03 13年前の事件
「今から十三年前のことです。『ヒブラ災禍』は大変な事件でした。と公式史学では一言で締めくくってしまっている。しかし自称ジャーナリストは歴史にロマンは感じません。常に腐臭を嗅ぎ付け、陰謀史観のスタンスを取る。増して歴史などという遠い時間に追いやるような言葉には惑わされません。
そして私も嗅ぎ付けたのはそう、“黄金の瞳”でした。あまりに特異な存在です。始めに、不思議なことに形式的な公的年次歴史鑑では、その事件が起こった時点でかなり低知名度だった『ヒブラ』と言う名前を事件名として表記していることでした。
実際に、この事実を知るのはごく僅かだ。
本来ならば当時ラントゥール星を本拠地としていた、レジスタンスを制圧した記念に『ラントゥール完圧』とでも記すべきでしょう。むしろ戦勝記念としても大げさではなかった。
それをわざわざ『ヒブラ』などと、その名を冠するのは、あれだけの事件を印象薄にするため、意図的に卑小表記したとしか思えない。だからこそ、そこに盲点がある」
茫洋とした外見に似合わない、熱を帯びた口調になっている。
むしろこんな人間こそが、計り知れない情熱を持ちうるのだろう。―――一息に語ると息継ぎをした。
「いや、または誰かが気づくのを待っているかのような誘い方をする。そして、いくらかの人間は引っかかるのです。『ヒブラとは何か』、と」
『ヒブラ災禍』についての機密は、年月が浅いこともあって情報公開には至っていないらしい。だがほんの少しでも真実の琴線に触れてしまったものならば、十三年前に起こった『ヒブラ災禍』と言う事件名が、それだけで実は真実を語っていると理解するのである。
「だから、そのように表記させた人物の姿勢はかなりの評価をすべきです。――問題は、事件の内容なのですけどね、断片的な情報しかなくて、全容が捕らえにくい。そして断片的でも情報があるにも関わらず、我々のようなプロですら盲目にさせられる。
あまりに巨大な事件であるものを、誰にも知られないように片付けられてしまっている。何故か?何故なら、その程度のものだったからだ。――――ランミールトさん、貴方ならば知っているはずなのです。違いますか」
春風にも似た、空気の流れが二人の間を慎ましげに横切った。
エンリケ――それともランミールトと呼ぶべきであったか――は、微動だにしなかった。
足元に自分のではない体温を感じて、クタロはわれに戻り体温の源を眼下に見やる。
犬が一匹、尾を振りながら体を摺り寄せていた。
飼い主とは正反対だ、と思いつつもクタロは頭を撫でた。
「――言うまでもないことだが」
ランミールトは、ようやく、というほどに口を開いた。
「星間共同主権政府の情報局に身を置いていた事実を差し引いても、あの事件に関しては私の口を差し挟むことではない。
何の実利も実害ももたらさなかった。ただそれだけのことで、話す価値すらないのだ」
「…貴方がしたことは、一切が私的な事だから他人に言う必要がないと?」
否、とまでは言いはしない。が、
「公僕であるが故の慎むべき“私的”と判断されては困るな。私の、仕事に対する忠誠心はあっても、体制を司る行政府には、そのカケラも無いのだ。
私が口を開けば政府が困るだろうからと沈黙するのではなく、あくまでも“私的”だから語る必要が無いと言ったまでだ」
よどみなく、冷徹な知性で主張する。
「ランミールトさん。そうした考え方が都合よく体制に利用されているとは思いませんか?自分を体制の枠に収めて、閉じこもっているだけのように見えますよ。正直、自由を知らない人のようですねぇ…」
ランミールトの様子を頑迷と受け止めてか、クタロの語気に哀しげな感情がこもる。
何だか当初の目的とは話が違った。
老人は、クタロに視線を向けた。
鮮やかな新緑に、彼はやはり穏やかな自然には不似合いな孤高の猛禽である。
だが、今の彼の瞳は獲物を突き刺すような鋭さではなく、過去の栄光を静かに見つめるような老賢人の色を映していた。
「……まずは自由とは何か?から問うべきか………しかし、答えなど誰も知らないだろう。自由を知らない人間はいくらでも知っている。
どうしようもない運命に逆らえず、逆らいもせず、運命に定められたまま時を超え、去っていった者達だった。――いや…知っていたというのはおかしいな…直接的にはあの少年一人、だったか………――」
それは、十三年前に――