10 ■FACE2■ 少女が視るもの
〈FACE 2〉
ダハトの宇宙港で、アルダは迷子になりそうだった。
それで、ここが首都星だと言うのを実感したのだった。
だから入国ゲートで警備員に「観光?」と意地悪そうに問われても気にはしなかったし、機械の冷たい審査も平気であった。
白い帽子に薄い青のパンツルックをした少女は、自分のファッションが季節や流行に合っているかどうか、時々周囲を見回し、ショーウインドウに映る自分の姿を確認する。
厳戒態勢のため入念な入国審査を受けて、長旅ではない大きさの荷物を持って、めでたくダハトに入ったのだった。
ゲートを出ると、ダハト中央都市ネオ・ノアトゥーンのメガロポリスが目前にせまる。
「空を使うべきかしら…」
数秒考えて、その交通手段はやめた。
さしあたっては一般の交通機関を使用することにする。
「迎えが来るまで三十分以上もある…どこで時間潰そう…」と再び実行できそうにないことを一人ごちてみるが、三十分と言う時間はそう余裕の無い時間であるのは確かである。
流れる人ごみの中で気づくものはいないが、ふとした顔が少女らしくないものに変わったりするのは気のせいだろうか。精悍さを宿した、何か戦いの中を走ってきたそんな厳しさのある面持ち…。およそ喧騒の都会にすら似つかわしくないものである。
つと、彼女は歩き出した。
ゲートに繋がっている巨大なホールを、スライドウェイで移動する。
突然、前方で人々がざわめいた。
乱れた足音が人ごみを掻き分けて、怒鳴り声がした。
「どけっ」
「じゃまだ!」
押しのけられて、幾人かしりもちをついた。
アルダもよけ損ねて、スライド・ウェイのフェンスに押し付けられる。
「あっ」
バッグが彼女の手を離れてしまった。
「空港警察です! ご協力を!」
窃盗団か何かだろう。振り返ったアルダにはそう見えた。ここで面倒なことに巻き込まれるわけにはいかない。
(大事な“お使い”なのに――)
急いで荷物を視線で追い、手を伸ばしかけた。
「大丈夫ですか」
頭の上から声がして、彼女のバッグが視界から消えたかと思うと、ひょいと彼女自身も地面に対して正しい角度を取られた。
「あ、ありがとうございます」
「見たところ、観光にいらしたらしいが、気をつけたほうがいいですよ。どちらへ?」
青年の快活な物言いにアルダはほっとした。
「列車に乗りたいのですけれど、窃盗です?」
そう、と青年は頷く。
スライド・ウェイは長い。旅は道連れ、と言う言葉通りに二人はしばしのおしゃべりに興じた。最近はダハトも物騒でね、と彼は言った。
ラントゥール解放戦線によるテロ活動が、ダハトにまで及んでいるのだという。つい先日も首都付近で爆破予告があり、数人がパニックでケガをしたらしい。
アルダには、ごく一般的な「大変ですね」としか言葉がなかった。
ラントゥール解放戦線、とひとくちに言っても内情はかなり複雑だからだ。極端な話、武力行使を嫌う穏健派と、あくまで実力行使に頼る過激派とに分かれていて、主義主張も各星々や派閥によって異なるし、ラントゥール解放戦線の名に便乗して利益を吸い取ろうとする輩もいる。
純粋なラントゥール解放戦線は、長い時間と共にどこかへ埋もれてしまったらしい。
「国土解放運動と同義的に取ってもいいのでしょうが、人と言うものは住む土地に非常な執着心と愛情を持つものらしい。何の利益、何の利害があるかとは後付的な理由であって、ただそこにずっと住んでいたからと言う理由から………――誰のものでもないのに、自らが所有したがり、そして実態が無くなっていく。虚像ばかりが走って駆けていくんですよ」
いささか抽象的な言葉だ。
アルダには全てを理解できないが、ラントゥール解放戦線と言う具体的な範囲を超える、広く深い意味を込めているのだとは感じた。
「哲学的な方ですね」
青年は少し照れたように笑顔で返した。
「恥ずかしながら、自論です。しかし――」
人の流れはいつまでも絶えそうになかった。
ここは何が起こるかわからないメガロポリスである。
アルダより高い身長で青年は周囲を見渡し、穏やかな口調のまま話題の矛先を彼女に向けた。「貴女はパワーライナーですね」
アルダは仰天した。「おわかりです?」
「はは…類は友を呼ぶ、と言うじゃないですか。隠す必要もないし、もしかしたらと思ったんですよ。それもなんだろう…どこか特殊な感じの…」
「素質はあると言われてるんですけど、別に気にもしてなかったし、用途があるわけでもないし…」
内心、冷や汗を掻いた。
「惜しいな。そのチカラ、何かのために使えたらいいのに」
「あなたは、じゃあ?」
「公共事業関係の仕事しています。結構暇な仕事ですがたぶん…これから忙しくなりそうでしてね――…そろそろ出口だ。列車の待ち時間は無さそうだ」
青年はアルダのバッグを持ち上げた。
「やあ、自己紹介を忘れてた。私はシャ・メイン」
「わたし、アルダです」
「それじゃアルダ、良い旅を」
シャ・メインと名乗った青年は、握手を交わして彼女とは別の方向へと歩いていった。
その背を眺めて、不意に彼女は予感したのである。
(良くわからないけど………)
また逢うわ。
再会の予感――
踵を返して、列車に向かい踏み出した。
だが、後ろに駆け寄ってくる足音を感じて、振り向いた。
瞬間、彼女の背後で轟音と共に炎が吹き上がった。
L.M.ニ一七四年
アルダ・グラハム 十六歳
星間共同主権首都星ダハトにて