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5話【現場責任者とギルド長】

すみません、私用で投稿出来ず、早速投稿期間間が空いてしまいました。書き溜めがあるので、数話分は間隔を空けずに投稿していきます。

 ノーナさんに勧められるまま、転移装置に乗って3階にやって来た。


 転移装置のおかげで、確かに一瞬で3階まで着いたし、便利には便利だ。

 便利だが、その使い心地は最悪だ。

 3階に着いてから結構経っても、未だに酩酊感に襲われている。


 現在、壁に寄り掛かって、体調が復活するまで休憩中である。

 良く他の人は平然としていられるな、個人差でもあるんだろうか。

 少なくとも俺は、二度と使おうとは思わない。

 次からは、どんなに大変でも階段を使おう。


 やはり楽をしようとするのは良くないよな、うん。







 暫くして体調が元に戻り、やっと周りの様子に気を配れるようになった。

 結構な時間を無駄にした気がする。


 俺は、3階の受付を見渡した。

 受付の数はぱっと見で大体20ヶ所程、しかし、前に並んでいるのは、大体1人か2人ずつと言ったところか。

 受付の正面には、巨大な掲示板と思しきものが設置されており、その掲示板に張り付けられた依頼を眺めているのが10人程度。

 もっと人で溢れ返っているのを想像していたのだが、はっきり言って拍子抜けだ。

 仮にも都なのに、こんなもんなのだろうか。


 ただ、気になる点が無くも無い。

 西側に3ヶ所ある依頼完了報告の受付には、それぞれ50人以上並んでいるのだ。

 これでは依頼を受ける人と受けた人の釣り合いが取れない。

 どういう事なのだろうか。

 しかし、考えたところで答えは出ない。

 気にはなるが、また今度だ。


 えっと、確か1番東側の窓口だったな。


 俺はノーナさんに言われた通り、右に向かって歩く。

 若干周りの視線が気になるが、気にしたら負けだ。

 まぁ、一応フードが脱げないように深く被り直した。

 一応な。

 掲示板にも寄って行きたかったが、仕方ない。

 次に来た時に寄る事にしよう。







 ほんの僅かな時間で、新規登録と書かれた受付の前に着いた。

 人は並んでおらず、特に待たずに用件を済ませる事が出来そうだ。

 ここで登録を済ませれば、晴れて俺も冒険者である。

 少し興奮しながら、受付に向かって呼び掛けた。


「すみません、冒険者ギルドに登録したいんですが」


「あいよ、新規登録だな」


 返事を返してくれたのは、書類に眼を通す、壮年の男だった。

 茶色の短髪を掻きながら仕事をする様は堂に入っていて、なかなかに年季を感じさせる。

 顔に刻まれ始めた皺と目元の隈が、この男性の苦労を表しているかのようであった。

 恐らくこの人が、マヌゥーズ・ヴォヤージさんなのだろう。


「あの、1階受付のノーナさんに言われて来たんですけど、マヌゥーズ・ヴォヤージさんで合っていますか?」


 念のためそう尋ねてみると、男は書類から眼を離し、俺の姿を見て眼を眇めた。

 そして、フードを深く被った俺をまじまじと見つめると、


「あぁ、俺がマヌゥーズ・ヴォヤージだ」


 と、名乗ってくれた。


 良かった。なら後はこの人の指示に従うだけだな。


 俺は居住まいを正すと、軽く頭を下げた。


「後は、貴方の指示を仰ぐようにとの事なので、よろしくお願いします」


「ふぅん、随分礼儀正しいんだな」


 俺の様子を見ながら、マヌゥーズさんは感心した様子で、顎に生えた無精髭を摩る。


 お、好印象か? それなら、本題に入る前に少し世間話に興じてみるか。ひょっとしたら、知りたかった事を聞けるかもしれないし。


「あの、意外に人少ないんですね」


「ん?

 あぁ、お前、ここに来るのは初めてか。

 もう終業が近いからな。

 今ここに居るのは、依頼完了を伝えに来た奴らと、めぼしい依頼がないか探しに来た奴らぐらいなもんだ」


 マヌゥーズさんの言葉に、俺は驚く。


 え、外はあんなに明るかったのに、もう終わりなのか。と言うか、冒険者ギルドって1日中やってるものじゃないのか?


 俺は疑問に思い、尋ねてみる事にする。


「あの、冒険者ギルドって1日中やってるものじゃないんですか?」


「あん?

