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The ORPHAN 異伝 『千年の夢幻』  作者: 現王園レイ
◆PROLOGUE◆ 過去と未来が今を語り
2/82

02 ◆太初(はじめ)にありき



 L.M.暦(ラスト・ミレニアム)二一八九年、惑星ケーネ。

 あまり機械化・文明化のされていない、典型的な辺境の星である。

 地球化(テラフォーミング)工事中に投げ捨てられ、宇宙航行図のデータ更新時にも忘れられるような、辺境田舎マニアでさえ気がつかないようなところであった。

 置き去りにされたこの星に訪れる人間は、原始回帰を望むもの、ただ静かに暮らしたいもの、そして動植物学者や少々人生経歴に傷のあるものたちばかりだった。

 大都市を抱えるほかの惑星に比べれば、ほんのささやかな、小さな都市がかろうじてあるだけだが、さらにそこから数百キロも離れた奥地にも、まぐれ的に人家がある。

 原野と呼ぶべきにふさわしい草原の端に、その一軒家はあった。

 簡素なハウスを取り囲むように、低いがやや不器用に柵が立てられ、柵の内側は家の主の性格を現しているかのごとく、きれいに草が刈られていた。

 時間はまだ午前中だっただろう。ハウスのドアが開くと、一人の男が顔を出し、足元にまとわりつく犬と呼ばれる動物を数匹表に出した。

 天気もよく、犬でなくとも気分はいい。

 男は木陰に据えたカントリー調の椅子に腰掛けて、時折擦り寄ってくる犬の頭をなでたりするうち、小一時間もしただろうか、ふと顔を上げると、彼の周辺には滅多にいるはずの無い人影――時間的確立から言えば一年のうち一人に逢うか逢わないか――が失礼にも柵を越えようとしているのが見えた。

「――ランミールトさん?」侵入者は主に向かって口を開いた。

「すいません。お宅の敷地が広すぎて。で、ランミールト・ロワティエさんですよね」

 もう一度念押しのように主の名前を口にした。

「…何のつもりか知らないが」

 無遠慮な侵入者を咎めるでもなく、主は返した。「そのような名前のものはおらん」

「あ…そうでした…じゃあ、エンリケ・マドゥサと言う人がここに住んでいるはずなのですがね」

 悪びれた様子も無く、侵入者は言い直した。

「それなら私だが」

「それは良かった。いやぁ、探しました大変でした。あなたの居場所はトップシークレットどころか誰も知らないので、裏ルートでも厳しかったです。――申し遅れました。私はフリージャーナリストのクタロと言います。あ、クタロで結構です。専門は実際のところ何でも情報取り扱いしてますけどね、胡散臭い三流以下の経済ジャーナリストなんですけど」

 自嘲気味に卑下した自己紹介をしかけ、クタロと名乗った男は「エンリケ」と言うらしい人物の後を追った。

「非常に…あの、興味のある話なんですよ。ありませんか?ありますでしょ?」足元を雑草に取られる。

 エンリケは振り向きもせずに、歩く。

「私には何の興味も無いものだな」

 クタロは息を切らして追いついた。

「まさか。世の中の秘密を一身に背負ってきたあなたが、興味ないですって?まあ、秘密の世界に住んでれば慣れもあるでしょうが…」

 犬が駆け寄ってきたので、エンリケは立ち止まって体の向きを変えた。

 クタロは、その様子を注意深く観察する。

 背はそう高くないが、顔つきから想像できる年齢の割りに無駄な肉が無い体、多少薄くなっているグレイの髪の毛は忠実に頭の形に沿って全て後ろへ流してあった。そして何よりもエンリケと言う人物を表していたのが、孤高の猛禽を思わせる鋭い眼光である。

 それだけで彼が高度な知性を宿している頭脳労働者(インテリジェンス)であることを物語っていた。

「いえね。貴方が仮に政府の情報機関中枢にいらっしゃったから、時効になったいろんなゴシップを掘り起こそうってワケではないんです」

「辺境で無為に暮らす老人になど、秘密はない。人に話すこともない。――わざわざ尋ねてきてくれてありがたいが、君は思い違いをしているようだ。引き取ってくれたまえ」

 終始一貫、訪問者を拒絶する。

 そして“ハウス”に入ろうとした。

 少しくたびれたような垢抜けない無遠慮さが、無礼とも感じさせないクタロに、焦ったような感が走った。

「まっ…待ってくださいよ。分かりました。こうしましょう。正直に話したら少しは相手をしてもらえますよね。もう歴史になりつつあるものです。個人的に興味本位で研究していることなんですけど、資料がなさすぎて行き詰ってるんです。その件に関して識者もきわめて少なく、頼みの綱だったラムザ・ニシモト博士もお亡くなりだと――」

 エンリケはそこで初めてクタロの顔をまじまじと見た。

「ニシモト博士が亡くなった…」

「――あ、ちょうど三年くらい前だと思いましたけど”嘘でも信頼に値する”と言われた情報分析の権威は風邪をこじらせて、えーニュースにもなったの、ご存じなかったので?」

「メディアに関する文明の利器は一切おいてないのでな。俗世とはそれだけで断ち切れる」

 そんなエンリケの表情の奥に、僅かな緊張の緩みを感じ取った。

 失礼な話、感情はあったらしい。

「あなたはニシモト博士と面識があるはずだから、その話も知っていると思ってましたよ」

「仕事上の付き合いだ、とだけ言っておこう」

 死ぬことは「私的(プライベート)」なものだと断定した物言いだった。

 俗世と離れていても、長年のクセはそうそう変えられないらしい。

 とくに、思考の癖とやらは。

 しかしクタロには希望が見えた気がして、もうワンプッシュを試みる。

「私の話も聞いてもらえたら、光栄なのですがね。自己満足です。確かに自己満足だが、此処まで来た知りたがりもそうそういませんよ」

 エンリケはじっとクタロを見た。

 人を見透かすような鋭さは、天高い日差しよりも穏やかに、こうも変わるものか――…良い年齢の重ね方をした老人であるようだ。

「――…いいだろう。懐かしい名を聞いた。その名前に敬意を表して…」

「“ヒブラ”ですよ」

 彼の許しを得ると共に間髪いれず、クタロは言い放つ。

 エンリケの瞼が伏せられた。

「……古い――古い言葉だそうだ。遠い(いにしえ)の――」

「ええ、“黄金の瞳”ヒブラです」

 クタロは繰り返した。

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