勇者レベル1とスライムの出会い ~お花畑で捕まえて~
最初の一行を思いついて、話しをふくらませた結果がこれでした。あれ? どうしてこうなった。
その勇者を見つけた時、小さなスライムは歓喜にそのゼリーのような身体をふるりと震わせた。
「出たな!! スライム!」
声をかけられたスライムは正面から相対する勇者を、ゼリーの体に埋もれるようなビーズのごとき黒い瞳でまじまじと観察する。
ピカピカだった、どこもかしこもピカピカの一年生勇者。
纏う革鎧はまだ傷一つなく、スライムに向けられた剣も刃こぼれ一つない。着ている衣服も腰に下げた魔法の袋も汚れ一つない新品だ。
勇者の後ろに伸びる街道の先にあるのは始まりの街と呼ばれる小さな田舎町。きっとそこのなんでも屋にある勇者スタートセット、ただいま春の勇者キャンペーンにつき1割お値引きのお買い得品であろう。
そんな新品セットに見合うがごとく、勇者のレベルを示す勇者証にはまだなんの戦績も記録されてはいない。
まごうことなき勇者レベル1だ。
その証拠に、小さな小さなスライムに向けられた剣はガタガタと震えており、呼吸も荒い。経験値1しか貰えないスライム相手にそのへっぴり腰。
冒険出たてのほやほやであろうとスライムは思った。
鎧もピカピカ、剣もピカピカ、冒険慣れしてない革の帽子をかぶり忘れている金の髪もピカピカ。
そしてなにより……。
その顔は無駄にピカピカなイケメンだった。
『あら、ちょっといい男』
思わずスライムはうっとりと勇者に見入ってしまった。
ここでこのスライムの性別について触れておくことにしよう。
そもそもスライムに性別はあるのか? その論争は昔から魔物学者や城の賢者達の間では密かな論争の種であった。
身体はゼリーのような柔らかい物体であるのが一般的で、たまに毒の混ざった物、触手のような物が生えている物、小さなスライムが集まって大きくなる物、果ては液体金属で出来た物、そして全てのスライムの頂点に立つのは人を押しつぶせそうな大きな物と様々だ。
そして繁殖の仕方も様々だった。
剣で切られたら分裂する物、水に入れたらふくれて爆発し分裂する物、雨が降ったら暗がりで分裂する物、寝ている間にうっかり分裂する物、なんだかよくわからないけど分裂する物。
分裂はスライムの得意技である。
なので動物で言うところの雄雌の概念が繁殖に全く必要ない。雌雄同体だという学者もいるが、そもそもスライムが夫婦になり家族を作りといった行動をしているとは思えない。
だって彼らは分裂するのだ、無限に。
だから人間からしたらスライムの性別を議論するだけ無駄だった。こんな議論はおおっぴらに出来ない。だから密かな論争の種だったのだ。――主に酒の席での与太話程度の。
しかし、スライム側にも彼らの主張もあるであろう。いくら無限に増えるからとはいっても彼らにもスライムとしての意識があり、物事を考える頭もあるのだから。
まあぶっちゃけていうと、スライムの性別は自己申告である。
彼らが自分が雌だと言うなら雌だし、河原の土手で殴り合いの喧嘩をして肩を組んで仲直りし、夕日に向かって走るならそれは雄スライムなのだろう。走る足はないので転がったりのたくったりではあるが。
そして、勇者の前にいるスライムは雌であった。
なぜなら彼女の身体はうっすらとしたピンク色だったし、勇者や旅人を脅かす以外の時間は花を愛でたり、小鳥と話すのが好きなちょっと夢見がちなお嬢さんだったからだ。
『いつかはメタルスライムになって勇者様と、こら~待て~、おほほ~、捕まえてご覧なさ~い、ってきゃっきゃうふふしたいなあ』
出来ればお花畑だとなお良し、間違っても地下ダンジョンとかのじめじめした所じゃない方がいいと、普段から将来設計に余念がないピンクスライムであった。
さて、そんな彼女の前に現れたのは勇者レベル1。
ピカピカのレベル1勇者、観察したところ使える魔法は、非常に弱い癒しの初心者魔法それのみである。
彼は今日まさに勇者として旅立たんと、生まれた村を後にしたところだった。
彼が村を独り立ちする時に選んだ職業は勇者、それまで培った農学者のスキルを全部無駄にして彼が選んだのは勇者。何故に?