 普通はどこも活動期だけだろ。

 休息期まで仕事なんてぞっとするぜ、そうは言ってらんねぇなのが現状だがよ。

 ま、お前にそんな事言っても愚痴っても仕方ねぇか」


 心底嫌そうにぼやくマヌゥーズさん。


「いえ、良く解ります、その気持ち」


 ブラック企業の社員として働いていた時、何度同じような事を思った事か。

 そうだ。

 何故、定められた時間外まで仕事をしなくてはならないのか。

 何故、定時には仕事を始めなければならないのに、定時に仕事を終える事は許されないのか。

 社畜時代に良く嘆いたものだ。


「お、おぅ。

 まさかそんなに同意して貰えるとは思わなかったぞ。

 まぁ、ありがとよ」


 俺の真摯な対応に驚いたのか、ばつが悪そうにマヌゥーズさんは頬を掻いた。


 しかし、冒険者ギルドがそんな割り切った営業形態で大丈夫なのか。

 尋ねてみると、


「まぁ、ずっと昔からこうだからな。

 今更誰も文句は言わんよ。

 一応休息期にも、もしもの為に人が残ってはいるが、誰か来てもほとんどの場合は日を改めて貰ってるしな。

 それで今の所上手くいってるんだから、良いんじゃねぇか?」


 との返事が返ってきた。


 うーん、そういうもんなのか。何だか、やけにお役所仕事と言うか、随分イメージと違う。


 しかし、さっきから話に出てくる、活動期とか休息期って何なんだ。

 俺が疑問に思うと、与えられた知識から、時間に関しての情報を得る事が出来た。


 その情報によれば、驚くべき事に、この世界には夜というものが存在せず、1日中明るいままであるとの事だった。

 何でも、神代の時代に失われたまま、ずっと明るいのだそうだ。

 その為、便宜上時間を区切り、活動期と休息期を分けているらしい。

 ちなみに、それぞれ1刻から10刻までであるとの事だった。


 なるほど、非常に助かる。

 だが、何故時間と金に関しての知識はあるのに、黒という色に関しての情報は無かったのだろう。

 謎の声の知識の基準が良く解らない。

 何でも知っていそうで、意外にあの声が知っている事だけだったりするのだろうか。


「おい、どうした。

 ぼーっとして」


 俺が思案に耽っていると、マヌゥーズさんが不審に思ったのか、声を掛けてきた。


 おっと、このままでは評価が下がってしまう。

 とりあえず、考えるのはまた今度だ。

 しかし、そうなると今が何時頃か気になるところだ。


「すみません、ちょっと考え事をしていました。

 ところで、今何時です?」


 適当にごまかしてから、時刻を尋ねる。


「ん?

 どうした、時計持ってないのか?」


「えーと、落としちゃったみたいで」


「そうかい、そりゃ災難だったな。

 必需品だ、無いと不便だろ。

 そこら辺で安値で売ってるから、直ぐに買うんだな」


「はい、そうします」


 まぁ、実際に買えるかは怪しいんですけどね! こんな形じゃ、まともに買い物すら出来ないし。


「今は……9刻半ってところか」


 マヌゥーズさんが、手元の腕時計を見ながら答えた。

 腕時計って、またやけにハイテクな物があるな。

 あ、でも、ずっと昔から明るいままだったって事は、暦や時間に関わる技術が発達していても、おかしくは無いのか。

 太陽の位置や月の満ち欠けといったもので時間を知る事が出来たり、それらを利用して暦を作っていた前の世界と違って、この世界には画一化された時間の概念が必要だったに違いない。

 それにしたって腕時計があるのは流石と言うか何と言うか。



 それよりも、活動期だけやっているという事は、あと半刻で冒険者ギルドは閉まってしまうところだったのか。

 もし遅れていたら、次の活動期になるまで、何処かに姿を隠している必要があったって事だよな。

 危ない危ない。


「んじゃ、こっちも1つ聞かせて貰っても良いか?」


「あ、はい。

 何でしょう」


 気を抜いていた俺は、マヌゥーズさんの眼が鋭くなった事に気付かなかった。


「ここは室内だぞ?

