41 紫紺の玉座
瞳は虚ろだった。
喪心状態で彷徨うから、どこを歩いたかなんては分からない。
力なく、一歩踏みしめるたびに土埃が上がる。
荒涼の大地と、哀れな人の姿――――さもこの世の終わりのように、その光景は無言で語る。
もしかしたら、全ての運命を定めてしまうのかもしれない、少年――。
――ノボア。
幻は彼を呼んだ。
(ノボア………?)
意識の底で、彼は自分の名前を否定している。
――おいでなさい。
――貴方が、望んだように。その名で呼んで差し上げましょう。
ハア、と息をついて、傍の瓦礫に肩で寄りかかった。
口元をぬぐったそぶりをしたのは、喉の渇きを覚えた、本能的な動きだろう。
(………母が、貴女を………上がるようにと………)
違う自分が、ノボアを凌駕しつつある。
そして、それが延々と、幻影と会話をしているのだ。
黒く長い髪と、金色の瞳で、女は祈りの姿をとる。
(…エイメじゃない…)
再び歩き出した。
そこは、巨大建築物の地下だったところだろう。僅かに壁がところどころ淵取りするように残り、大きくえぐれたようなクレーター状に床は落ちこんでいる。
緩やかな斜面を底へと、滑るように降りていった。
中腹で膝がガクと崩れ、支える力の無い彼は前にのめって、頭を下向きに倒れこむ。
ザザー……
上側になった足元からゆっくりと、積もった砂が流れて彼ごと押し流し、椀状の底辺近く何かに引っかかって止まる。
「………」
砂に埋まりそうな顔を上向きにしようと、もがきながら努力した。
だいぶ時間を掛けて、ぎこちなく体を仰向けに転がすと、肋が思い出したように悲鳴を上げる。
「――!」
うめき声を上げる余裕も無く、表情だけを歪めた。
痛みが治まるまで身じろぎもせず、時折吹く風がうなりを上げる音だけを聞いて、ふと、視界の隅に記憶にあるものを認めた。
「?」
自分の体を受け止めた、瓦礫の壁の向こう――――。
首を動かしたが、まだ何かはわからない。
ぼろぼろに疲れた体を動かさないことには、興味を引いた対象は見れなかった。
「ウ………」
歯を食いしばり、はいずってでも見ようとするものが何なのか、彼自身にも不明だ。
砂上を泳ぐように足を、重力がのしかかる頭のほうへ水平にし、かろうじて視界を妨げる壁から脱出する。
かなりの労力を徒して、見たものは。
「――ああ……」
瓦礫に覆われるように、半分近くを砂に埋もれた、ヒブラの紋章。
それが彼を導いたか。
「ヒブラ…」
うつ伏せのまま近づき、砂を掻き出す。
掘っても掘っても、蟻地獄のように果てしなく流れ込む砂。
「――どうして……――」
何を嘆くか汚れた顔に、幾筋かあとを残すものがある。
それ以上は言葉にならず、嗚咽を繰り返しながら、意識は遠のいていった。
(―――何故、自分は此処に居るのか)
幾度も問いながら。