6話【万象看破】
マヌゥーズさんに引っ張られながら階段を昇り、4階に着くと、大講義室や応接室、スタッフルームや副ギルド長室と言った部屋を素通りしていく。
その先、1番奥の右側の部屋が、目的の部屋のようだった。
先に入るよう、マヌゥーズさんに促され、ギルド長室と書かれたプレートを横目に、老人に続いて中に入る。
最後にマヌゥーズさんが部屋に入ると、扉に鍵を掛けられた。
これで俺は袋の鼠、いや、ここの表現では、冒険者に囲まれた魔物だ。
一体、何をされるのだろうか。
「何、別に取って食う訳じゃないから安心しろ」
考えが顔に出ていたのか、老人は俺を見て笑いながらそう言うと、窓際にある大きな机に備え付けられた椅子に、腰を下ろした。
「さて、まずはここまで来て貰った事に感謝する。
ここに来て貰った理由は解っているな?」
「……はい」
放たれた言葉に、若干身が竦む。
あのタイミングで呼び止めておいて、わざわざ人のいない場所へ移動した。
つまり。
「ここでフードを外せ、って事ですよね」
俺の言葉に、老人は不敵に笑う。
「その通りだ。
さて、フードを取って貰えるか?」
そこには、有無を言わせない圧力があった。
隠し通すのも限界だ。
だが一方で、多くの人が居る3階の受付で、姿を見せる事にならなくて良かったとも思っている。
ひょっとして、気を遣ってくれたのだろうか。
俺は観念して、フードに手を掛けた。
ただ、この黒髪黒眼を見せた途端に、あの黒い奴らに報告されては堪らない。
あいつらを呼ばない、という確約だけは、取り付けておかねばならない。
「……解りました。
ただ、お願いがあります。
俺の姿を見て、通りにいる黒い格好の人達を、呼ばないで欲しいんです」
俺はフードに手を掛けたまま、目の前の老人に頼み込む。
「黒軍を?
……お前、まさか」
マヌゥーズさんが俺に近付こうとするのを、ギルド長は眼で制した。
「……良いだろう。
お前の姿がどうであれ、黒軍は呼ばん」
俺はその言葉を聞くと、フードを外し、ついでとばかりに外套まで脱いだ。
黒髪黒眼の、俺の姿が顕わになる。
「……ほぅ」
「んなっ!?」
2人は、頭から足の先まで全身黒尽くめの俺の格好を見て、驚きの声を挙げた。
老人は、俺の全身をまじまじと見つめ、嘆息する。
「成る程。
解ってはいても、実際に眼にすると、なかなかの衝撃だ」
老人は眼を眇め、机の上で腕を組んだ。
「さて、顔を見れたところで自己紹介と行こうか。
私はウォクト・ギルディア。
冒険者ギルドのギルド長を務めさせて貰っている者だ」
続いて、俺の後ろに佇む男を視線で示す。
「そして、そちらの男が知っていると思うが、マヌゥーズ・ヴォヤージ。
ここの現場責任者だ」
そう言って、老人ことギルド長は男を見据えてきた。
俺はその場で、居住まいを正す
何とも言えない緊張感が、身体を包んだ。
この緊張感、就活の面接に通ずるものがある。
「俺は、ゼロ。
ゼロ・クロサキです。
本日は、冒険者志望で御ギルドをお訪ねしました」
自己紹介をしながら、俺はギルド長と眼を合わせる。
透き通る碧眼を見ていると、やはり自分の内面を見透かされている感じがして、非常に居心地が悪かった。
だが俺は、眼を逸らしたくなる衝動を、気合いで捩じ伏せる。
面接で好印象を与えるコツは、相手の眼を話す事。
こうなった以上、冒険者になるにはギルド長の承認が必要不可欠だ。
ここでギルド長の眼力に負けては、良い感情を持って貰えない。
延いては、俺が冒険者になる事に難色を示して貰っては困るのだ。
「ふっ、私から眼を逸らさないか。
なかなかやるじゃないか」
そうギルド長が笑ったのは、俺が老人の眼を見つめる事に、意地を張り始めた頃だった。
「だが、そうやって見つめられると、落ち着かん。
こっちを見るなとは言わんが、もう少し肩の力を抜いてくれ」
苦笑するギルド長の言葉を受けて、俺はやっと老人から視線を外した。
思わず、長い息が口から漏れる。
「さて、いくつか質問させて貰う。
服はともかく、その黒髪と黒眼は、どうやって?」
「どうやって、と言いますと?」
奇妙な問いに、俺は思わず疑問を投げ掛けた。
「そりゃあ、どうやって黒に染めたかって事だよ」
その答えは、俺の背後から齎される。
成る程、そういう事か。
「そりゃあ、どちらも生まれつきですけど……」
それが何か、と俺が続けようとした瞬間、
「何だと!?」
と、背後からマヌゥーズさんの驚愕に染まった声が響く。
やはり、黒髪黒眼は珍しいようだ。
ギルド長は、特に反応する事なく、質問を続ける。
「一応聞くが、手の込んだ悪戯ではあるまい?」
「勿論です。
わざわざそんな事しませんよ」
知ってたら、そもそも髪の色も変えて貰うよう頼んでたわ。
ギルド長は顎を撫で、暫く黙考すると、
「解った。
ただし、次から別の人間に同じ事を聞かれた時は必ず、染めた、と答えろ」
と、良く解らない忠告を俺にする。
「えっと、それはどういう……」
「良いな」
「……はい」
理由を尋ねようとすると、強い言葉で念を押されてしまった為、渋々首を縦に振る。
「マヌゥーズ、君は何か聞いたか?」
「いえ、別に何も」
ギルド長は、俺の背後の壮年の男にも圧を掛けると、再び質問を始めた。
「さて、黒軍を呼ばないように頼んだと言う事は、ここに来るまでに何かあったのか?」
余りにも良く解らないやり取りに、内心疑問が尽きないまま、俺は問いに対する言葉を紡ぐ。
「えぇ。
えっと、黒軍って言うんですか?