 何でフードを被ってる?」


 急に注意され、俺は少し焦る。

 室内でフードを被っているのは、どうやらマナー違反のようだった。

 俺のいた世界でも、そういう常識があったので、当然と言えば当然か。


 しかしこちらにも事情がある。

 まぁ、「黒髪黒眼なんで」とは言えないので、


「すみません。

 ちょっと人には言えない理由がありまして」


 と、伝えるのが精一杯だったが。


「ふぅん?」


 マヌゥーズさんは、訝し気に眉を顰めた。


 この話題を続けるのは良くないな。


 そう察した俺は、十分聞きたい事も聞けたので、本題に入ろうとする。


「えっと、それじゃ、新規登録お願いします」


「待ちな」


 しかし、マヌゥーズさんは逃げるような話題の転換を許さなかった。


「こうやって長年職員やってるとよ、普通の奴とそうじゃない奴の違いくらいはわかる」


「は、はぁ……」


 何が言いたいのだろう。


「だから、お前が悪い奴じゃねぇってのは解る。

 だが、何故、姿を隠す?

 フードの中に、見られたくねぇもんでも隠してんのか?」


「……そう、です」


 マヌゥーズさんからの質問攻めに、俺は首肯するので精一杯だ。

 そして、やっと気付いた。

 マヌゥーズさんは、俺が冒険者に相応しくない人間、例えば、犯罪者の類では無いかと、疑っているのだと。


「ほぅ、見せて貰えるか?

 これでも俺は、ここの現場責任者でな。

 訳ありの人間を受け入れる訳にはいかねぇ」


「……見せなかった場合は?」


「それなりの対応を取らせて貰う」


 お手上げであった。


 どうする? フードを外すか? だが、外での反応を見る限りじゃ、また騒がれて終わりだ。でも、見せるだけなら良いんじゃないか? 上手くいけば登録だけでも出来るかもしれないし。


 いや、逃げるという選択肢もある。俺の【気配消失】を使えば、大変ではあるが、逃げるのは難しくないだろう。ただし、その場合、冒険者になる道は断たれる。それは嫌だ。どうする、どうする?


 心の中で葛藤する。


 どうするのが正解なんだ。


 俺は迷いながら、フードに震える手を伸ばした。

 

「まぁ、待ちたまえよ」


 そこへ、後ろから突然声を掛けられた。

 いきなりの出来事に飛び上がりそうになりながら、慌てて振り向くと、そこには一人の偉丈夫の姿があった。


 真っ白の髪や、顔に深く刻まれた皺から、かなりの高齢である事は判ったが、背筋が伸びた堂々たる様は若々しく、全く年齢を感じさせない。

 顔立ちは歳を経ても崩れる事なく、凛々しさを保ったままだ。

 若い頃は、さぞかし人気があったに違いない。

 白眉の下で煌めく碧眼は美しく透き通っていて、思わず魅了されてしまう程だ。

 何故だろうか、俺はこの人の眼をどこかで見た事がある気がする。


 マヌゥーズさんは、後ろの人物を見て不審そうな表情を浮かべる。


「ギルド長、こんな時間に巡回ですか?」


 え、ギルド長? 嘘だろ? 何でタイミングで……。


「何、ノーナから連絡を受けてな。

 こうして確認しに来た」


 その言葉に、俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。


 そうか、言われてみれば、マヌゥーズさんのいる場所を勧めたのは、他でもないノーナさんだった。

 門前払いされなかったのを喜んだが、何て事はない。

 上の判断を仰ぐ為だったのか。


 俺は全身が脱力しそうな感覚に襲われる。

 それでも、ノーナさんを恨むのは筋違いだろう。

 そもそも、こんな不審者の格好をした俺が悪いのだ。

 あぁ、出来ればまた、ノーナさんと話したかった。


 俺が一人悲しみに暮れていると、ギルド長と呼ばれた老人は、俺を眺めてきた。


「ふぅむ……」


 透き通った碧眼で見つめられると、俺の内面まで見透かされているような感覚に陥る。

 何だろう、非常に居心地が悪い。


 ギルド長は、俺を暫く眺めると、


「ふっ、面白い。

 なるほど、長生きはしてみるものだな」


 と1人呟いて納得していた。


 どういう事なのだろう。


「マヌゥーズ、彼を連れてギルド長室に来いに」


「えっ」


「解りました」


 慌てふためく俺を余所に、マヌゥーズさんは、後ろにいた適当な職員に、後は任せたと告げ、受付の右端にある通路からこちら側に出て来る。


「ほれ、ぼけっと突っ立ってないで、一緒に行くぞ」


 そして、立ち尽くしていた俺の腕を掴むと、ギルド長の後に従って歩き始めた。

 俺はと言うと、突然の展開に着いていけず、マヌゥーズさんの強引さに為すがままである。

 周りの視線が刺すように痛い。

 テレビで見た、護送される犯罪者の気分だ。


 どうなってしまうのだろう。


 何処か他人事のように考えながら、俺は冒険者登録を果たす事なく、3階を後にする事になったのだった。


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