57 マイアランデ・クリムゾン
近づくにつれ、輪郭ははっきりと、生きているかのような息遣いを感じる。
プラチナの瞳、淡いグレイッシュブルーの髪、堂々とした落ち着きある顔に、浮かべた笑みは勝利か満足か……。
異名のごとく力強いオーラが、帝政の最後を飾った皇帝にふさわしいものに思えた。
ユーアンは、無言でしばしの対面をしていたが、意を決したように問うのである。
「――――この人が、母だと言うのですか………ただ……でも…知っているような気はする……気がしてるだけだ……」
記憶に得ていた情報を口にしてみたが、確信が無い。胸元のペンダントに触れた。
「………お母上と、申されますか…」 頷いて、導主はついと傍らに立つ。
「星間共同主権のどこか、逮捕されたときに隔離されて、身体検査中に聞かされた記憶がある……『残されたるを統べ、導くもの、世に我が子として生を受ける…私は愛すべきこの者に名を贈る。ユーアン・ウティス=グレス・ユーデロイト。汝が名を二人より、帝政の一〇二九年、……マイアランデ』――このペンダントが、僕の証だと……」
しばし、沈黙が続いた。マイヤーやアルダも、何か思考に耽る。
ランミールトたちは、マインド・コントロールを施す際に、意図的に説明したらしい。記憶が融合し、正常にそれぞれを認識できたから、アメジストの刻印を思い出したのだ。
「それで、よりつじつまが合うというものでありましょう、陛下。クラオン帝は、この女性は、陛下のお母上であると云えるかもしれません」
「――何故?」
「“マイアランデ”の名は、クラオン帝のもう一つの名でありますから………」
思わずユーアンは、この老賢人の顔を見た。
「むしろコード・ネームと言うほうが正しいのですが、彼女は好んでこの名を称した節がございます。――マイアランデ・クリムゾン。この名こそは、星間自治連合の中に生まれた異端『D.O.』にて付けられたもの。クラオン帝は『D.O.』とも深い因縁を持ち、生まれた運命の方でございました」
ユーアンの驚いた視線を柔らかく受け止めて、導主は『緋い大帝』を仰いだ。
そもそも『D.O.』は『遺伝子(DNA)監視委員会』が主体として独立した国家であるが、その存在目的は『報告書』に詳しい。
『遺伝子監視委員会』の活動は、人間の遺伝子操作と、その結果に至る過程を観察するのを主としている。
またその被験者の多くが女性であるのは、生命を産み出す“神の領域”的力を、人為的にコントロールしようとしたからだ。
男性型の力が外向きのものであるのに対し、女性型は出産に向けた内へのパワーである。比較には難があろう、しかし女性型の力は男性型に勝るところがあり、非情に繊細で強い力はひたすら生命の生産に向けられる。
そのエネルギーを外へ向かわせたら、との視点でプロジェクトは進行していた。――勿論、表向きは。
「クラオン帝の母、つまり陛下のお祖母様に当たる方も、『D.O.』に身柄を拘束されて、実験の被験者となっております。その後、お祖母様は『D.O.』を脱出して帝政に亡命し、クラオン帝が生まれたのです」
母の出生は理解した。それと共に率直な疑問も否めない。
「では……」
その途切れた質問の先も、導主は心得ている。
「候補はいくつか上げられるのですが………一つには、彼女の忠臣の一人にして欠けてはならない魂の伴侶、IMSのグランス・タスカー。クラオン帝の信頼厚く、深い愛情を皇帝に注いだ肉親のようなものですが、しかしこのかたは〈大消失〉以前に大戦で亡くなってますし……ユーデリウス・プログラミングの観点上、彼では符合し得ない部分がございました。
そこで翻って鑑みますに、『D.O.』で作成された『報告書』には、クラオン帝が辺境の事故で重傷を負い、一時的に記憶をなくされた折に、クロイカントがわざわざ星間自治連合政府に申し出て保護されたとあります。
クラオン帝のコードネームである“マイアランデ”の名を、周囲にはばかり無く口にしていたのは彼一人。諸条件を考慮しますと恐れながら、クロイカントの血を否定は出来ないと―――私は思うのです」