68 ひとつの輪廻(わ)の始まり
ユーデリウスの直系にして最大の力を持つ皇帝は、その経験により曖昧だった内なる力の二面性を、はっきりと区別するに至る。
結果は、〈大消失〉を起した外への力の放出であり、ユーアンを胎内で育てる内側へ凝縮された力……それぞれの魂と交わり、そして失い、テーベを頼りに〈大消失〉へと辿り着いたとき、まだ胎内で夢も見れない胎児を生育カプセルに入れて名を与え、去った――。
ユーアン・ウティス=グレス・ユーデロイト……この名を与えられた幼児が、かくも永きに渡って眠らねばならなかった理由とは、自らが持つ情報体に原因があり、『遺伝子(DNA)監視委員会』は先にこう予言した。
“――ベクトルの異なる力が混じったときには、安定し、なおかつそれを受容できる肉体に成長する時間が要る”
変移成長情報体とも、変革遺伝子とも言われ、肉体よりもむしろ遺伝子自体が進化する特異な存在。
成熟を迎える頃には、再び時代も胎動を始めたのである。
そして――――未来は、過去に繋がった。
帝政を導き守護してきたルイーザは宿命の孤独の中にあり、建造者の子孫も言い伝えを信じながら細々と生きてきた。ユーデリウスが穿った傷跡ゆえに、哀しき巫女を救うにはユーデリウスの血脈を必要としている。
『――輪廻………ひとつの輪廻を、わたくしは知っております………その時間が決定された時、ユーデリウス=アード・コールリッジはニジエ星系のヤイヘールに生まれました。大公家を継承する方ゆえ、幼き頃より数々の教育を受け、数々の世界を見聞されましたが、元々、物静かに神秘的な雰囲気をお持ちで、支配者たる威厳を危惧されていた方でした………。
しかし誰も知ることのない内なる精神の声を聴き、惑星デルフォイの古代よりあると言う寺院において、僧に叡智を授けられたといいます。そのことについては太祖のみ御存知ですから、わたくしたちが従うことで答えは自ずと理解するものでありましょう。
ユーデリウスが若くして大公家をお継ぎになる前、父大公に招かれたグランスの父親が移住しており、青年に長じたグランス・ラング=ライと、生涯の盟友となるべき出逢いを果たすのです。
それから豊かな力を生かして軍備の増強を推し進め、ある日、近辺の星々に侵攻を開始しました。その軍を指揮し、軍神とも呼ばれたのがグランス。徹底した攻撃を辞さない冷徹なユーデリウスと、人望厚く情けを知るグランスに、人の評価は分かれるものですが、お二人は互いを良く知り、且つグランスがユーデリウスの人間性を補佐しました。―――彼らの進撃はやがて、わたくしの住む星に及び……憎むべき……そう、その時は「悪魔」がわたくしの前に降り立ったのです』
小さな少女は、仇を討てずに屈した。宇宙の深淵を思わせる冷気を纏い、気高くも無感情なユーデリウスに、彼女は意識を吸い込まれる。余計な殺戮はしない、そんな余裕と少女の無謀な勇気を買ったか、ユーデリウスは腹心のグランスに後始末をまかせて立ち去った。
気丈な戦災孤児を、グランスは可愛がったものだった。
彼女としても、保護者が憎い仇の片棒を担いでると知った時は、さすがに平常心ではいられなかったが、それ以上に多大な恩恵を受けて美しい乙女に成長する。
間違いなくかけがえのない存在としての愛情を抱き、これからの幸せを望もうとしたルイーザに、暗雲が立ち込めた。
ユーデリウスとの再会、そして召喚。
人としての日々の生き方は、諦めるというより得られないのだと、しかも自分が知っていたという運命に魂は慟哭した。
ユーデリウスが自分の存在を探しており、自身もそのためにある――――。
未来を予見し、人類が進むべき道標を打ち立ててゆく。二人三脚の共同作業だったが、乱れた感情を整理できないまま押し隠し、巫女はユーデリウスの小宇宙を己に投影しながら、言葉を紡いだ。
少しだけ努力したのは、殺人鬼ユーデリウスのイメージが実は異なる、と理解したことである。
領土拡張とか、流血を好むとか、ありきたりの暴君ではなく、持って生まれた使命ゆえ重責に押し潰されそうな、ともすれば繊細で影の薄い青年大公なのだ。
本人も何か苦しいのだろうが、辛さを口にすることなく淡々と宿命を賭す様は、生命を抜かれた人形にも見える。
そして―――
そして一瞬の、謝罪めいた零れる雫――――
薄れゆく儚い漣をルイーザに寄せ、親族の令嬢の手で彼の魂は肉体から解放されたが、孤高の死を見届けたルイーザは更なる呪縛を重ねた。