22 離脱
アルダと遭遇した地点から、シャ・メインの部隊は数百キロ移動した。
戦況は末期症状の様相を呈しており、命令指揮系統ももはや機能していないに等しい。
連絡が取れなくなった部隊はそれぞれの自由になり、投降と玉砕、撤退と離散に彩られた。
シャ・メインたちはヒブラ派遣兵がいない割に、何故か比較的本部と連絡が取れるほうだったのだが、急な移動命令と強行軍で、部隊内には疲労と不満が溜まっている。
「ここまで来るのに大した戦闘にならなかったのは奇跡だが……そうまでして距離を稼ぐ必要があるか?シャ・メイン。方向のズレも、本部へ戻るのに迂回してるようには思えん」
これまでの作戦ではシャ・メインの意見に大きな狂いは無かったものだが、疑念が生まれてもおかしくない状況下であった。
「迂回だよ。用心に用心を重ねて、少しでも安全に回避行動を取ることに賛同したじゃないか」
実績による信頼はあっても、いまいち打ち解けないシャ・メインは敬遠されている。鋭く返されてシャ・メインに詰め寄った男は正論を前に敢え無く退散した。
(――そろそろ動いてもいい頃だ)
元々政府のエージェントとして解放戦線に潜入したシャ・メインである。
最後まで彼らに付き合う義理は無い。最終決戦を目前にした混乱に不似合いな、この星から沸き起こるざわめきを感じていた。
(いくらヒブラでも、これ以上の沈黙を守ることは無いだろう……)
ついにノボアの用途も理解できずじまいだが、ランミールトは生死を共にせよとは言っていない。まるでヒブラに関係がありそうな話だったとはいえ、彼の精神に強力な防壁が張られては手がかり一つ掴めやしないのである。
解放戦線の部隊を切り捨てる準備はできても、ノボアの始末にはいささか戸惑いが生じた。
(派遣兵との接触では、思ったように情報は入らなかった……ランミールトは何のためにあの子供を投じたのか――)
(無意味だ。無意味すぎる。俺は星間共同主権の病原を断ち切るために費やしてきたというのに!力不足だと?ラントゥールには何があるのだ!)
誰にも見せない苦悶の表情も一時で消し去り、やおらシャ・メインは行動を起こし始めた。
―――解放戦線のシャ・メインではなく、禍根を絶つ断罪人としてのシャ・メインである。
瓦礫と廃墟の中でなお、千年の輝きを灯してきたもの――永い時の中で密かに息づく帝政共同体の落胤ヒブラ。
(ここに、来てしまっているのだから――)
周囲にしてみれば衝動的だったようだ。
「どこ行くんだ」
「物資の確認だ」
いつもより冷たい言い方だったろう。
「よう。ヒブラが惑星破壊を免れる方法持ってるって話、本当かい?」
「ならヒブラに詣でて、お願いするんだな」
はかない憶測が流れているらしい。トレーラーに向かいながら吐き棄てるように言い放つ。
「この星はヒブラで毒されている」
話しかけた兵士はキョトンとした。
隣の兵士が釘を刺す。
「希望的観測で物事考えんなよ。今日は機嫌が悪いんだ」
「気が立ってんのは誰だって同じだろうが」
「いや」ひとつ息を呑んで神妙な空気を作る。「知ってるか?なあ、ヤツ…政府のエージェントじゃないかって話」
「まさか」
「りっぱなお仕事してくださってるが、胡散臭くって仕方ねぇ」
「ヒブラよりは、こっちのほうが現実的な話だろ」
「ああ……」
トレーラー内に入ると、シャ・メインは端末を引っ張り出して自分のデータを消去始めた。これからすべきことのために。
右手でデータを抹消し、左手で周辺のマップを見る。
本部へのルートを設定するが、道中に×印がついた。
(ノボアは生かしておこう…ヒブラとの関係が否めない以上は使えるかもしれん。だが部隊は、ここで政府軍に殲滅される)
そしてもう一つ、彼は決めていたのだ。
(政府との連絡も――絶つべきだろうな)
その場合の覚悟もある。こうした過酷な環境に送り込まれるエージェントは、敵と味方の双方から自分の身を守らなくてはならない。それだけ徹底的に任務を果たすものであり、「敵を欺くには――」の諺どおりなのだ。
とは言え、シャ・メインがこれからしようとしていることは、明らかに違反行為である。
他のエージェントに“離反者抹殺命令”が下るのも時間の問題だ。彼は同時に、政府とヒブラと戦線の三つの敵と戦うこととなった。