69 開かれり〈鍵門〉
『融合は不可能でした。わたくしとユーデリウスの心は交わることなく禍根を残し、人類は負の遺産を受け継ぐこととなったのです………』
さも顔を背けたそうに、ルイーザの声がトーンを落とした。
「―――神話となりましょう…ルイーザ。天上の神々が、情緒豊かに人と同じく喜怒哀楽を為せば、人智を超える神々の力は下界の人間に多大なる影響を及ぼすものです。忘却の時間が人々の記憶を曖昧にしたとき、伝えられたものは神話になるのです。そして神話とは、過去の事実を示すこともあれば、未来を予言することもある………。
貴女も、神話に現れた女神の一人として、世界の行く道を彩ったに過ぎません。太祖を憎む気持ちも、グランスを失った哀しみも、皇帝や人間たちに対する宿命を嘆くことも、自分を責めることも、貴女は定められていただけだから――」
アルダには彼ら二人が、会話をする意図が読めたように感じた。
陛下はルイーザから情報を引き出しながら、彼女の抑圧されたストレスを昇華しているのだ。それと共に自分の人間的な感情も補っているのだろう。
「――偉大な母の想い出を聞かせて頂きました、ルイーザ。長い眠りに夢見た、遠い物語にようやく私は還れる…」
『…ユーデリウスの輪廻を繋げる者よ………わたくしを黄金の瞳ルイーザと言う名の、定められた魂の痛みを癒し、自我を呪縛から解き放つには、名が必要です。一度、開けられてからわたくしの前に閉ざされた〈鍵門〉を――』
心得た、とばかりにユーアンは頷いた。
「ええ――。かつて、ユーデリウスと名乗った者が治める〈鍵門〉は、私が今一度、開きましょう。太祖が心密かに信頼し、愛で、また欲した金色に輝く瞳は、もうこの宇宙を映すことはないのです」
ゆっくり、ユーアンの腕が動いた。
コンソールの上に影を落とし、指先が優雅に置かれた。
「大丈夫かっ?」
突然、隣でひっくり返ったアルダを抱えて、マイヤーは目をむいた。
血の気を失って、顔をしかめ冷や汗を掻いている。
導主がローブの袖口で額を拭いた。
「………ア……う……申し訳ございません…回線をオープンにしていたのですが…」
「自我シールドまで外したか?それでは他人に乗っ取られようが……危険なことを」
「敵性意志の検知を行いながら、私の観ているものを、皆に伝えたかったのです……ただ―――」アルダは躊躇した。
「ただ?」
「それ自体はまだ耐えられるものでしたが――」
戸惑いに、口をつぐんでしまった。
(あの男だ…――――)
アルダにはアルダの使命があると、そうも言いたげに現れたシャ・メインのヴィジョン。
「………いえ、自分の限度を超えていただけのようです」
この一瞬一瞬に、気のせいです、と思わせぶりな事は言えなかった。
導主も空気を感じて、それ以上は聞いてこない。
(どうしろと……?どうしたら―――)
動揺しながら、ユーアンがいる先を凝視した。
シャ・メインが、招かれている。
確かに心に思ったのだ。