07 驚愕の現実
「――ノボア・ガーハン。年齢十八歳、惑星グーヤー出身。ラントゥール解放戦線に共感する末端組織の学生兵。レジスタンス参加後すぐに惑星ナレイで官舎爆破に加担し、逃走中に身柄拘束――まあ、本人自供では騙されたらしいが……まだまだきれいなものだろう?ロワティエ」
「確かに。よほど私のほうが罪深いというものですよ。彼より長く生きたおかけで」
ランミールト・ロワティエの相槌に、ラムザ・ニシモト博士は目を細めた。
「私からすれば、すぐ釈放しても障害にはならない人物ですよ」ランミールトは前置きした。「ですが、そうもいかない理由が発覚しましてね……急遽内密にあなたを呼びつけた次第です」
「どうせお前はまた、よからぬ企みを思いついたのだろう。この少年が何かに使えそうなのか?」
「まだ彼は博士の調査を受けられる状態ではないのですが――私はこの少年をラントゥールに送り込みたいと思っています」
「!…冗談ではないだろうな。本気で云ったか?」
「私はいつでも真面目ですよ。博士。これからその理由をお話しするところですし、きっと貴方もこの話に乗りたくなることでしょう」
ニシモト博士は、それでも揶揄してやろうかと言う表情をつくりかけて止めた。ランミールトは嘘をついても冗談は言わない人物だったはずだからだ。
そして、どれ、と椅子に座って聞く体勢を繕う。
ランミールトはおもむろに、小さなガラスケースとメモリーを取り出した。
ディスクはさておき、ガラスケースが博士の興味を引く。
「この、古めかしい銀のペンダントが何なのかね?まさか秘密の封印がしてあるとか」
ランミールトはニヤリとした。
「そのまさかです。――ユーデリウス・プログラミングが私たちの前に姿を現しましたよ。まずディスクの映像を見てください」クリスタルディスクを傍らのスロットに差し込んで、二次元映像を出力した。「ラントゥール解放戦線のレジスタンスは、体内にチップを埋め込んだり脳内にデータを書き込んで情報を持ち歩きますが、その解析を行うのはもちろん星間安全保障情報局の仕事です。このペンダントはそれにより得たものです」
一見しても明らかだが、ペンダントにはめ込まれたものは半貴石であるアメジストだと判明している。だいぶ古いのか、硬度の高い石に細かい傷がついて幾分輝きを失っていた。
「直径五ミリの石が、何故か情報体検査のスキャンに反応したのです。チップのようなものが入っている可能性もありましたが、精査スキャンをかけました」
「通常はありえない話だ」
「その通りです。ただの石ころに何故引っかかってしまったか――結果、引っかき傷のように刻印が成されていただけであると」
「石自体にも、光学解析に反応しうる仕組みがされていたのでは?」
「特定はできませんでした。ただ驚いたことに、簡易検査で引っかかったのは刻印でしたが、精査では石内に情報があることが発見されたのです。しかし発見はできたが、星間共同主権の科学力を持ってしても、石の中に情報を書き込んだ方法も内容も解明出来ませんでした」
「未知の科学?」
「今のところは――外部の刺激に対して、石はそれぞれ特徴的な周波数を発します。それを特定の情報信号になるようイニシャライズした方法を、解明するにしても時間はかかるでしょう。矛盾するところではあるが、この情報作成者は読み取りを易くし、書き込みを暗にしている意を感じることができます。これを読むには正式なハードが必要でしょう。しかし、未知の科学力は解明できなくとも、石の刻印情報は読み取りました。」
「――或いは我々が初期の段階で検査を行ったか、行わなかっただけで、事態は結果を違えたのだと言えるな…仕組まれていたか?」
「では最初に刻印から御覧なさい」
二次元映像の一枚目をスライドした。
拡大写真である。
驚いた、と言う博士の表情は表現として妥当ではないだろう。彼がこの事実をどう捉えたかはランミールトにも図ることはできなかったが、こらえた感情の中に動揺は明らかだった。食いつくように次々とスライドさせる。
「何と言ったらいいか…」
博士はそっと目頭を押さえると、一息ついた。
「本当にあるのか?こんなことが?この内容…この刻印…誰が信じるというのだ。理解はされてもだ。誰が信じる?私ですらどうしたら良いか分からないぞ」
ランミールトの眼光鋭く、冷徹な知性が双眸の奥で輝いた。
「――あなたほどに歴史にそう造詣が深くない私にだって、これが何を意味しているか重要性は充分理解しているつもりです。しかし歴史学者よりも博士のところにこれを持ち込んだのは、その認識をもっと確実にしたいと思ったからであり、これはより逼迫した現実的な問題だと考えたからです……間違いを恐れずに言うならば…」
自分だってどうしたらいいか分からないから、あなたには何でもいい、何か同意してくれと言わんばかりの押し付けようだった。そうでもしなければ自身もひどく誤っているような錯覚に陥ってしまう気がしたからである。
「星間共同主権のL.M.暦に一〇二九年は有り得るが、帝政としてのL.M.暦には存在しえない…」
「有り得んよ!」博士も叫びそうになる。「帝政、と言えばあの帝政共同体しかあるまい!しかしそれは一〇二八年に滅亡しているのだよ!」
「博士」ランミールトは忙しなく立って歩く博士を視線で追いながら「滅亡、とは正しくありません。この場合でも〈大消失〉と呼称してください」
「どっちでもいいだろう。お前も細かいやつだな――そんな事はどうでもいい。で、どうする」
ランミールトは目を細めた。
さすがに早い反応だ。
「この刻印から連想される、一切の過程を超えた結論を、あなたの口からお聞きしたい」
無論、二人の間では過程など必要ないらしかった。博士の表情も一瞬で変貌を遂げ、ランミールトと同じ光を目に宿すと、云った。
「“ヒブラ”しかあるまい」
緊迫が部屋に充満しつつあった。