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7話【最上級の咎人】

「いやいや、ちょっと待って下さいよ!

 俺が、勇者だの、魔王だの、そんな大層な存在に見えます!?」


 俺は慌てて弁解する。

 俺自身、今の俺がどんな存在なのか良く解ってはいないが、そんな大それたものでは無い事だけは確かだ。


「……嘘は吐いていないようだな」


 ギルド長は、困ったように溜め息を吐いた。


「しかしそうなると、その黒髪黒眼に説明が付かないが」


 そりゃあ、前の世界では日本人だからな。

 黒髪黒眼は普通だし。


 動揺していた俺は、ふとそんな事を考えてしまう。


 あ、不味い。


 慌てて思考を切り替えるも、遅かった。

 ギルド長は、明らかに怪訝な表情を浮かべ、俺を凝視した。


「前の世界?

 日本人?

 黒髪黒眼が普通?

 ……どういう事だ?」


 俺は思わず、大きな溜め息を吐いた。


 何て厄介で面倒臭い能力なんだ。

 情報を秘匿しようとしても、話を聞いていているだけで、どうしたってその内容に関わる事を考えてしまう。


「……腹の探り合いをやるには、お互い情報が足りなさすぎるな」


 目の前の老人は深く息を吐き出し、観念した様子で俺に語り掛けてきた。


「どうだ、そろそろ腹を割って話をしないか?」


 素晴らしい提案だが、いきなり何事だ。

 あれだけ鎌掛けや揺さ振りをしてきた人間の言葉とは思えない。


 警戒する俺を見て、ギルド長は苦笑を浮かべる。


「まぁ、そう思うのも当然だろうが、私を信じてくれないか?

 お互いに解らない事だらけで、このままでは平行線だ。

 見たところ、君はこの世界の事をほとんど知らない。

 私は、君の素性が気になる。

 どうだ、交渉の余地があると思わないか?」


 それは確かにそうだが。


「私はな、勇者や魔王と同じ黒髪黒眼を持ち、常識を知らぬ割にはやけに考えも回り、そして、私の知らぬ世界を知る君に、かなり興味があるのだよ」


 そこまで興味を示されているとは思ってもみなかった為、俺はギルド長の言葉に少なからず驚く。


「私は元来、知りたがりでね。

 昔から、色々な事に首を突っ込んだものだ。

 そして、【万象看破】を持っているが故に、知りたい事は大抵知り得たし、逆に知りたくない事も知る羽目になった。

 だからこそ、こうして冒険者ギルドのギルド長なんて職に就いても、やっていけている訳だがな」


 老人は笑うと、言葉を続けた。


「さて、そんな知りたがりの私の前に、未知の情報を持ったクロサキ君、君が現れた。

 これで気にするな、自重しろ、と言う方が酷だとは思わんかね?」


 冗談めかしたギルド長の言葉に、俺は頭を掻いた。


 さて、どうしたものか。


 と言ったところで、答えは既に決まっていたが。


「解りました、その話、乗りましょう」


 そう、俺の答えはイエスの一択だ。


「ほぅ、随分簡単に結論を出すのだな。

 もっと悩むかと思っていたが」


 これでも一応は悩んださ。


 確かに俺自身、この世界の情報が足りないと思っていたし、誰かに聞く必要があると考えていた。

 だが、一から十まで常識を知らない俺が、不審に思われないように、他人から情報を手に入るのは、不可能に近い。

 つまり、この世界の常識をほとんど知らない、と言う俺の不自然さを、許容してくれる存在が必要だった。

 その点、この目の前の老人は、その辺りを良く解っている。

 だから、気兼ね無く質問出来ると考えたのが理由の1つ。


 そして何より、この食えない老人と話してみて、信頼は出来ないが、信用は出来ると感じた事が大きい。

 こればかりは、俺の勘を信じるしか無い。


 一応、後付けの理由としては、しっかりした立場の人なので、情報の取捨選択は上手くやってくれるだろう、とか、冒険者になるなら、ギルド長と繋がりがあった方が何かと便利、とか色々あるが、やはり、前述の2つが大きな理由だろう。


