15 彼と少年の意志
彼の手元に荷物が届いたのは、ランミールトと話をしてから一週間ほど経ってからである。
話によると惑星ナレイを出港して四日目に到着したのだが、何処をどう間違えたのか、別の部隊へ送られてしまったらしい。
やっとお眼鏡かなって、感じた第一印象が、
(これをお守りしろと言うのか)
と言うくらい貧弱なものであった。
ぼろほろの服、旧式の古ぼけた武器、やつれて色の無い顔、ノイローゼみたいな、ともすれば近づきたくも無い小汚い少年だったからである。
ランミールトの命令でなければ、こんな荷物は受け取りはしないだろう。
それでも溜息をつきつつ、ちゃんとした食事を与え新しい服を支給すると、オレンジの瞳、薄いグレイの髪、これまでの生活のせいか痩せた細い体つきで、それなりに端正な面持ちのあまり軍隊には似つかわしくない少年兵が出来上がった。
その少年を見て、シャ・メインが心配したのは彼の戦闘力だったが、これも取りこし苦労だった。十八歳、という年齢にしては驚くほど熟達した戦いぶりを体に備えている。
シャ・メインは(だいぶ強引に刷り込みをしたな)と、ランミールトの用いた手段と彼の「奇妙にも激しい抵抗痕」を見抜いたが、ともあれ少年が送り込まれた本来の理由が何よりの懸念である。
上司の命令とはいえ、この少年にどれほどの価値があるのか、二ヶ月近くたっても判らない。
精神サーチをかけても、強固なシールドを張り巡らしており、シャ・メインほどのパワーライナーでも破るのは不可能だった。
シールドが張られているだけでも怪しいのに、張らなくてはならないほど重要な秘密があるのだろうか――。
それも、この俺でさえ破れないのには、何か…何かが……。
真意を測りかねるものの、彼の部下としている以上は上官として少年に命令を下す自由はある。
「お呼びですか隊長」
トレーラーにあるシャ・メインの個室に、少年兵の声が響いた。
「――ノボアか」暫く考え込んでいた風に、少し間を置いてから顔を上げた。「ちょっとした話だが」と招き入れる。
「このところ解放戦線の具合が良くないのを知っているか?」
言い忘れたが、シャ・メインはラントゥール解放戦線のメンバーとして潜入している。
「ええ、あの…政府軍が積極的に攻撃する様子が無い割りには、戦線の補給が滞りやすいかと」
「その通りだ。よく把握しているな。これはまだ幹部クラスしか知らないことだが、近く政府軍が何か大規模な戦力を投入する情報が入っている。つまり、いよいよ、かもしれんのだ」
シャ・メインは斜めに座りなおした。
「そこでだ。お前にその気があるのなら、特別のルートを使ってラントゥール圏外へ脱出させてやってもいい。お前はレジスタンスとしても役立っているし、理不尽な圧力にも屈しない反抗精神も評価されている。だが、俺は常々感じているのだが、それでもお前はここに似つかわしくない人間のような気がしているんだ。血や泥にまみれて人を殺すタイプにではない。普通の学生に戻って平和な暮らしをしたいとは思わないか?」
「僕は用済みと」
「違う。ただ聞いているんだ。お前がどうしてラントゥールへやって来たかは知らないが、したいことがあるなら今のうちにやっておけ。ただ戦争しに来たのではないだろう?決戦となれば生き残れる保証は無い。だからどうするのか、本当のお前の意思確認なのだ」
一呼吸、シャ・メインは少年が考える時間を与えようとした。しかし、
「ここに残る」
ノボアは即答した。
内心驚きつつ、シャ・メインは「何故」と訊ねた。
「どうして僕にそんな話をするのか判らないけれど、とにかくここに残る」
頑固に彼は残留の意思表示をした。なにがノボアをラントゥールにこだわらせているのか、シャ・メインにはシャ・メインの理由があるように、彼にもそれなりの理由がある。深くは考えないようにした。
「…そうか。それならいい」
ノボアは心持感謝の意を込めて軽く頭を下げた。
戦争にまみれて生きるタイプではない、といったのはシャ・メインの本音だった。まだ若者の前途を気に掛けるだけ彼は人格者ではある。ノボアは見た目が既に戦争向けの人物ではないし、ともすれば品の良さそうな育ちの少年である。そんなぬぐえない違和感がシャ・メインをして「戦いの外へ」と言わしめたのであるが、それ以前にあくまで彼は任務を遂行する冷徹なエージェントなのである。
「――ここに残る、か。政府は最終戦にすべく決定を下しているのだが…気楽と評価すべきか……?」独りごちた。
もとより政府側の人間である。途方も無い武力を投入するのは予想ができるし、それに伴ってエージェントの撤退命令も出るだろう。
だからその前に面倒なものは片付けて起きたかったが、もう少し観察が必要らしい。
(任務と言うより――私の至上命題だが………)
彼の任務は、彼の意思でもあった。