34 我が名はユーアン
『僕は―――』
『私は―――』
二重の音声が彼女に向かって発せられた。
『私は、いまルイーザより名を得た――』
空気が、急に冷えたように硬直してくる。
「ルイーザが…名を与えた……」
『名は―――ユーアンである』
『ユーアン・ウティス=グレス』
二人は峻厳な口調で語りながら、彫像とコンタクトを取るように振り返る。
それからまたアルダを見やって、言を継ぐ。
『―――太祖ユーデリウスは、クラオン帝により自らの民を手元に揚げられたが、ルイーザは己れの哀しみの呪縛に閉ざされ、解放を待ち望んでいる。
私はユーデリウスの力を借りた母の代理として、そしてユーデリウスとルイーザの願いを負い、ルイーザの鋼鎖を解くために在る――。
黄金の瞳に集いたる者を労おう。我は”ユーデリウスの意を継ぐ者“「ユーデロイト」の称号を得る者』
何という――!
「貴方がヒブラを導くというのですか?霊帝が望むと?お母上の代理って――」
その瞬間に一気に湧き上がる思いの中、言葉にできる疑問はこれだけであった。
そんな少女の思いを知ってか知らずか、ユーアンと名乗る彼はオレンジの瞳からより強い光を放つ。
『最終千年期が終わりを告げる。紫紺の玉座に座す皇帝に、分かたれた御霊があるなれば、呼び合い引き寄せるは自然であろうと云う。
ヒブラ解放のために、汝立つべしと――――汝、アルダよ。我を見失うな。私はまたこの星に来る。………我が呼んだがために人の手により生まれた者よ、惑わされるな』
『我が使徒――』
彼女にそう命令すると、ノイズが走ったように姿は掻き消えた。
余韻の残る現場に、大人たちが駆けつけたのは数分後だった。
「どうしたことだ!〈玄室》に?」
「間違いありません。異常な数値のエネルギーがここに出現していました」
「導主にも知らせよ!」
「〈玄室〉内および〈回廊〉にトラブルがないかチェックしろ!ディフェンサー!」
「まったく機能しておりません。と言うより不具合があった痕跡すらありません!正常に稼動中!」
血相を変えて走り回る連中から、アルダはこっそりと離れた。
今”ユーアン“から言われた事と、彼の姿を忘れないように。
(ユーデリウスの分かたれた魂に…使徒の任を命ぜられました――)
こころ密かに、ルイーザに思った。
――浸ってしまった。
「違反かもしれないけれど…マイヤーの力を借りれたら…」
一度は飛び出してきたものの、ヒブラの元に戻らねばならない。
唯一の理解者であろうマイヤーに連絡をすべく、彼の派遣先部隊へ向かう。
自殺行為を承知で機体の高度を上げると、モーターの悲鳴も聞く耳持たず、空気を切り裂くほどにスピードを上げた。