05 ■FACE1■ 幼子が出遭ったもの
<FACE 1>
時ですら流れることをためらうような漆黒の闇の中、彼はただ眠り続けていた。
遠い星々で起こる騒ぎなど彼の意思に届くはずもなく、むしろまったくの無関係のようで、安寧の内にその身を委ねていたのである。
しかし、時は確実に非情な謹厳さをもって流れようとしていた。
やがてそれは訪れる――――
「ノボア――っ」
呼ぶ声に、少年は振り返った。
拍子に、彼の手から大事な宝物が落ちた。
顔が認識できるくらいの距離に、母親らしい姿が手を振って建物の中に入ろうとしているのを見ると、少年は幼子によくある焦燥感に襲われてそちらへ向かおうとした。
だが少年は宝物も忘れたわけではない。
ごく普通のベッドタウン背後の、なだらかな曲線を描く丘へ身を翻し、琥珀のようなオレンジの色彩放つ少年の瞳に、暮れかけた濃厚な青色の空が飛び込む――
そして少年は出会った。
長くつややかな黒髪の美しい女性が祈りの姿を持って。
彼の前に存在する、巨大な投影立体像――
少年にこのとき、思考する力が残っていたら、そう考えもしただろう。美しくあれ、大きさは数十、いや数百メートルはあろうかという異様であったからだ。
それは何の為か。
少年は彼女を凝視して、身じろぎもしない。
恐怖も疑念すらもなかった。
魔物に魂を抜かれた、と言うものでもないようだ。
聴いていたのである。
人知れず湧き出る泉のように澄んだ声が、彼の精神に響いて水面の波紋のごとく、いずことも寄せては去る。
“ユーアン……”
名を、名を呼んでいるらしかった。
“…ユーアン…刻が……待って…”
少年に呼びかけているとしたら、妙なことである。
彼は「ノボア」と言う名であるはずだからだ。
ノボアと言う名があるはずなのだが。
“今在す……最後の…”
ノボアの胸が上下した。
いったいどのような想いが彼を支配したか。
苦しげで、幼い顔には不似合いな郷愁的表情さえ浮かぶ。
かすかに息をついて、顔をさらに歪めた。それから頭を縦とも横ともつかない振り方をし、もう一度彼女をみようとした。
が、色濃く闇に染まろうとする空には虚無のみがあるだけである。
ユーアン、という恐らく彼の名前らしい残響だけが、深く彼の中に刻み込まれたことだろう。
ノボア(と、今はそう呼ぶことにする)は、何するでもなく、のろのろと当初の目的を果たすべく、足元に腕を伸ばした。
そうした彼の、およそ少年らしくない表情に一つ、滴が落ちる。
還るんだ。
少年は認識した。
還らなきゃ。
言葉の意味するところは、本人にさえ分かりようもない。
まもなく、その日も変わりない夜が帳を降ろした。
L.M.ニ一七四年
ノボア・ガーハン 八歳
星間共同主権 惑星グーヤーにて