58 ミトコンドリア・イヴの子ら
「――似てると?」
「面影は―――さて、他に言いようがございません。が、彼も選ばれた御人のようでございます」苦笑しながら導主は答えた。
史学に習う情報だけでは、理解は得がたい。ユーアンは知りたい衝動に駆られる。
「ユーデリウス・プログラミングの観点から…と言うけれど……何故それが重要な判断の分け目となるのでしょう」
「母上様は、自らの宿命を果たすために、生涯に二人の人物と出会います。と言うより出会うべきものでした。なぜなら母上様のお力は、女性であるがゆえに内向してしまうので、来るべきユーデリウス・プログラミングのためには外へ向ける必要性から、切替スイッチのような依代が傍にいなくてはならなかったからです。その一人が少女、一人がIMSのグランス」
何故、切替スイッチが必要であったか、と言う点にも彼女の特性が現れている。
その答えは、ユーアン自身の存在。
あたかも歴史は造られるべきもの、大いなる予定に積み重ねられるもののようだ。全ては太祖ユーデリウスの誕生から、ルイーザの魂の解放まで、紆余曲折しながらも推し進められた遠大な計画である。
「クラオン帝は帝政に集える魂の解放と、ルイーザを救うための二重の使命を負って生まれ、力を為したのです。
それは、人為的で自然な生命体――クラオン帝の母、つまり陛下のお祖母様が『遺伝子(DNA)監視委員会』により、何らかの肉体的精神的情報操作を施術され身柄を帝政移送の後に――いよいよ待たれた運命の御子であったがゆえに」
ユーアンは、少し混乱した。矛盾が多すぎる。
「情報操作をしながら、どうして自然な生命であるといえるのです? ――つまり、人工的な生命体では僕は生まれ得ない、と?」
「生まれる御子には、確かな親の愛情が必要でございましょう」
導主は簡潔に答えたが、こうまでして計算ずくめの歴史に、自然発生した愛情もあったものではない。裏は、読むべきである。
「おかしいんだ……母が選ばれた人だとしても、お祖母様が選ばれた母だとしても……血は、混じる。混じり続けるものでしょう……」
それは古代連綿と絶え間なく。
それが突然、何の条件もなしに、無作為に選ばれたような人間が、こうも重課を負えるものか?
導主は、後ろに控えるアルダとマイヤーを振りかえった。
二人とも、ユーアンの問いには答えられるわけでもなく、導主の言葉を待っている。そんな彼らに微笑み、ヒブラの長老は慎重に、しかし過去より積み重ねてきた推論を、口から滑らせた。
「真相はそこからでございます。――――理由は一つ。ユーデリウス大公家の血を持つ者であればこそ」
「ユーデリウスの血筋だと言うのです?」
思わず、アルダが割って入ってしまった。
当然ながら驚愕を持って迎えられ、微かに動揺した空気が流れた。
陛下の手前、無礼であるを咎めもせずに、導主は穏やかに続ける。
「これは幾世代ものヒブラの道士や、私より以前の導主たちが、遥か永い時間を経て得たもの―――。恐らくギャラクシアン・グループ又は『D.O.』では、当然のこととしていたでしょう」
「しかし、帝政の皇帝は生涯独身制であると……」
「さようでございますな」顎を撫でて、導主は嘆息した。「難解な問題点です」
どんな人間であれ、そんな矛盾は気がつきそうなものである。
「ギャラクシアンはともあれ、『遺伝子(DNA)監視委員会』 は大公家の血を追って、数々のデータを取り続け後世に残してきました。
太祖に子孫はいませんが、その姉君の娘がおられた。
唯絶対的に母から子へ連なる、遺伝子とは異なった生態を持つ情報体は、密かに『D.O.』によって追跡され、あるところで強制的に彼らの手に収められたのです。それが陛下のお祖母様にあたるデグレシア様にして、母上様のクラオン帝が生まれることとなり、結果その直系である陛下がこうしておられる。
しかしながら、いま陛下が言われましたように、皇帝は生涯独身制であり、まして血は繋がりえない公選制でもありました。ユーデリウス自身も、血統による皇位継承に肯定的では有り得ず、霊統的な継承を望まれたとして、ルイーザ様やギャラクシアンの承認を得た者が皇位に就いたのです」