49 皇帝の称号
なんということだろう。運命はここまで必然的に偶然を起こすものか…?
「導主! この方――この方をどうされたのです?」
「どう?これはまた、どうしたことか。この少年は自ら〈回廊〉内に入ってきたのだ。疲労激しく傷を追っていたので、治療し眠っている。お前がここに呼んだのではないのか。されば少年には、アルダのマーカーが残されていればこそ」
「いいえ。いいえ!確かに、この少年にはノボアと言う名があり、解放戦線に所属しているところを見知っております。故あってマーカーは残しましたが、まさか、ご自分でここに――」
あっけにとられて、アルダは少年の顔を見つめた。
導主は、そのアルダの横顔を見る。
「道士ヘンクがダイブをして、彼の内を診ている。少しは私にも話はできような?」
「………」
半ば震えそうな手で、泥や砂がきれいに拭き取られ擦過傷の残る頬を撫でた。
「―――政府エージェントにマインド・コントロールを施され、何故か同じ部隊に潜入していたエージェントに保護されておりました。その様子があまりに異常でしたので、もしやと思いダイブしてできる限りの解除コードを刻み込んだのですが……エージェントの反撃に会い、見失っておりました」
「ふむ…しかしそれだけでは理由にならんな……聞いてよいものか?疑問はいくらでもある。少年が〈回廊〉に入った理由や…――」
「………明かすべきでございましょうか――全てはルイーザが導き給いし定めを、ここまで来て、ここまであまりにも抗えぬ潮流に、多くが呑み込まれておりますのに……」
異様な雰囲気に気がついてか、独房の外で哨戒する使徒がチラと、中を見た。
「よほどの訳がありような。しかし一人でその重きを背負うのであれば、我々とて手助けできん。どうしてそこまで自分を追い詰める?無理にとは言わんが、いくらかはこの導主にも荷を軽くできる手はあるのだぞ」
「我侭を咎められても仕方ございません…」
なおかつ躊躇がある。
マイヤーには、彼女の苦しさが理解できた。事情は、誰よりも知っている。
だからこそ、自分の判断が吉と出るのか、凶と出るのか迷いも生じ、そして何より―――伝説は伝説でしかないのかと言う、不確かさ。
「アルダ。道士マッシモたちが言うような事も、もっともだけど……自分は、信じてきたんだろ? ヒブラに産まれた者は、それだけを糧にここまで来たんだ。それを無駄にはできないよな」
マイヤーの言葉は、重い。
少年の額を撫でながら、アルダは顔も上げずに頷いた。
「――――運命でございます。導主。全ては私たち、ルイーザも、太祖ユーデリウスも運命でございましょう。どうぞ力をお貸し下さい」
その場は静寂に包まれた。
「この方は、去る十年ほど前に〈玄室〉に現れまして、私に『我を見失うな』と厳命なされました。そのために私が生まれたのだと。太祖ユーデリウスの代理である母クラオン帝より、哀しきルイーザの魂を救い解放することを託されておられ………それゆえ遥か古い時代に皇帝たちが、ルイーザの代理であるギャラクシアンより皇帝の称号と承認を得たように……その名を直接ルイーザから賜れておいででした。
この方は、ルイーザに呼ばれ、ヒブラのために出向いてこられた、その名を―――ユーアン・ウティス――」
かつてその名は、広大にして強大な力を持ち、深淵なる太祖の教義を知らしめた。
民は、その魂と共に在った。
「……グレス・ユーデロイト」