 そんな訳で、


「俺はこの世界とは違う、別の世界から来た人間です」


 俺は包み隠さず、これまでの事を話し始めた。


 前世は、黒髪黒眼の人だらけの日本と言う国で、ブラック企業の社員をしていた事。

 そこで働きすぎて、過労死した事。

 眼が覚めたら、謎の声から新しい身体と能力を授かり、この地に転移した事。

 良く解らない内に黒軍に追い掛けられ、貰った能力の1つ、【気配消失】を使って逃げた事。

 そして冒険者になる為に、こうして冒険者ギルドに来た事。


 【万象看破】を持つこの老人なら、俺の心を読む事で、細部まで情報を補完しているだろうと言う妙な信頼の下、かなりかい摘まんで話を進めていき、


「ふむ、そうか……」


 俺の話が終わると、それまで黙って聞いていたギルド長は、低い唸り声を挙げた。


「……俄かには、信じ難いな」


 老人は、再び深い息を吐き、俺を見据える。


 まぁ、いきなり、異世界から来ました、なんて話をしたところで、信じろと言うのも難しいか。


 俺がそんな事を考えていると、ギルド長は


「いや、信じよう」


 と、首を振った。


 【万象看破】で、嘘を吐いていないのが解ったからか?


「確かに能力は使ってはいるが、それ以前の問題だ。

 誠意には誠意で応えねばな」


 ギルド長の口から、思った以上に真っ当な言葉が吐かれる。


 意外だ。もっと、他人で遊ぶような人だと思っていたが。


 と、俺が感心していると、


「勿論好きだぞ?

 当然、相手と状況は選ぶがな」


 この台詞である。


 前言撤回、非道い老人である。


「そうか、いや、実に興味深い。

 君の話は興味が尽きんな。

 出来れば、また詳しく聞かせて貰いたいところだ」


 老人は碧眼を輝かせ、俺の話を反芻しているようだった。

 気に入って戴けたようなら何よりである。


「だがその前に、君の話を聞いて、幾つか伝えねばならんと思った事があってな」


 ほぅ、と言いますと?


「まずは、クロサキ君を転生させた、謎の声についてだ」


「何か心当たりが!?」


 思わず叫び、前のめりになってしまう。


 何と言ったって、俺を転生させてくれた存在だ。

 今回の転生に関して、色々と突っ込みたい点は多々あるが、それでも、恩を感じているのに変わりは無い。

 機会があるのなら、是非とも改めて礼を言いたいところだ。


「まぁ、落ち着け。

 何事もがっつくのは良くないぞ」


 軽く興奮する俺を、ギルド長は笑いながら手で制する。


 おっと、俺とした事がはしたない。


 俺が落ち着くのを待ってから、ギルド長は口を開いた。


「君の魂を呼び寄せ、新しい肉体を与え、あまつさえ能力まで与えられる存在ともなると、成る程、君が神の一柱だと思うのも無理は無い。

 だがな、その線はかなり薄いと私は思う」


 どういう事だ? そんな大それた事が出来るのは、神様ぐらいなものだと思っていたのだが、違うのか?



「そうだな、その声自身が、この世界を自分の世界だと言っていたように、恐らくその声の主は、こちらの世界に存在する何かだろう。

 だがな、この世界の神と呼ばれる者達は、自分の司る属性に関する能力しか持ち合わせていないのだよ」


 その言い方だと、まるで神が実在しているかのように聞こえるが。


「あぁ、実在したぞ」


 は!? 概念上の存在じゃ無いの!?


