17 最高意思決定
『やあ、久しぶりだな』
画面の向こうで、実際の年齢より老けたような顔の男がにこやかに言う。
「お陰様で順調ですよ。ラムザ博士」
『機嫌がいいのは私だけかな?』
「だと思います」
冷静にランミールトは返した。
珍しく彼の執務室ではない。深々と体を沈ませて、ランミールトは頭痛の額を押さえながらソファに埋まっていた。
『お前の具合が悪いのか?それともあの話の具合が悪いのか?』
訝しげにラムザは首をかしげた。
「私のほうは放っておいて戴いて結構です。まだ問題と言うほどの動きもありませんが…あの少年を任せた保護者のほうが気になりまして」
内容の割りに無表情なのはランミールトの特技である。
『シャ・メインとか言ったか。いまさら取り返しのつかんことを言わんでくれ』
「――………それはそうと、お聞きになっていますか?」
『何だ』
「まだ公表されていませんが、惑星破壊が正式に決定されてます。リヒマン独裁議長の声明はまだ原稿作成もされてません。しかし、リアクターは出航準備が整い次第、ラントゥールへ転送されるそうです」
『少年は間に合うか?』
「どうですか……最終千年期に終止符を打てるのなら――」
そう言ってランミールトは再び額に手を当て、半ばひっくり返りたげに天井を仰ぐ。
(私が焦ってどうするというのだ)
密かに事を案じる一方、星間共同主権でも一抹の不安が横行していた。
十年前、リヒマン議長が儀会を解散せずに無期休廷させ、議会としての活動を凍結したままだったのは、議長としての最高権力保持と、懸案事項の解決した暁には権力の議会返上が容易であるからである。もし成功したならば彼はより名声と人望を得て政治生命が延びることであろう。だが仮に成功しても逆に糾弾されて葬られる可能性もあり、予断は許せず、先々の評価は危ういバランスの上にあった。
とはいえ、あらゆる妨害工作に悩まされながら、よくもこの十年を独裁できたのだと思う。
「――それも排除できる力があれは、な」
発表前の声明原稿に目を通しながら、リヒマンは呟いた。
「……なんでしょう?」
隣で側近の男が驚いたように彼を凝視した。
「ん、なに。私がもしも皇帝だったらと思ってね」
「物騒ですな。ここは仮にも民主主義の星間共同主権ですぞ」
「残念なことに事実はそうだ…ところでリアクターは元気かね」
「滞りなく」
「結構。ようやくこぎつけたか……」
校正の手を止めて、原稿を広報官に見せた。それをざっと眺めながら広報官は口を開く。
「ですが、よろしいのですか」
「――問題でも?」
「いえ、スヴェン議員のことです。議員資格の剥奪のタイミングは今しかありませんが」
「ああ……彼は…いまさらどうしろと言うのだ。自らレジスタンスと交わるを望み、彼なりの理想を追って満足しているだろうよ」
「議会再開の折には復帰をさせると」
「そのような相談は君らにはしていないだろう。私は私なりの理想を追い、実現しつつあるのだ。彼にとってここは力を発揮する所ではなかった」
権力に酔った言葉でないのは、その場にいる人間にもわかっていた。
「しかし、逆転優勝もありうるか」
戻された声明原稿をメモリにインプットすると、それをまた広報官に渡す。
「リアクター始動の声明文に、解放戦線のテロ完圧とか完全鎮圧といった過激な部分が多すぎる。軍や市民を鼓舞するには良い檄文だが、それを少し削除してラントゥール住民の生活向上支援などと言うのもくわえておくように。それでソフトになるだろう?」
「畏まりました」
「それと今回の作戦で指揮をとるケイ中将を呼べ。軍部会議前に話がある」