黒い鎧を来た人達に、いきなり追い回されました」
俺がそう言うと、ギルド長は眉を上げ、興味深げな表情を浮かべた。
「ほぅ、黒軍に眼を付けられたか。
良く逃げ切れたな」
「それは、秘密です」
手の内を、わざわざ自分からひけらかす必要も無いだろう。
何より、ここから逃げ出さなければならなくなった時は、黒軍から逃げる時に使った【気配消失】を、また使わなければならない。
【気配消失】は今の俺の切り札だ。
切り札の切り所を間違えてはいけない。
そう考え、俺は言葉をはぐらかす。
しかし、ギルド長は不敵に微笑んだ。
その瞬間、俺は異様な悪寒に駆られる。
「秘密か、良い心掛けだ。
切り札は、見せびらかすものではないからな」
そう俺の言葉を肯定してから、老人は何気なく、そう何でもない事のように、
「【気配消失】か、良い能力だな」
と、はっきり言ったのだ。
息が詰まった。
何でこの人は、俺の能力を知っているんだ。まるで、俺の能力を見たような……。
そこまで考えて、俺は1つの結論に至り、思わず呟く。
「鑑定、能力……?」
俺の言葉に、ギルド長は満足そうに頷いた。
「ふむ、当たらずとも遠からずだな。
しかし、そこに考えが行くとはなかなかに鋭い。
サービスだ、君に私の能力の名を1つ教えよう」
老人は息を吸い、その名を口にした。
「【万象看破】。
全てを見抜く能力だ。
私の前に、嘘と隠し事は通じんよ。
黒崎零君」
その瞬間、俺は戦慄した。
多少のチート能力を持っていたところで、この老人には絶対敵わない事を、本能的に察知してしまったのだ。
先程の呟きも、俺が【上位鑑定】という似たような能力を貰っていたからこそ、考えが至っただけだ。
もし、何の能力も持たずにこの世界に来ていたら、目の前の老獪なる男に、今以上に成す術無く、手玉に取られていたに違いない。
いや、それ以前に、黒軍と呼ばれた連中に捕まり、俺の第2の人生はとっくに終わっていただろう。
俺は、気付かぬ間に湿っていた手の平を、外套で拭った。
漫然と生きていられた、前の世界のような甘い考えでは、この世界では生きていけないんだ。黒崎零、いや、ゼロ・クロサキ、しっかりしろ。
俺は自分に喝を入れ、改めて現状を考える。
ギルド長は、自分の能力を、全てを見抜く能力だと言っていた。
どこまで本当かは判らない。
もしかしたら、はったりかもしれない。
それでも、目の前の老人が、俺の事をどこまで理解しているのか、知る必要がある。
かと言って、2人の前で自分から、「どこまで俺の事を知っているのか」なんて聞くのは、あまりに間抜けな話だ。
俺が聞きたいのは、あくまでギルド長にで、マヌゥーズさんにでは無い。
マヌゥーズさんは恐らく、ギルド長と違って何も知らないのだろう。
積極的に質問をぶつけて来ないのが、その証拠だ。
しかし、如何せん、ギルド長と話をするには、マヌゥーズさんの存在が邪魔になる。
かと言って、自分から人払いを頼むのは、これから秘密の話をします、と公言するのと変わらない。
さて、どうすべきだろう。
俺が方策を考えていると、ギルド長は、ふと何かを思い出したような表情を浮かべた。
「そうだ、マヌゥーズ。
1つ、頼まれ事を引き受けてくれないか」
「……何ですか、急に」
突然の依頼に、マヌゥーズさんは心底不審そうな表情を浮かべながら、ギルド長に近付く。
「いや、これを取ってきて欲しくてな」
ギルド長は机の上の紙に、何かを走り書きすると、
「……っ」
それを見たマヌゥーズさんが、一瞬身動ぎした。
ギルド長が何を書いたか、マヌゥーズさんがどんな表情をしたのかは、俺からは窺いしれない。
だが、結果だけ言うと、マヌゥーズさんは、若干の逡巡の末、
「……解りました」