「あくまで神代の話だよ。

 そうだった、と言う伝聞調でしか聞かないし、今はもう、姿形を見た、と言う者はいないがな」


 あぁ、成る程ね。


「私は信じているがね。

 この世界の人間が、何かしらの能力を持って生まれてくるのは神々のお陰で、そしてそれは、何かしらの意味があっての事だと思っているよ」


 信心深い事で。


「強力な能力を持っていると、余計にそう思うのさ。

 どうして私が、とな」


 ギルド長は、皮肉っぽく笑った。


「まぁ、神代の話が気になったら、また今度詳しく話してやろう。

 で、話を戻すが、神々は自分の属性に関わる能力しか持たないのは話した通りだ。

 闘いの神は、戦闘に関する能力しか持っていないし、時を司る神は、時間に関する能力しか持っていない、とされている。

 つまりだな」


 単体で、魂の呼び寄せから、肉体の創造に能力の付与、おまけに転移と、多岐に渡る力を持つ謎の声は、神と言うには余りに逸脱した存在と言う事か。


「その通りだ。

 だが、結論を先に言うのは余り感心せんな」


 先回りして答えを出してしまった俺を、ギルド長が窘めた。


 いや、話を聞いてたら考えちゃうんですって、と心の中で弁明してから、俺は謎の声について考えを巡らせる。


 神でも無いとなると、一体あの声の正体は何なんだ。


「恥ずかしながら、私にも解らん。

 だが、正体はともかく、意味も無く君を転移させたとは考え難い」


 それは確かに。


「その割には、目的があまりにも不明瞭すぎるのが、腑に落ちないがな。

 その声は何と?」


「えっと、楽しめと」


 後は、また会おう、だったか? これは俺が言い出した事だったが。


「ふーむ」


 ギルド長は椅子にもたれ掛かると、虚空を眺める。


「その言い様だと、生きてさえいれば良い、と言った感じだな。

 今の君が、意識せずともその声の目的を遂行する存在なのか、それとも、本当に只、気まぐれで呼ばれたのか……。

 私が直接話していれば、そこまで読めたのだろうが、君の話だけでは判断出来んな。

 いや、参った」


 ギルド長は諸手を挙げて、お手上げのポーズを取った。


「そうなると、結局、謎の声の正体は解らず仕舞いって事ですか」


「そうなるな。

 だが、勿論これで終わりにはしない。

 私自身気になる問題ではあるから、こちらでも調べてみよう。

 とりあえず、謎の声に関してはそんなところだ」

 老人は、そう言って言葉を締め括った。


「……で、次は何についてですか?」


「あぁ、何故黒軍に追われたのか、君がいまいち良く解っていないようだったので、教えてやろうと思ってな」


「え?

 神聖な色を、勝手に使ったからじゃ?」


 と尋ねると、ギルド長は神妙な表情で、


「それだけでは理由として弱い」


 と、再び口を開いた。


「良いか?

 この国、ゼロニア聖教国の国教は、聖教と言ってな、今は亡き勇者を崇め奉る宗教があり、この国の大部分の人間がこれを信じている。

 そもそもこの国は、勇者の協力者や勇者を慕う者の集まりから出来たのだから、当然と言えば当然だ。

 そして聖教では、黒髪黒眼だった勇者に敬意を示し、黒を神聖な色と定め、特別な行事を除いて、一般の使用を制限している訳だ。

 つまり、普段から黒と言う色を使えるのは、一部の聖職者と、黒軍と呼ばれる、聖教軍事部隊のみだ。

 長くなったが、ここまでは理解出来たか?」


 ギルド長の問い掛けに首肯しながらも、俺は疑問に思う事があった。


 案の定、黒と言う色の使用は制限されていた。

 それなのにギルド長は、制限を破っただけでは、追われた理由として弱いと言う。

 つまり俺は、それ以上のタブーを犯したと言う訳だ。


 何だろう、凄く嫌な予感がする。


 俺の考えを余所に、ギルド長は話を続ける。


「では、考えてみるが良い。

 普段から黒を使えるのは、一部の聖職者と黒軍だけ、では、その中でも特に、勇者と同じように髪と眼を黒く染める事が赦されているのは、誰だと思う?」


「それは……」


 と、答えようとして、俺は凍り付いた。

 やっと、話の筋が理解出来た。

 成る程、これは黒軍の方も怒り狂う訳だ。

 どうやら俺は、1番のタブーに触れてしまっていたようだった。

 願わくば違っていて欲しいと、淡い期待を込めながら、溜め息と共に答えを告げた。


「聖教の、最高責任者ですか?」


「その通り、教皇だ」


 あぁ、目眩がしそうだ。


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