「勇者になったら、お金もたくさん貰えて英雄になれるし、可愛い女の子にモッテモテだぞ!」
と隣に住んでいた幼馴染みのお兄さんが言ったからだ。そしてお兄さんはその言葉通りに、魔物をバッサバッサと倒し、今や東の魔王に迫らんとする今売り出し中の勇者になった。
そんな彼の絵姿は娘さん達に飛ぶように売れ、今から結婚の申し込みも引きも切らないとか。凄いな勇者って! と彼が思ったのも無理はない。
だから冒険してみたのだ、俺も勇者になろうと。成人する歳になり、家を出る時に軽い気持ちで神殿に行き、転職を司る神官に「じゃ、勇者でお願いします」と言ってしまったのだ。
なのに体当たりしか攻撃スキルのないスライム相手にこのへっぴり腰。
彼は少し、いやかなりおのれの選択を後悔していた。だからだろうか、スライムと相対したものの、次の一歩が踏み出せずもう既に半時睨みあっている。
スライムはそんな彼を見て思った、こんなんでこの先大丈夫? と……。
『ん~惜しいなあ、顔はものすっごく好みなのに、これじゃリリパットにすら勝てなさそうよね~。私の将来の夢、勇者様とお花畑で捕まえて! の夢にはほど遠いなあ……どうしたもんかしら』
うぬぬ、と考え込むスライムは正直隙だらけ、どこから攻めてもまっぷたつに出来そうだが、勇者は斬りつけられない。だって戦い方を知らない勇者レベル1だから。
『でもこの顔は捨てがたいわね、整ってるし青い目の金髪だし、うっとりするほど王子様フェイスよね~、あ~眼福眼福。でもなんで勇者なんて選んだんだろ? 役者にでもなればモテモテでしょうに』
役者になった目の前の若者が、ワイングラス片手に女の子達に囲まれて、白い歯をキラリとさせた笑顔でいるところを想像して、スライムの胸はチクリと痛んだ。――スライムの胸がどこかの論争はさておき。
『ん? なんか胸がむかむかしてきたわ~。ないない、役者はないわ、却下よ却下』
考え込みながらじりじりと勇者の右に回り込むと、勇者もじりじりとスライムから距離を取る。
『避けなくったっていいでしょ……傷つくわぁ……』
そりゃ避けるだろう、だってスライム対勇者だし。と自分に突っ込みつつ、スライムは考える。
『じゃあこのまま勇者業続行路線か~、まるっきり向いてなさそうだけど、私の夢のために頑張ってみるか~』
ハァ……と、溜息一つ吐いて、スライムは一歩後ろに下がった。そして足下に力を溜めると、飛び上がって勇者に体当たりをかけた!
「うわっっ!!」
とっさにそれを避ける勇者、初心者にしては反射神経はなかなかだった。だがこの場合、スライムにとってはありがたくない。
『大人しく構えて立ってろっての! せっかくこっちが斬られてあげるっていうのに!』
そう、スライムは自ら勇者の剣に飛び込んだのだ。それはなぜなのか……。
『このままじゃいつまでたっても勇者レベル1から抜け出せないし、彼に勇者としての自信を持ってもらいたいのよね~。それには経験値稼ぎが必要っと……。尽くす女って辛いのよね~、ってこら! 避けるな!』
右へ左へ、縦横無尽に飛びかかるスライムを勇者は避け続ける。無駄にいい反射神経のスキルを発揮しながら。
『あ~、私ってば結構健気なキャラだったのね~、愛する人のために自らの身を犠牲にして、その行く末を心配するとか~。あら? これって以外と悲劇のヒロインっぽくない? やだ! 萌えるシチュエーション!!』
俄然張り切るスライム、その跳ね回るスピードはにわかにアップした! それに勇者が対応出来るはずもなく、ばいん! ぽいん! とスライムに体当たりをくらう。
「うおっっ!!」
勇者、スライムにフルボッコ……。情けない、あまりにも情けないぞ勇者レベル1。
『あ~やっぱ駄目駄目かも~。ここまでヘタレだとこの先厳しいかな~。ん~でも美形が傷ついてるのってちょっといいかも……。やだ、荒げた息が色っぽいわぁ……。色っぽさ五割り増しね。なんなのかしらこれ、ヘタレ萌え? 美形がヘタレとかそのギャップがいいわね……』
つらつらと、そんなことを考えながら余裕のスライムは更に勇者に体当たりをかます。
「おのれ!! このスライムめ!! この俺様を馬鹿にするのか!! この!!」
