61 敵のまた敵
決定的な打撃を与えることはできなかった。かなりの疲労を覚えたが、彼にも時間が無い。
頭の中にあるノボアや使徒の固体パターンを全て抽出し、擬態に備える。用心深くも用意周到。戦闘を繰り広げていた場所から、数百メートルと言う近さで、アルダたちの残像を嗅ぎ取った。
「この辺に――――ヒブラの隠れ家があるのか?」
この星の木である植物が、半分焼け焦げながらも、枝を伸ばして生きようとしていた。原生林を形成しつつ、勢力を広げて新しい世界を作ろうと、この世で最もタフな生命力がその辺一帯を、眩しいくらいの緑で覆う。
シャ・メインの能力は、少し前の時間を辿って、その中に走る二人の姿を見いだしていた。
(セキュリティも掛けずに、丸出しで……馬鹿馬鹿しいほどの追跡だ)
岩場のために、その上を絡み合い這いずるしかない、木の根の辺りで気配は消える。
一時、視線を周囲にめぐらして、つたのような植物の奥に、シャ・メインは見逃さなかった。周囲の土が新しい色で盛り上がっている。やおらそこに取り付くと、バサバサと草や木をなぎ払う。やはり、倒すべき敵の象徴が現れた。
互いにズレたような二つの円と、円を取巻く動物の角――
(この紋章も、あと少しで……)
褐色の金属で造られ、ちょっとやそっとでは微動だにしそうにない。
未知の世界であるが、何としてでも征服する必要がある。
扉の縁からずっと全体をくまなくなぞり、拳で軽く叩いた。中は分厚く、そして厳重な構造が窺える。これが入り口だとすれば、随分巧妙に隠されて来たものだと感心した。
気を抜くと、その存在が意識から遠のくのを感じるのは、扉に仕掛けられた装置から、脳に働きかける周波数が出ているせいだ。珍しい手段ではないが、敵性意思に対して働きかける特殊な周波数を感知できたのは、やはりシャ・メインゆえか。
(自分の能力の高さに、いまさら感謝する気になるとはな)
気をそらされる誘惑と戦いながら、掌を扉に当てて走査し侵入を試みる。ノボアの擬態は、既に彼がどこかの扉を通って入っているために失敗していた。今まで殺してきた使徒のパターンも、死亡登録がなされているらしく、受付されない。
どれだけの人間を騙してきたか知る由も無いが―――脳裏に、外部センサーらしき装置の場所が浮かんだ。
(“眼”か……)
一歩引いて、それと思しきところに集中すると、“眼”は見えた。通常そこから先はオンラインを辿って、ホスト内部に潜入できるのだが………。
暫くの間、孤軍奮闘するも能わず。さすがのシャ・メインもヒブラの前に屈しそうになった。
もう随分な時間が経っている。押しても引いても、ヒブラのテクノロジーは、上手を行っていた。
(どうだって言うんだ!どれほど高度な文明を持っているんだ? …いや、違うさ。“種類が違う”だけだろう……長年の鎖国で異なる文明体系を作り上げたに過ぎない――人が作ったものに完全などと……)
とは言え、可能な限り覗き込めたヒブラのシステム体系は、ホストに異様な“癖”を感じた。
手間取りすぎた。
三人が動きを取り戻したか、近づく気配がする。
せっかく侵入のきっかけを掴めそうに、“扉”の奥でホストの支配が弱まり、別の支配勢力に入れ替わったのを、逃さず感知したのである。だがヒブラの“扉”から引き上げなくてはならないのか?
(せっかくのタイミングを……)
衝動に駆られながらも、意識を彼らに向ける。
『――だいぶ、おつかれのようだ。シャ・メイン?』
ギトリが厭らしくも“話しかけ”てきた。