50 彼(か)のものは陛下(サイアー)にありて
ついに見え給いしか――――!
言葉もなく立ち尽くす導主たちと、改めて真相を聞くマイヤーは、その主従二人を視界から外すことができなかった。
「申し訳ございません……私の力が足りなかったばかりに、こうして傷つき、心まで侵され、ご自分で来るしか――」
後半は、謝罪である。
「――アルダ………これが真のものならば、この少年は…いやこの方は、帝政の血を引く皇帝陛下にあらせられる…。あまりに、これは……」
感激か衝撃か、導主の足元不如意に、道士の一人が彼の両腕を掴んで支えた。
「全ての言い伝え、全ての歴史は符合した。ヒブラは……一千年のときを待ち侘びておりましたぞ――――」
ユーデリウス・プログラミングの兆し――――。
その場の人間は、厳粛な空気に気圧されたかのようだった。
「導主」アルダが決意的に、ヒブラの長老を見上げた。
「私たちは黄金の瞳の民であり、皇帝を戴くものではありませんが、この方を陛下とお呼びしたいのです」
「…それは、お前次第であろう。お前は使徒ではなかったのだから。皆も異存は無いな?」
呼称についてではない。この少年の在り様を認めるのだと、その意を込めて口にしたのだ。
もちろん反対は無い。むしろ、反論の余地を失っていたに近いだろう。
それから、医師が少年の瞼に反応に気がつく。
「アルダ。シールドは外れたのか?」
「いいえ。私はまだ何も…」
唐突に、オレンジ色の瞳と視線が合った。
「!」
「私の精神触診に負荷がかからなく……」
「お目覚めになっております。ドクター。陛下はお気づきです」
柔らかく制しそっと体を屈めて、少年の耳元に問う。
「お疲れではございませんか――ノボア………?」
少年は、眼を動かしてアルダの肩越しに、ぐるりと導主たちを見回した。それから、
「…――“ノボア”とは、グーヤーの…父と母が付けた名で………――権限は…与えられていない……」
「……はい。では、貴方の名はユーアン・ウティス=グレスでございますね」
「――――………」
じっと見つめているせいか、不安定な少年の精神状態が、手に取るようにわかる。入れ替わり立ち代り、多重的な記憶が彼の統一性を乱していた。
(ユーアンらしき、人格が顕れたと思えるが……)
プシュ、と軽い音がして、少年の腕にエネルギー剤が打ち込まれた。
「すぐ起きれるようになります」
「……あなたは…あの時――」
「アルダ、と申します。そうお呼びください。ヒブラにて手厚く保護しておりますので、ご安心下さい」
「…シャ・メインが、憎んでる……この星が――――」
少年は、しっかりとアルダを見据えた。
「可哀想な…エイメ――も…? 彼女ではない……。呼ぶのは……」
「この星には、ルイーザがおります。ルイーザが呼びたもうたのでは、ございませんか」
その名に、覚えが――――
「……ノボアではない……ユーアン…とは誰か……」
自問自答するような少年に、アルダは僅かに佇まいを整えて、宣告するかのように言い切った。
「ユーアンとは、あなた自身のことでございます。ルイーザが承認されました。哀れなヒブラを解放するため赴かれた、ユーアン・ウティス=グレス・ユーデロイトでございます。陛下」
少年はアルダから視線を離し、暫くの間、空を見つめた。
「――アルダ」そのまま少年は言う。「ここには、ルイーザがいる」
「はい」
「私の名は…ユーアンだと言う…。ルイーザはこの名を誰にも与えず、誰にも使うを許さず……私に…初めと終わりの名を重ね、母からの贈り物であると、連ねられた」
声に力が戻っているので、体力は回復している。
しかし、知る限りの記憶を辿っているうちに、こみ上げるものがある。
「―――僕は、母を……」
いったい少年は、これまでをどう育ってきたというのか。本人が一番戸惑うであろう。
「ルイーザは何故、僕をここへ呼ぶ? 何故僕は、こんなにも孤独を感じて止まないのか? 何故、僕はグーヤーで育って、養父母が居て、どうしてここに来なくてはならないか? ――判らない。判るわけがない!」
急に声を張り上げて、上半身を起こしたので、アルダたちは慌てて少年がカプセルから落ちないよう、支えねばならなかった。
彼の問いには、さすがのアルダでさえ答えようがない。思わず導主に、視線で助けを求めてしまった。