『俺様キターーーー!! 俺様ヘタレ美形勇者とか、どんだけキャラ盛ってくるのよ!! 私を萌え殺す気か!!』
スライムは知らない、普段の彼は物静かで自分のことを俺様とか自称しないことを。今の彼は初めての戦闘でパニックに陥り、普段とは違う人格が顔を覗かせたことを。
しかしそれが彼女のやる気スイッチを押したのは事実。彼女は益々張りきって、自ら勇者に斬られにいった。
『落とす! 絶対モノにするわこの勇者様! 彼とお花畑でランデブーするのは私よ! 絶対他の雌スライムに渡すものですか!』
――そして、その時は訪れる。
新品の剣はよく斬れる。スライムの柔らかなゼリー状の身体をまっぷたつにしてもなおその輝きは失われない。
「やった!!」
スライムを斬ったた後に訪れた静寂の中、勇者の胸の勇者証から場にそぐわないファンファーレが鳴った。勇者証は記録できる魔法グッズだったのだ。音も出るのだ。
勇者はスライムを倒した
経験値が1入った
ゴールドを2手に入れた
やくそうを1こ手に入れた
次のレベルまではあと経験値15です
勇者証の表面に文字が浮かび上がり、それを見た勇者はその場にがっくりと膝をついた。
「あと……スライム15匹分か……ぜえぜえ」
ちなみに薬草はスライムの優しさからドロップしてあげた物だ。薬草の半分はスライムの優しさで出来ています。
『これで…勇者様は冒険に一歩踏み出したのよ……。おめでとう勇者様。あなたの行く末に幸多からんことを……ぐふっ』
草原の草むらの中で、傷ついたスライムは勇者の幸せを祈る。彼がメタルスライムすらものともせずに捕まえられる立派な勇者になるように、と……。
勇者に一目惚れした恋するスライムは草むらの中で静かに塵になっていった。
――――――――――――――――――――
あれから3日、街道を行く勇者は既によれよれだった。
なぜなら彼が行くところ行くところ、スライムが出現し体当たりをかけてくる。切り傷などはないものの、地面に倒れて出来た擦り傷や、スライムにぶつかった所が痣になったりとさんざんだったからだ。
薬草だけは何故かスライムから必ずドロップしたので途切れてはいないが、精神的な疲労も大きかった。
「なんでスライムばっかり……。呪いか? スライムの呪いなのか?」
しかし、よれよれになりながらもスライム達をなんとか倒していた彼も、勇者レベルは3になっていた。それが早いのか遅いのか……。
はっきり言って遅いの一言に尽きる。次の街に着く頃には軽くレベル5は越えているのが相場だ。しかしそれも仕方がない、入る経験値はスライム一匹につき1だから。
よろよろ、よたよたしつつも街道を進む勇者の後をつける影が一つ……二つ……いや三つ?
勇者は気づいてはいないが、彼の後を見つからないようについて行く影は無数にあった。
スライムだ……薄ピンク色のスライムの群れが勇者を取り巻くように移動していた。
『これだけ側に寄っても気づかないとかどうよ?』
『適正ないんじゃないのー。やめちゃえばー? あんな男ー』
『いい男は他にもいるわよ』
やいのやいのとスライム達はかまびすしい。
『ほっといてよ~、私はあの勇者様がいいんだから~』
恋する乙女として、物陰から胸を焦がして愛する人を見つめるシチュエーションも捨てがたくはあるが、やはりいつまでも見つめるだけでは物足りない。恋するスライムは以外や肉食系であった。
『まあいっか~、次の街もそろそろだし、ここら辺でもう一つくらいレベル上げとこうかなっ~と。さあみんなやっちゃって~』
『『『おっけ~』』』
スライムの号令で、勇者の周りのスライムが数匹、草の影から飛びかかる。その身体は恋するスライムよりはやや薄いピンクだ。
「うわああ!! またスライムか!!! 消えろ!! この! この!!」
やたらめったら剣を振り回す勇者。それでも数打てば数匹のスライムがその剣に切り裂かれる。
そして鳴るファンファーレ。勇者はレベル4に上がった。
斬られたスライム達は塵になる。が、しかしよく見ると斬られた一片がもぞもぞと動き、ぽんっと新たなスライムが生まれた。
一匹が二匹、二匹が四匹といった具合に、斬られた一部を塵に変え、元の大きさよりは小振りなもののスライムは無限に増殖する。
初心者勇者は知らなかったのだ。スライムは斬ってはいけないということを。
