25 帝政の系譜
『遺伝子(DNA)監視委員会』は終始、帝政共同体のとある「血」を追跡していた。
その「血」とは、帝政共同体の太祖ユーデリウス大公の血統である。
星間自治連合が発生したのはL.M.暦のさなかであるが、それ以前からユーデリウスの影を追っていた節があり、途中対象を見失うも執念で探し、あたりをつけていたようだ。
何故彼らがユーデリウスの「血」にこだわるのか?
ユーデリウス自身は人間離れした人となりで、正史そのままに結婚や自らの血脈を繋げた形跡がない。また、ルイーザを公の愛人と見なす破廉恥な研究者もいるが、そのような短絡的で俗世的な歪曲したものの見方は、一般に排除されている。
公の死後は甥のユーデリウス二世が帝政の初代皇帝に就くが、以降の皇帝たちと同様、生涯独身で通した。つまり帝政ではユーデリウスの思想もあいまって、最初から生涯独身制・非世襲制が慣行されていたのだ。
これでは公の血脈など途切れてしまったと考えるだろうが、『遺伝子監視委員会』は、別に「ユーデリウス本人の血」でなくても良かったらしい。
公自身の血が途絶しても、彼には実姉がいたからである。
年の離れた姉は、公の成人するより数年前に有力貴族と政略結婚をしていた。そこで生まれた子供は二人、後のユーデリウス二世となるレヴィンスとその妹である。
多産系とは言えない大公家の血脈は薄く、そして細い。
当主の家系はユーデリウス公で断絶し、姉以外に唯一の血縁である伯父に実子はなく、伯父の再婚相手の義理の娘はユーデリウスを慕うあまりに彼を血に染めてしまった。
結果、『遺伝子監視委員会』が追い求める「血」は、一人の女性のみ。
捜し当てたと――…そう、彼女を莫大な危険と時間を掛けて、膨大な遺伝子サンプルを集めたというのだ。
しかも『遺伝子監視委員会』は、彼女を突き止めただけではない。その間、遺伝子操作による実験を繰り返し、様々な実験体を世に送り出している。
当然失敗作もあるだろう。それらは廃棄処分されていたはずだが、うまく生き延び世界で活躍する人物も生まれていた。
その最たる代表が『D.O.』代表の一人であるクロイカント・オライリーだ。
こうして紐解いていくと、連合よりは実に帝政で多くの『遺伝子監視委員会』産の人間が活躍している。
要所要所に少しづつ、密かに浸透していた彼らの中には、皇帝警護員(IMS)はおろか、皇帝にですら出自を同じくする者がいた。
(それがカロルシア=クラオン帝も含むと言うか…)
――遠大な計画である。
ただし、クラオン帝は直接的な『遺伝子監視委員会』出身ではない。
彼女の母デグレシアは実験卵子提供者ではあるが、帝政共同体へ亡命後にクラオン帝を産んでいる。追記すべきは、『遺伝子監視委員会』の正式な実験体であり、母を同じくするクラオン帝の姉がいたことだ。
とはいえ、彼らの能力がいかようなものであったかは一概に言えない。
これだけ詳細な事実を正確に記述しながらも、何を目的とし、何を求めていたかは『報告書』の中には読み取れない。まるで座標のない宇宙空間を漂うのと同じである。
だが『帝政の系譜』は、ここに鋭い警告を発していた。