75 その名は呪縛、時間の鎖
暫くの間、宿命の二人は無言で見合った。
奇妙に静かで、冷淡な空気。
(……それでも、彼は星間共同主権のパワー・エージェントだから――)
油断無く観察せねばなるまい。
アルダの背筋に、冷や汗が流れる。
「――――私は……かつてノボアと言う名を与えられたこともあるが……」
落ち着き払った様子で、ユーアンは口を開いた。「懐かしい想い出になった――」
シャ・メインにしてみれば薄汚れ痩せた少年、とでしか記憶に無いので、気品を漂わせ近づきがたい人物に変貌したノボアは、まったくの別人に見える。
「ノボアを改め……、では何と呼べばいいのだ」
「いま語るに及ばない…何より名は重要ではない……帝政とユーデリウスの意志を継いだ者と…お前は知っているだろう?」
「ちょっと見ない間に、随分偉くなったな。ユーデリウスの意志を継げば、皇帝以外になるものは無い。――――ランミールトめ…知っててこいつを送り込んだと言うか…」
「偶然は、必然的に発生する宿命。全てはこの場のために巡り合わせた輪廻」
「わざわざ俺も、舞台に上がらせてもらったってワケか? 勝手に人の生き方を決められては困る! 帝政やヒブラの人間ではない!」
ある種の誘惑に駆られながらも、必死に抵抗している自分を感じシャ・メインは怒鳴った。言ってしまえば、星間共同主権を代表して征伐にきたはずなのだが――。
「そこの女は昔に知っている。あの時、殺すべきだったな」
全身に力を漲らせて、憤る。
「陛下!お下がり下さい!もうすぐルイーザが解放されます。どうか、彼女のお傍に」
懇願の色を為してアルダは訴えた。
「陛下だと……この過去の遺物が、いつまでものうのうと生き延びるから………!」
ルイーザ像も、目障りだった。
「失せろ!」
破壊的なエネルギーがほとばしった。
アルダも意識を集中して、その切っ先に防御壁を張る。
実質的に、オーラ・バトルである。
途端に激しい遣り取りが展開した。
(やはり…強い!)
増して、憎悪に囚われたなら。
「何故だ……何故あなたは、こんなにも私たちを憎む!」
「分からないか? 分からないのか? 帝政が消滅して、人類が自由に生きるべき世界は瓦解し、一千年かけてここまで復興したのだ! その時間を影に怯えながら! 根本的な解決も出来ずに、帝政が存在していた時から、ユーデリウスが誕生したときから、それは我々を支配し続ける―――――無くなったはずだろう!自由になったはずなのだ!」
――ユーデリウスの亡霊から――!
シャ・メインが、ひどく饒舌だった。
「だから俺は決めた。これ以上、未来に不安材料を残すべきではないと。千年、貴様らは何をした!」
激しい感情の波に圧されながら、アルダも叫ぶ。
「私たちは何もしていない!私たちは、陛下のために千年! 陛下はルイーザのために千年! ただそれだけの為に命を繋いできた! 何もしなければ、何も無かった!」
「千年、千年と、戻らない時間を無駄に言う! あの子供が何処から現れて、陛下だと確証がある? 茶番に踊って笑い者が関の山だ! ………うッ?」
「なにっ!」
シャ・メインが、いきなり視界から消えたので、予期せぬ事態を感じアルダは慌てて見回した。
「後ろが丸腰だ」
「お礼を言うよ。始末する手間が省ける」
けたたましく笑う女の声が、耳障りに響く。
「お前たちか……既に撤退したかと思っていたが…何故帰らない」
アテンカとギトリを睨みながら、シャ・メインは見上げた。
「情報局は、お前の死体が帰るか、俺らの死体が帰ることしか認めない。運が悪いよ。こんなにしぶとい奴に当たった」
二人の体が浮揚した。
(増強剤を飲んだか――)
明らかにシャ・メインよりも能力の劣る彼らは、薬物の力を頼るしかない。
その覚悟と、任務に対する忠誠は褒めたものだった。
「マイヤーッ! 〈玄室〉を守って!」
アルダの叫びに応じて、マイヤーが飛び出すが、間に合わず彼女はギトリに打たれた。
耐え切れず床に落下する。
「アルダを!」
二人の使徒も応戦に加わり、できるだけ〈玄室〉のシールドをめぐらした。
戦闘は混戦状態に陥る。
稲妻が走り、〈玄室〉が崩壊してしまいそうな激しさだ。
「そんなもので、俺と互角になったと思うな!」
「シャ・メイン! これが互角でなくて、何て言うんだ? お前を処理してから、この変な都市を潰してやる」
「惑星破壊がやってくれる! 大人しく戻れ!」
「矛盾だろうが! 惑星破壊が全てを解決するなら、貴様も必要ないって事よ! それとも名誉ある戦死で、名を残したいのか!」
標的を外れた光弾が、シールドを突き抜けて壁に直撃した。
ドン!
衝撃音と共に赤褐色の壁板がめくれ上がる。
そしてもう一つが、ユーアンを目掛けた。
「陛下ッ!!」
悲鳴が口から漏れた。