60 その星の天と地で
「制圧軍本隊のケイ中将より、電文が入っております」
副官の声で、マルツァーは目が覚めた。
「今出る」ごそごそと、仮眠を取っていた寝椅子の上でうごめく。
「いえ…中将のお計らいで、録画でありますので、返信は不要とのことであります」
ふーん、とまだ眠たい頭を抱えて、上半身を起こした。返信の不要な連絡なら増して不要なのだがな。寝ぼけついでにいらぬ悪態をついてみる。
「まあ……律儀な女だし…」
二次元スクリーンに映る女性将官を眺めつつ、上着を羽織ると二つほどドアをくぐってブリッジに上がった。
「あと五時間後か…」
惑星破壊のリアクター到着と、即時展開までのカウントダウンである。
ラントゥール星住民の収容は打ち切り、上空の艦隊も撤退終了し、一応は予定通りに進んでいることに、自尊心を満足させた。
「到着した後が大変そうだ。――――そういや、おい。ラントゥールからの怪しい発信電波はどうした?」
急に思い出して、近くにいた士官に問いかける。
「は…司令官殿が無視せよとおっしゃいましたので、命令どおりでありますが……」
「まだ発信されてるか?」
「暫く前に途絶えております。試しに受信を?」
「………いや、いい。これ以上の面倒は止めておこう……地上部隊の撤収は」
「既に終わってます。あとはパワー・エージェントの回収だけです」
「“狩り”が続いてるか…中央情報局から文句は来ていやしないだろうな」
「元々管轄外でありますから、当方として二十五時間前に、協力打ち切りを通告しました」
「結構」
エージェントの徹底した取り扱いには、密かに舌を巻く。
「…攻撃衛星の回収は?」
「損壊したものはしておりません。惑星破壊には邪魔でしょうか」
そんな事を聞くなよ。とでも言うように口を尖らせて、手を横に振った。
「俺は担当者じゃない。ケイ中将殿でなくてはわからんだろ。――――? 呼んだか?」
先ほど彼を昼寝から起した副官が、マルツァーのキャプテンシートをノックするので振り返った。
「その、ケイ中将は、何とおっしゃってましたか?」
「なに?」
「後で指示を貰うようにと言われております」
「そっ……そんな話は聞いてないぞ。そんなに重要だったか?」
慌ててキィを叩いた。
かなりきつめに舌打ちしたい気分だった。
せっかく捕捉しかけた獲物を、見失ったからである。
「なんてことだ!」
“裏切り者狩り”をするため、彼の前に現れた敵の攻撃をかわしつつ、アルダたちが消えた方向をスキャンする。
「こんな手間取るとはっ!」
いたしかたがない。シャ・メインよりランクは低いが、それでも三人集まってのパワー・エージェントである。
くわえてヒブラ使徒もどうにかしなくてはならないから、その分エネルギーは分散されるのだ。
物陰に隠れてやり過ごしながら、ヒブラの行方を追う。
(奴らより先に、ノボアのパターンが追跡できなくなった……ヒブラの要塞に入ったと言うことか?たぶん、生体の個体登録で管理しているとすれば――殺した使徒かノボアのパターンに擬態してみるか……)
その価値はありそうだ。
そして、それが先決である。
シャ・メインは反撃を止めると、使徒が消えたポイントを探しだす。およそのデータは彼の能力を最大限に生かして取っていたから、最大限に引き上げられた分析能力は、瞬時に判断を下した。
あとは小うるさい連中を、せめて足止めできれば……。
焦っているのは、シャ・メインだけではない。
「メイラン!集中力が落ちている!」
ややキレ気味にギトリは叫ぶ。
「こんな長期戦向きではないのを、忘れたか!」アテンカは庇ってか、代わりに返答した。
「あっ?」
メイランが、素っ頓狂な声を上げる。
「なにごと!」
「シャ・メインが」
人の体が宙に飛び出すのを、三人は目撃する。
「そんな芸当まで!」
嫉妬が入り乱れ、三人の均衡が崩れた。
その隙を突いて、上から経験のないエネルギーが降り注ぐ。判断は遅れた。
「暫く這い蹲ってろ」一時的な神経麻痺で、力を失い地に崩れそうな三人を尻目に、使徒の消えたポイントへ身を翻す。