてはならない。
現・星間共同主権がまだ「星間自治連合」と称していたころ、かつて袂を分かち相反していた『帝政共同体』と言う国家体があった。
それは皇帝と議会とによる二重政権を擁し、かつ枢密院という正体不明の団体によって成り立つ、と言われた国家だったが、「緋い大帝」と呼ばれる女帝が即位してからわずか数年後、星間自治連合との戦いのさなかに謎の消滅をしたのである。
これが世に言う、L.M.暦一〇二八年の〈大消失〉である。
それから百年余りの後に、連合政府は首都星であったラントゥールを放棄し、恒久的戒厳令を発して無期限の封鎖に踏み切った。
そして現在最大のレジスタンス、ラントゥール解放戦線による武力蜂起。
ラントゥールを拠点として、宇宙各地で戒厳令と封鎖の解除を求め、その荒っぽい活動を起こしているが、この辺りの専門学者なる者は指摘する。
『テロ、レジスタンス活動においての最大の強みとは、支援組織と補給ルート、そして秘密の基地である。これが分かれば根絶はたやすいはずなのだが、政府は誰の目にも明らかな解放戦線の拠点を目前に、二の足を踏んでいる。何故か?』
レジスタンス対策の急進派はその意見を踏まえるでもなく、声高に叫ぶ。
『解放戦線の最大の拠点を叩くには、惑星破壊しかない…!』
あえて小細工するまでも無い、星を一つ吹っ飛ばせば世は安泰なのだという意見だが、一度も実行されることは無かった。
レジスタンスとの一進一退的膠着状態をつくったのは、政府側だと言えよう。それでいったいどれだけの人々が臍を噛んだのかは知る由も無いが、しかし政府はなにゆえ動けなかったか。
そんな中で、ここ数十年のうちに、密かに囁かれるようになった名がある。
――『ヒブラ』。
その名について、少ない文献から拾える情報ではこうである。
帝政共同体の太祖ユーデリウス大公の後継者として活躍した、ルイーザと言う女性の思想的流れを組むとされるもので、正史に登場することは無いが、星間自治連合の発足とほぼ時を同じくして誕生したと推察され、特に顕著な歴史的役割は見当たらない。
それがL.M.暦一〇二八年に帝政共同体の〈大消失〉以来、杳として行方が知れなくなり人々の関心を集めるでもなく、いつしか忘れ去られていた頃、忽然と『ヒブラ』の名が底辺を歩くようになったのである。
わずかな識者はそれに魅せられた。
黄金郷と言う名のように、豪奢な輝きで惹きつける魅力ではない。
一種の不気味さを伴った妖かしの響きであった。
遥か遠い歴史の記憶を呼び起こして、恐れおののくものもいる。
『帝政共同体の血を引くヒブラが出現したことは、その再来になるものか』と。
だがそれは、ユーデリウスとルイーザの二つの思想的系統から定義するなれば、否、との答えがなされるだろう。伝説的資料からわずかでも、ヒブラというものの輪郭をとらえることができた者ならば、帝政と言う型の中に二つの存在を見出す。
「ユーデリウスと言う人物によって骨格が造られ、ルイーザによって肉付けされた国家」であると。
この二つは互いを幇助することはあっても、決して融合はしなかった。――それこそ肉と骨のように。
帝政共同体はユーデリウスの為に在ったのだとも云われるならば、可能性としてルイーザのためのユニットもあってもいい、と推測される。確かな根拠は無いものの、その対象として出される名が『ヒブラ』なのである。
なぜなら、『ヒブラ』とは古い言葉で『金色の瞳』を意味し、かつてユーデリウス公が金色の瞳を持つルイーザを「ヒブラ」と読んでいたことに他ならないからだ。
したがって、ほんの一部で提唱された帝政共同体の再来論は一蹴されたが、更なる疑念は甦る悪夢を大いに誇大化させた。
〈大消失〉以来、なぜ千年もの時間を沈黙していたのか。何のために再び姿を現したのか。――そもそも「ヒブラ」とはいったいなんなのか。
様々な方向から解釈し、帝政を創りえた思想などを総称して『ユーデリウス・プログラミング』と言う。それはおよそ千年ごとに発動するのだと、紡がれた歴史に人々は記憶していた。
――恐らくは、『最終千年紀』の意味なすことは千年の時を経て、再び訪れようとしているのだろうか。