56 黄金の瞳が降り立つところ
「………暫くは大丈夫でしょう……ここが、〈玄室〉への入り口にございます。ルイーザのまします部屋へは、徒歩にて参ります」
呼吸を整えてカートを降りると、道士と使徒の二人が〈玄室〉のコントロール・ルームへ走っていった。
銃撃された使徒は、出血が無いので修復剤と保護剤で、簡単に処置する。
それぞれ彼らを待つこともなく、導主とアルダ、マイヤーとユーアンたちは、目的地へと足を進めた。
ヒブラたちが住まうこの巨大な空間は、何処へ行っても湾曲した天井とドーム型で、そして暗褐色や赤褐色に彩られた、単一的な構成でできている。
厳重なセキュリティが施されているらしく、目指すところに行くまでは、ゆっくりと流れる逃げようの無い、長いスライド・ウェイを行かねばならなかった。
行く道に、導主は歴史の紐を解く。
「……ここは、一千年の昔、現在の星間共同主権が発足する前身、星間自治連合であったときに、その中心に栄え華やかな装いに輝いていた、ラントゥール星の首都ナッソーの大深度地下に建設されております。当時の連合や帝政の民はおろか、我々の真上に住む者どもも、この真実は知りませんでした――――」
黄金の瞳ルイーザの面影を抱くヒブラ信教団の本尊は、帝政と勢力争う連合の足元に息づいていたのである。
起源はL.M.四〇〇年の辺りに発する。
いまだ帝政に拮抗しうる力を得ず、連合としての形を成す以前のこと、ルイーザの嘆きを聴く者たちが何処からとも無くラントゥール星に移住して、街を興し、やがて地に潜ったという。
然るべき後に、ラントゥールは連合の中心に繁栄する。
「…ルイーザの声を聴いたというのは、誰なのです?」と、ユーアン。
「黄金の瞳様が生前には、その直属の諮問機関であったギャラクシアン・グループに啓蒙された方々、と聞いております……お恥ずかしい話ですが、我々はあらゆる知識を所有しながら、我々の祖先を詳しく知らないのです。ルイーザの魂が彷徨うように、我々も彷徨い、伝えられたものだけを信じてやってまいりました。独り残され、哀しみのうちにひしがれるルイーザを、ただひたすらお世話するためだけに在るのでございましょう―――しかし、そのために多大な犠牲が払われてしまったのは………」
――識る者は云うであろう――――。
“初めから何も無く、在るとすれば既に終われるもの。即ち、無”。
さて、一行はスライド・ウェイの端に着き、広い空間の中へと導かれた。
上を見れば、どこの光景なのか、星や星雲のホログラフが浮いている。
「ここは歴史の間でございます。――ご覧下さい。ここには帝政の歴代皇帝が住まう部屋なれば、彼らも陛下を歓待することでしょう」
円形の部屋には、壁に沿って何かが乗るであろう、彫刻めいた土台がいくつも並べられていた。
導主が手を振り、土台から光が差したかと思うと、次々と人の形を結んでいく。
そのどれもが荘厳で風格ある装いを纏い、胸を張って鋭い視線を一点に向けていた。
「……これは…?」
「彼らはみな、ユーデリウスの意志を継いだ者達……」
誘われるように、ユーアンは踏み出した。一般的な歴史は習っている。アカデミズム史学は詳細も真実も伝えてくれはしないが、その頃に輝いていた人物が、生前の姿で収められている。
ユーアンは、それぞれの顔を一巡しながら、かねてより心にある人物を探した。
その空気を読んで、導主は一方向を指し示す。
「第七十六代目皇帝カロルシア・クラオンは、あちらに」
導主を振り返って一瞬戸惑いを見せるも、指された方へ向かう。
果たしてあるかな、『緋い大帝』の異名をとるその姿――――。