と、ギルド長の言葉に応じ、部屋を後にする事となった。
扉が開閉する音が背後から響き、部屋には俺とギルド長の2人だけになる。
何故だろう。望んでいた状況だと言うのに、俺の感覚が警鐘を鳴らしている。
そう思った瞬間、ギルド長は実に良い笑顔を浮かべた。
「さて、人払いはしたぞ。
黒崎零君。
それで、二人きりになってまで、私に何を聞きたい?」
「……っ」
戦慄が再び走った。
考えが、読まれている。
その事実に、またじっとりと掌に汗が滲んだ。
呑まれたら、負けだ。
俺は自分に言い聞かせると、掌の汗を裾で拭い、ゆっくりと口を開く。
「……その名前は、使いません。
ゼロ・クロサキが、俺の名前です」
俺の言葉に、ギルド長は小さく鼻で笑った。
「ふっ、そうか。
これは失礼した。
では、改めて、ゼロ・クロサキ君。
何を聞きたい?」
老人の誘いに、俺は敢えて乗る。
「貴方が、何処まで知っているか、です」
「何処まで、か。
それは難しい問いだ、クロサキ君」
老人は腕を組み直し、俺をその澄み渡る瞳で捉えた。
「何故なら私は、君の考える事しか解らないからだ」
俺の考える事しか、解らない?
その瞬間、俺の中に1つの答えが生まれた。
この人は、俺の考える事しか解らないと言った。そして、全てを見抜く能力、だとも。
つまり、【万象看破】とは。
「その通り。
【万象看破】は、他人の考えを覚る能力だ」
俺の頭の中を覗いたような言葉が、老人の口から放たれた。
覚り。
俺のいた世界には、人の考えを読み、嘘偽りを暴く力を持った架空の生物がいた。
しかし、この世界には、その怪物が実在するようだ。
俺は思わず唾を嚥下した。
他人の考えが解るとか、どんだけチートだよ。化け物か。
「おいおい、化け物とは心外だ。
これでも使い所は弁えているし、無闇矢鱈に使ったりはせんよ。
今は特別に能力を発動させているだけだ」
再び、俺の考えを読んだとしか思えない言葉をギルド長は発した。
「クロサキ君、君は随分と変わっているようだからな。
これでも私は、この冒険者ギルドの長だ。
素性の解らん存在を、はいそうですか、と受け入れる訳にはいかんのだよ。
だから是非とも、君の事を教えて貰いたい」
そんな事を言われても。
「まぁ、警戒されるのが落ちだろうな。
ならば、君の信頼を得る為に、1つ良い事を教えてやろう」
「良い事?」
俺は思わず眉根を寄せた。
何故なら、俺の経験上、自分から良い事を教えてやると言ってきた奴に限って、ろくでも無い事を口走るからだ。
嫌な予感がする。
恐らく伝わったはずである俺の考えを無視し、ギルド長は言葉を続ける。
「君は先程、髪と眼の色についての質問の時、疑問に思ったな。
何故、わざわざ嘘を吐く必要が有るのかと」
当たり前だろう。いきなり「嘘を吐くように」と言われて、「はい、解りました」と応えられるのは、余程純朴か、それとも馬鹿かのどちらかだ。
「尤もだな。
まぁ、勿論理由はある。
クロサキ君、今までに、黒髪黒眼を持った者に出会った事はあるか?」
「それは無いですね」
嘘は言っていない。
この世界に入ってからは、実際1人も見ていない。
「うん、それもそうだろう。
何故ならな」
ギルド長は、緩んでいた表情を急に引き締めると、今までで1番真剣な瞳で俺を見据える。
「クロサキ君。
この世界に、黒髪黒眼を持って生まれた者はいない。
只の1人もだ。
この世界で黒髪黒眼を持つのは、神代まで遡ってもたった2人」
ギルド長はそこで言葉を区切り、
「勇者と魔王だけだ」
とんでもない言葉を吐き出した。
呆気に取られる俺に、鋭い視線が向けられる。
「ゼロ・クロサキ、君は何者だ?」
ご意見ご感想お待ちしております。