38 呼応
「あなたの力を借りたい」
派遣先の舞台でマイヤーはアルダと話していた。
解放戦線の本部に近いため、退避してきたメンバーたちを一時的に収容し、明らかに定員数より多い人という人が溢れている。
ともすれば何処でも人ごみになりやすい場所を避けて、アルダはマイヤーに接触した。
「…と言っても君は自由使徒の身分だし、僕はまだ派遣兵で勝手な行動を許されないんだよ。わかってるか?」
「導主や道士たちにバレなければいい、と言ってしまっては元も子もないのだけど……政府のパワー・エージェントが絡んでしまっては私一人では――」
「導主には話を?」
「いいえ。でも多少の規律違反は眼をつぶって下さるようなニュアンスだった」
「自己解釈するなよ。しかし仮に僕がいなくても君はどうするつもりなんだ」
「――彼に間違いない、と思う……過去に彼は〈回廊〉や〈玄室〉に入ってきているから固体登録はされていると見て良いでしょうね。だから彼を入り口に連れて行くのが手っ取り早いのだけど、エージェントが張っているようだし彼の所在もリサーチできない。それなら〈回廊〉に戻って開放したらと――」
あまりに危険な考えにマイヤーは顔色を変えずにはいられなかった。
「アルダ!」
思わず叫んで通り過ぎる人が彼らを振り返った。
「なんて危険な使徒なんだ。ヒブラやラントゥールをこれ以上にも増して、命を縮める必要があるか」
「でも!」
「実際、ヒブラにどんな奥の手があるかも、どんな秘密があるのかも知らないし、絶体絶命でどんな効力があるか導主だって知らないだろうよ。しかし一千年を守ってきたものをみすみす開放してしまうなんて…」一息飲むように呼吸をおくと、「狂気の沙汰と疑われても仕方がない。“調整”を勧められたらどうするんだ」
マイヤーのセリフで彼女の表情は曇ってしまった。
「――“調整”を受けるのは苦痛ではないわ……人の手で生まれた人間は…当然の義務だと…――ねぇマイヤー。私は“調整”が上手くいってないから、間違った判断をしてしまったのだと思う?私は“彼”が望んだから生まれたのだと、幻覚を信じてるだけ?」
手すりに両手を叩きつけて、アルダは歯がゆさをあらわにする。
失言だった。マイヤーは不用意な言葉でアルダを傷つけたというより、混乱を招いたのではないかと恐れた。「…今のは謝るよ。君を試すようなことを言った僕が悪い。でもこれで君は正常であると確認できたと思ってるんだ。アルダ、考えてはいたんだが…一千年の沈黙を守ってきたヒブラが、四十年前からこうして能動的な行動を起こしてはいるけれど、あまりの永い沈黙で言葉や体の動かし方を忘れてしまっているんじゃないかな」
「忘れてしまった…?」
「硬直状態………赤ん坊並みに戻ってしまったって事さ」
「刺激が必要ね」
「判るだろ。刺激があっても自分に応える意思がなければベッドから離れられない植物状態だ。これは貪欲な成長欲求のある赤ん坊とは大違いなんだ」
「今のヒブラは“硬直状態の垂れ流し”だといいたそうよ、マイヤー」
「紳士は下卑た言葉は使わないんだよ」
「結論を急いでいい?」
「――君自身が、赤ん坊の成長欲求だ」
館内のデッキで、マイヤーは眼も合わせずに静かに言った。「………太祖やルイーザの刺激に、君が応えようとしている」
「………………」
「“今でなくてはならない“かどうかは、僕には判断する勇気もないし、理解はできないけれど――運命には従うよ。アルダ」
得たり。
アルダはマイヤーに抱きつきたい衝動に駆られた。が、ここで喜んでいる場合ではない。惑星破壊の推定実行時間まで二日あるかないかである。
「…まだ礼は言えないけど――」
「彼に賭けたんだね」
「彼しかいないの」
「大した情熱だ。一目惚れか?」
「運命の人よ」
「参ったな。三角関係だ」冗談を言って笑うと、
「このまま出てってったら脱走兵扱いもいいところだから、挨拶だけしてくる。この部隊は他にも何人か派遣兵いるし人材は足りてるだろう。行く途中で作戦を教えてくれ」
彼女の肩を叩いて、マイヤーは歩いて行った。