31 追う者、そして追われる者
「――逃げたか?…ダメージはあったはずだが…油断も隙も無い…」
不敵なつぶやきは、シャ・メインである。
精神シールドの張られたノボアの中に、精神不安定を監視するためトラップを仕掛けていたのだが、アルダの侵入を感知したのである。
徐々に締め付けられノボア内での存在を薄めたアルダに、一撃を加えたものの逃げられたようだ。
「あのシールドを破りかけたようにも見えたが…やはり使徒はパワー・エージェントと違うということか…」
彼の脳内にインプラントされた通信機は、既に政府機関とのオンラインを使えない。無駄とは思いつつも、手元の端末を叩いてデータを入力した。
約十年分の惑星ラントゥールに潜入したフィールドワークの成果が、かろうじてここにパックアップしてある。
ヒブラ信教団の本拠地は突き止められていない。だが各地で気になるポイントを見つけてはマーキングしてきた。このポイントの交差するところがヒブラの心臓部と推測され、もしやと思われる入り口にも到達してはいる。
何度か見ることのあった、完全に重なり合わない二つの円と、それを取巻く草食動物の角のような模様――――それらが彫り込まれた褐色の、厳重に閉ざされた扉は当然のように彼を受け入れることは無かった。
使徒をはじめとするヒブラのメンバーは、ここから出入りしてるはずなのだが…。
ホストコンピュータかディフェンス・システムが個体管理をしているようだ。様子からして脳波か生体のリズムパターンを登録しているのか…とはいえ、アルダがノボアの精神シールドをいじれたように、シャ・メインたちとは構造が違うらしい。
彼が殺したヒブラ派遣兵の死体映像と、死の直前にキャッチしレコードしている生体反応のデータを呼び起こして、何度も繰り返し凝視する。
「…本当に…いやらしい奴等だ……嫌いだな…」
ありったけの嫌悪感を込めて吐き出す。
「あの女を捕まえてみたほうが早いか?」
動物の気配さえない廃墟となったビルの一室で、光が漏れないようにボロ布を目張りした窓の外を覗く。
近づくな、と警告したにもかかわらず、あの女はノボアにまた近づいた。しかもヒブラ使徒が、あんな少年兵に興味を抱くのは不可解である。
ノボアがヒブラに関係するなら、あの女は彼を諦めないだろう。
(追跡を掛けてみるか……)
自分も追われる身だからうっかり動けないが、やるに越した事は無い。