20 朱(あけ)の瞳
驚愕したままのアルダを前に、ノボアは戸惑った。
「大丈夫?」
身元は確認済みだが、用心のため距離を置く。
「あ…ええ、平気。――ノボアと言うのね」
「そうだ」
「この部隊………?」
アルダの眉間が険しくなる。
「どうかした?」
「なんでもない。私は――」言ったものかどうか、口をつぐむものの即座に決意する。「ヒブラ派遣兵のアルダ。よろしく」
ようやく手を差し出して握手をした。
「今夜も月が出てたんだね。アルダに呼び止められるまで意識に無かったみたいだ」
「空気が澱んでるから、地平線の部分なんか禍々しい月。私の故郷とは大違い」
「ここの生まれではない?」
「――多分ね。ノボアは?」
「僕は――………」
思いがけずノボアは記憶に触れることになった。が、何か奇妙だった。
「――僕は…グー…」
惑星グーヤーだ、と言う言葉が喉に絡み付いて発することができない。
しかも、だったはず、などという当てにならない思いに駆られる。
「ノボア…?」
急に言葉に詰まるノボアの様子に、アルダが覗き込んだ。
「グーヤー……のはず、なんだけど」地底でマグマが煮えたぎるような、そんな沸き上がりが内部に起きる。吐きそうになりながら搾り出すように言うと、引きつった笑いを浮かべた。
その表情は、普通の人間がするような顔ではない。みるみるうちに汗が噴出し、開いた瞳孔で視線は落ち着き無く漂った。
その形相にアルダは尋常ではないものを見て取り、掌を額に当てる。
(薬…?違う。禁断症状でもないし、アレルギー反応でもない――)
そうするうちにもノボアの精神状態は混乱していく。
「グーヤーは住んでたんだ……でもエイメが殺されたのは僕のせいじゃない……あの人たちが――」
自分の出身星を思い出そうとしただけで、こうもなるかものか?それだけではあるまい。
「何て強引な摺込みをしたの!」
トラウマにもならないような記憶を下に、稚拙なでっち上げ記憶を刷り込んでいる。
「これじゃ壊れてしまう!」
筋肉が硬直したような動きでガクガクと震えると、ノボアは吼えた。
「エイメを殺したのは、お前なのかッ!」
腰のレールガンを引き抜き、アルダに狙いを定める。 それはさっきまでのノボアではない。全身に殺気を漲らせる狂った殺人鬼――。
「ノボア、正気を取り戻しなさい!それは貴方ではない!」
まさか、ここでいったいどれだけの人間を?
突然の展開に必死の叫びも空しく、ノボアの指はトリガーを絞っていく。
空気を切り裂いたエネルギーはアルダをめがけ、アルダは目を閉じて体を投げ出し、ノボアの銃を握った手がはじかれた。
「なにごとっ!」
倒れながら自分も銃を取り出した。
「ノボアと話をするなってことさ」
ノボアの片手を掴んだまま、その手を離れた銃を拾う静かな男の声が聞こえた。
「声を掛けたくらいで味方に殺される覚えはないっ。彼を処理したのか?」
片膝を立ててうずくまったまま、アルダは怒鳴った。少年は虚ろな瞳で男の身づくろいに任せたまま立ち尽くしている。男はシャ・メインだった。
「この星では安易に“味方”なんて言わないことだ。――ノボアは優秀な俺の部下で、解放戦線の貴重な戦士だ。」
「信頼関係が築かれないなら負けは目に見えている。それに、その少年は明らかに戦闘用以外のマインド・コントロールされている。こんな戦況下とはいえ酷いことをやるっ!」
シャ・メインは答えずに、ノボアの背を叩いて「戻れ」と命じた。正気に返ったかどうか、彼は無言のまま宿営地に歩いていく。
それを見送るとアルダに後ろ向きのまま言った。
「――お前にはヒブラの臭いがする」
「…嫌いか」
またもフェーラは沈黙する。
彼の拒絶を感じたアルダはエア・フライトに乗り込むと、目的地へと再び飛ばした。腑に落ちない違和感に、頭の中がめまぐるしく巡る。
意味ありげなあの男の言動は、どうしてかノボアに近づくなと言ってるのだ。
頭のおかしい少年がそんなに大事だと――?
(あの男――パワーライナーのようだ。戦線には珍しいが……奇妙な…しかしノボアは…あまりに似すぎる。もし彼がそうならばマインド・コントロールを外して…時間が無い。確かめねば!)
一見、みすぼらしい少年兵で終わってしまいそうだが、アルダには目前の現実よりも鮮烈な記憶がある。
(あの眼……あの瞳は―――)
忘れ得ず、そして忘れてはならないもの――
(アレか?アレなのか?)
方向を変えた。