23 初陣 *
五基のリアクターは無事、ダハト政府に引き渡された。
エンジニアの従軍と艦隊の出立準備でいくらかの手間取りか掛かったが、どうにか順次ラントゥールへ向かっている。
仕組み上、分割されてコンパクトに収められたリアクターは、それでも大質量の建造物であるには変わりなく、予定の三日以内に七万光年離れたラントゥールへ無事送り込めるかは危ぶまれた。
「強行軍ですが、自慢の健脚を活かしてみましょう」
リアクターを引き連れて、ラントゥール遠征の任務に就いたケイ中将は、居並ぶ戦艦を展望室から見やって軍服の襟を正した。
「トラブルや失敗の原因は、人為的なものがほとんどだ。貴女の指揮下であれば作戦は成功する。――我々はリアクターの完成だけを待てば…解決はいつも手の届くところにあったのだがな……」
リヒマンは言葉の割りに、満足とはいえない顔である。
出港を控えた戦艦を抱えるドックには、乗務員の姿もまばらにしかいない。
「最後であれば、解放戦線やヒブラも死に物狂いで戦力を投入するだろう…いや、戦意喪失しているだろうが、だがヒブラの武力についてはいまだに未知数というのが現状だ」
「リアクターの勝利を信じましょう。議長。……収容した住民の処理は行政側の責任でよろしいですね?」
「――………軍法会議に掛けるほど、彼らは罪を侵してはいないのだ…むしろ被害者であったのだから、安住の地を求められるだけ与えてやるのが政府の仕事だろう」
「ですね。千年分の罪滅ぼしはおまかせします」
展望室がビリビリと震えた。
戦艦が発進し始めたのだ。
管制室がにわかに慌ただしくなる。
『――永きに渡って多くの人民が苦しみ、底知れぬ恐怖におびえ続けてきたが、今こそそれに終止符を打つ時である。
ラントゥールや帝政共同体の影に追われて暮らす日々はもはや来ない。
そのために栄えある任務につくことができた諸君は、英雄として歴史にその名を残すことだろう。
――思えばラントゥールも不幸な星であったが、何故我々は一千年の時間を無駄に費やしたのだろうか? 触れなければ毒されずに済んだものだったかもしれない。
だが常に毒は身近にあり悪夢として存在し続けた――――』
出港する艦隊にリヒマンの演説が流れる中、ケイ中将が旗艦の艦橋に上がってきた。
「先発より、ラントゥール到着の報告が入っております」
「ご苦労。…パワー・エージェントの撤退は完了しているのか」
「行方不明者が出ております。捜索命令は出しているそうです」
「仕方ないな…エージェントは情報局の管轄だ。我々が血を流してまで探す必要は無いだろう。撤退期限に間に合わんものは星もろとも消えてもらう」
ラントゥールの住民も右に同じである。
徹底した作戦はリヒマン議長によるものだが、事後処理の困難さは予測できる。辞任も覚悟の上だろう。
「――割に合わない仕事だ…」
ケイ中将はぼやいた。
「は……」
「徹底的に武力を行使し、漏れは一切を切り捨てる思い切りの良さ。この職務上喜ぶべきだろうが、感情の複雑さを君はどう解決する?」
「自分は…特に考えておりません。命令の遂行が全てでありますから」
単純明快な答えである。
「その通りなのだが…」
政府の内情を髄まで知るケイには、万が一起こるかもしれない恐怖が気がかりであった。
「君は良い部下としてなら出世するよ」
皮肉を投げて、リアクターが積まれている輸送艦を見つめた。
このラントゥール制圧軍本隊は、実態を言えばリアクター輸送警護隊である。
禁断の超兵器動力炉には火が灯され、静かにその瞬間を待っている。
「使い捨てになるかもしれませんね」
動き出した艦内で動かないように、がんじがらめのリアクターを見ながら、メカマンがボソとつぶやいた。
「何でだ」
マッケナーは一応、聞いてみた。
「だって、この作戦がうまくいったとしても、今後こいつが使われることなんてあるんです?」
リアクターの身の振り方を案じているのである。
「照射するエネルギーを加減すれば、土木作業にはいいかもしれないぞ」
「そしたら改造に金がかかりますよ。平和的な構造してませんからねぇ」
「それもそうだ」
同意しながら、ふとマッケナーは出立前に耳にしたことを思い出した。が、すぐに忘れる努力を試みる。
(まさか…これっきりで廃棄だと………?)
途中から建造に携わった彼ではあったが、見学に来る高級士官が囁きあっていたことは、造った側のものとしては空しいものあった。
それに加えて一般庶民でもあるから、これを造った金の出どこもどうかと考える。
「ダハト標準時間で三日後、ラントゥール圏内八十万キロメートルに入ります。順調ですか?」
「ああ…すまんが、整備終了次第スタッフを交代で休ませたい。かまわんかね」
巡回してきた若い士官に休憩を申し出た。
「それも言い付かっています。なにしろ非戦闘要員ですから緊張で固まっても」
「そういうあんたも初陣と見えるなぁ。大丈夫かい?」
マッケナーは逆に気遣うと、
「訓練は受けたんですけどね」
ややこわばった表情に笑みを浮かべた。
本当に初陣だったようだ。