経験値は入るがその数値は1、斬っても斬ってもスライムは増え続け、やがて増殖したスライムはまた新たなスライムを生み出し……。といった具合に、斬られたら増えるスライムを斬ってはいけないというのは冒険者の間では暗黙の了解だったのだ。
スライム増殖地獄だけは避けろ! 冒険の書の最初のページに書いてあったのを、勇者は見逃していた。説明書はちゃんと読みましょう。
スライムに有効なのは火だ、もしくは棍棒とか剣の鞘で殴り殺すこと。剣でも斬り殺せるが、増殖する隙を与えず核を斬るというのは、勇者でも高位のものにしか出来ない難しい技だった。
なのであの日、村を出た勇者レベル1は、今日勇者レベル4になるまでスライムを倒し続けた。経験値1だけを延々稼いで勇者レベル4までどれだけのスライムを倒したのか……。
『レベル上がってもね~まだ戦い方知らないから、効率のいい魔物斬らせるわけにもいかないし~。地味で面倒だけどしばらくはスライムだけ倒してればいいのよ~私の勇者様は~』
そう、あの日勇者に初めての経験値をもたらした恋するピンクスライムは、増殖したおのれの分身達を使って勇者を鍛え上げていたのだ。これぞ愛の鞭。決してサド心からなどではない。
人間達は知らない事だが、分裂したスライムはある程度核となったスライムの意志に従う。核になったスライムが、好きにしていいよ~と言うとおのおの好きな場所に散っていくし、ちょっと手伝ってよ兄弟! と言えば集団で旅人を襲ったりもする。自由なスライム達であった。
『死んだと思った? 勇者様。残念でした~、スライムはある意味不死身なのよね~。なにせ勇者様達にやられる最初の雑魚キャラだから数が必要なのね~。数の暴力って言われるけど、これが私たちの生態だからしかたないよのね~』
だから死に別れとかあり得ないのよと、ふっと寂しく笑うスライム。
『恋する人の腕の中で死んでいくとか~、死に別れた恋人の面影をそっと偲ぶとか~、死んだ恋人の敵討ちとか、そういった憧れのシチュエーションはスライムには無理なのよ~』
はあ残念、と溜息を吐くスライム。
そして、また街道を歩き始める勇者を見やり、うふふっと頬を染めた。――スライムの頬はどこかという学者達の論争は以下略。
『やつれた美形もまたおつなものよね~。うふふ~目の保養~。勇者様を鍛えてるせいか、私のレベルもちょこっと上がったみたいだし、いつかなれるかな~憧れのメタルスライム様に』
最近のスライムは魔法が使えるようになっていた。姿を消すという初歩魔法が使えるようになったおかげで、勇者の周りをうろついていてもそうそうばれない。
そのせいか落とす経験値も気持ち上昇し、明日くらいには獲得する経験値も増えるだろう。そうなったら勇者のレベル上げも少しは楽になるというものだ。
『はぁ…愁いを帯びた勇者様の横顔素敵。よーし明日はもっと張りきるぞ~。額から血を流すとかちょっと猟奇的だけどそそるわよね……。ああ、白い包帯を巻いてあげたい!』
更に色々な属性に目覚めつつ、恋するスライムは勇者に献身的に着いていく。すべてはその夢に向かって。
『いつなれるのかな~お花畑で追いかけっこする恋人同士にって……いや~~、きゃっ恥ずかしい!!』
その壮大な夢を叶えるべく、恋するピンクスライムはよろよろと歩く勇者の後ろを、嬉しそうに跳ねて追いかけるのであった。
スライムは多分気づいていない、お花畑で捕まえて! はメタルスライムにならずとも今の勇者レベルなら余裕で実現可能であると。
しかし彼女は憧れのメタルスライムと勇者INお花畑の夢にこだわっていたので、気づいたとしてもその夢に向かって突っ走るであろう。
――街道は続く、どこまでも。スライムに恋される哀れな勇者と、勇者をどこまでも追いかけると意気込むスライムを乗せて。
これが、後の世にスライムスレイヤーと呼ばれる勇者と、キングオブメタルピンクスライムとなるスライムの出会いであった。
スライムの恋が叶ったのかどうかは、歴史書にも書かれてはいない……。
~End~
勇者様の二つ名はスライムスレイヤー。またの名をスライム憑きの残念勇者。
恋するスライムちゃんはストーカーではありません。ただの一途な娘さんです。
読んで下さりありがとうございました。