32 肉を切らせて骨を断つ
意識が戻ってからも、体が動くまでにいったいどれだけの時間が掛かったかは計りようが無かった。
周りが薄暗いのを感じ、自分がリニアから落ちて気を失っていたのを認識し、体が打撲で痛いのに気が付いた。
「最悪…」
ノボアの意識に潜入してコンタクトを取っているところに、シャ・メインが攻撃をしてきたものだから、たまったものではない。
うかつに足跡を残すと、リサーチされて自分の中に侵入される恐れがある。
ノボアの精神内に入り組んだシールド・ブロックを慎重に崩しながら、シャ・メインの直撃はかろうじてかわし、自分の入った痕跡を消すには神業的なものがあった。
それらを一瞬で処理し、殺意を持ったエネルギーに撃たれたら、リニアから落ちて気絶もするのである。
「パワー・エージェントであるのには間違いない。どういった経緯でノボアがラントゥールに来て、あの男がその監視についてるかは不明だが…」
これ以上の接触は危険だ。ノボアだけでなく、ヒブラも。
少年がヒブラの〈回廊〉に入ってくれればまだ助かるが、どうやって彼をヒブラに招き入れるかが至難の業である。
もし、彼女の細工が効いていてノボアの良好な反応を得られれば、
(あとはルイーザの導きがあれば…)
あれこれ頭をめぐらしても、神頼みしか思い当たらない。
(何か――何か必ず打開策があるはず――)
ふと脳裡に浮かぶものがある。
(あの時――…彼は入ってきていたから…もしかしたら残っていれば…?でも!危険すぎる!こんな間際でヒブラの機密をばらすような――)
内心、一人で焦った。
いま自分で考えてることがどれだけのリスクを負っているか、恐ろしさに震えてしまうようなことである。でもそれしか無いとしたら――?
迷いを断ち切ったのは、運命のなせる技なのか、ルイーザの望んだことか。
「いまさら破門も何もないか――」
リニアのハンドルを掴んで機体を起こすと、猛然と走ってきた方向へ戻り始めた。
あの時の出会いがなければ、アルダだってこんな無謀なことはしなかっただろう。
出会いとは未来を狂わせるものなのだろうか。それとも予定調和だというのだろうか。
十年前のことである。