55 聖域へ
「!」仰天する一同の前で、さらに少年は見張りの使徒を吹っ飛ばした。
悲鳴を上げて気絶する。
「陛下にこのような……?」
「あっても不思議ではない。マイヤー、彼は恐らくクラオン帝の血筋ならば……」
バタバタと走り、歩を進める少年の後に続いた。
「念のためだ、武器を取れ。〈回廊〉内での発砲は認める!陛下をお守りし、なんとしてでも〈玄室〉へ!」
道士マッシモが、どれだけの同志を集めていたか不明である。ある程度以上の障害と損失は覚悟すべきであろう。
「〈玄室〉のディフェンス・システムは、コントロール・ルームからの接続を切断できるな?」
「初めてのことですので、もしかしたら〈玄室〉以外がそれでダウンする可能性がありますが、サブ・コントロールが起動するでしょう」
「仕方あるまい……マザーコンピュータでもある以上、切断にはそれなりの代償が必要だ。サブ・コントロールの起動は手を加えられるか」
「…と、申しますと…?」
「時間が稼げればいい。サブ・コントロールは独立した体系を持つはずだから、切り離されたら独自にマザー機周辺へ、システム切替の介入を開始するだろう。その起動を操作できるものか?」
「―――サブ・コントロールは、マザー機の支配下にありますから、切断前に起動時間をずらす、と言うことですね?」
「そうだ。できるか」
「どれだけの時間を」
「上限がわからない。いっぱいだ」
「あとは陛下に任せると」
「……言うな。ヒブラの運命なのだぞ」
導主に背を叩かれて、その使徒は苦笑いした。
「導主! カートです! 乗ってください!」
マイヤーが向こうで叫んだ。
思うより、油断しているようで警戒が手薄だ。
アルダとマイヤーが、少年を守るようにカートへ乗り込む。
「できる限り、スタン・モードで迎撃して。キレイゴトを敢えて言う。無駄な血は見たくもないし、流しても欲しくない」
「判ってるよ」
騒々しい中、少年は一人異なる空間にいるようである。
無言で無表情なまま、内なる声を聴くかのような眼差しで、どこか一点を見つめていた。
「陛下と導主は中央へ。我々が盾となってお守りいたします。頭を低く!」
少々重量オーバーだったか、モーターが唸ってようやくカートは発進した。
「マッシモが、これ以上に余計なことをしてなければいいが……」
「星間共同主権に連絡を取ろうとまでした男です。どのような手段でも思いついて、生き延びようと努力するでしょう」
「黄金の瞳ルイーザが、さぞかしお嘆きになろう」
「いや……奴も人ならではのこと」
「もしもを考慮すれば、一刻も早いマザー機の外部アクセス切断が必要ですね」
「〈玄室〉一帯は多少の攻撃に耐えうるはずだ」
無事に少年をルイーザに会わせる。それが現在一番の思いで、彼らは行くべきところを目指した。
それが、どう彼らに作用するかは知りえない。
不安は――考えない。
最速で飛ばすカートの上で、少年の肩を抱き横顔を見つめながら、アルダは自分に言い聞かせた。
(ルイーザは二千年の哀しみから……これで……)
その彼の瞳に、次第に光が集束されているのには気がつかなかった。
「………………」
人知れず、硬直した表情が弛緩していく。
ゆっくりと瞬きをして、フウと我に返ったように、体が揺れた。
「――!お気づきです?」
周囲を警戒しながらも、すぐさま少年の変化に感づいた。
「………あ…僕は……」
「ご無事で、お戻りでございますね。……陛下が望まれましたので、これからルイーザの元へ参るところでございます。危険ですから、もう少しお体を低く……」
「陛下って……」
「貴方のことです」
「…僕は…ユーアン……?」
少年は、恐る恐る口にしてみた。
「はっきりとそう名乗られました」
「……そうか…」
自分はユーアンである。
との認識が、不思議に安定感をもたらす。
そんなご大層な身分に馴染めはしないが。
「黄金の瞳が、僕を待ってるんだね」
不思議と早い認識に、ほころんだアルダの顔があった。
「ええ。そうです。千年、二千の時を待ち焦がれておいでです」
曲がりくねった〈回廊〉の後ろから、光線が走って壁に火花を散らす。
追っ手が来たのだ。
「マイヤー! 後ろをお願い!」
「やってる!」
減らず口をしながら、彼はいまこそ使徒たるべき任務をこなしている。
「どれくらいで〈玄室〉に?」
「あと二、三百メートルでゲートに入ります! 敵性コマンド、出しますか?」
「勝手に出ると思うけど、やって頂戴!」
少年、いやノボア改め今やユーアンと名乗る者は、ようやく状況を飲み込んだようだ。カートの装甲から首を出して現在おかれている立場を知る。
キン、と装甲に一発当たると、機を得たように次々と他の閃光も、彼らのカート目指して飛んでくる。
「あっ!」叫んで、一人が倒れた。
「!」導主が隣にいて倒れた使徒をかばう。
腕を打ちぬかれ、傷口は焼け焦げていた。
「導主、おかまいなく! 陛下のために!」
弾かれて車内に滑った銃を見ると、ユーアンはすばやく拾い上げて構えた。
「陛下!」の抑止も聞かずに、追っ手を狙い定める。
「スタン・モードでいいんだろ?」と言うのと、「ゲート通過!」との言葉が重なった。
ユーアンが撃ったエネルギー弾は間違いなく、後方追っ手の使徒に当たりひっくり返るのが見えたところで、ゲートが重い巨体を下ろし空間を切断する。
そこから先は、普段アルダたちでさえ滅多に入らない、神聖な場所。