44 不穏な空気
「何か見えたかね」
「―――はっきりとは見えません。が、我々の知る黄金の瞳のような、映像を――」
この少年は、何を知っているというのだろう。
信じられないものを見てしまった人間は、目の前の真実を受け入れられない場合に、都合よく情報を歪曲させて思い込ませる。
「たぶん、でも、あの姿は誰でも得られる情報ですし、増してラントゥールにいる解放戦線のメンバーであれば、一度や二度は目撃して……」
ヒブラの機密情報の管理は、千五百年ほどは確実に「機密」にできたくらいの厳格さである。ますます説明しにくいものにしてしまったのには、気が付かないようだ。
導主は、しごく簡単な矛盾を指摘する。
「表面的な思い込みは止めたまえ。星間共同主権がマインド・コントロールして、ここに潜入させるなど容易いこと。だが、なぜアルダが彼に接触し、なおかつ痕跡になるような事を施し、そして何より不可解なのは、ここに入れたことだ。ヒブラの千年、培ったテクノロジーのセキュリティーは、こんなにも簡単に破られるものだったのか?なぜ、あれは彼を受け入れた?」
答えなど、出るものではない。
静かになった室内で、導主は指示を出した。
「念のためこの少年を、使徒用の独房へ移すのだ。目が覚めたら私を呼ぶように。それとアルダを探しなさい。彼女の話も聞かなくてはならないだろう。惑星破壊まで時間が無いのだから、惜しんで時間を有効に使わねばならない」
現実的な対応である。
とはいえ、にわかに降って沸いた話、柔軟に受け入れれる者がどれだけいるのだろう。
所詮は人の集まり、多種多様にそれぞれの意思は重なり合うものである。時には、反目も。
導主は少年について誰にも話すな、とは言わなかった。緘口制限が無かったので道士ヘンクと、同行していた使徒の目撃談は他言されることとなり、『自由使徒アルダが関係する、不審な少年』の存在は、瞬く間にヒブラ内にいたものには知れ渡った。
「ヒブラに飛び込んだものがいる」
「汚されてしまうのではないか?」
「星間共同主権のマインド・コントロールを受けていたそうだが…」
「導主が許可をしたそうだ――」
「――アルダの自由を許すから、こんな事態になってしまうのだ」
「なぜそんな不審者を、つまみ出さない?」
口の端に上る取り留めの無さは、ルイーザに対して頑迷な信仰心を持って止まない、道士や使徒にも及んだ。
存亡の危機に鈍い拒絶的な彼らの動きは、ヒブラも一枚岩でないことを示唆している。
あるいは、その存亡の危機を目前にしているからなのか。
「認められないものが、このヒブラに交わろうとしている」
何を根拠とするプライドか、不純物を排除に取り掛かろうとした。
徒党を組んで導主のもとに苦情を呈するが、「全ては私情により、ヒブラに害は無い」と、一蹴される。
「分かっていような?…導主は、惑星破壊などによる心痛のあまり、判断を誤ったのではない。元々、ヒブラを導く資格が無いのだ。彼のような者がルイーザに選ばれたなどと、今後のヒブラの汚点になる前に……」