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3話【黒の価値】

異世界生活スタートです。

 眼を開けると、俺は何処かの路地に立っていた。

 空が明るい、時間は昼と言ったところか。

 辺りを見回したが、見た事も無い場所だ。


 どうやら、異世界にやって来たようだ。

 まだ、暗い路地にいるから判らないが、大通りに出れば、実感も湧くだろう。


 近くに水を張った樽があったので、姿を確認する為に覗く。

 水面には、程々の長さの黒髪と、若干目付きの鋭い、二重の黒眼をした男が、映っていた。

 うん、見慣れた俺の顔だ、特に大きな変化は無い。

 あの声も、前の姿を参考にしたって言ってたしな。


 次に、多少身体を動かして、身体能力の確認をする。

 うん、身体を動かした時の違和感も無し、良い感じだ。


 そして俺は、自分の服装が、見た事も無いものに変わっている事に気付く。

 木綿のような素材で出来た、黒い襟付きの長袖シャツに、同じ素材の黒色のズボン、足元は、獣か何かの皮から作られた黒のブーツだ。

後は、フード付きの外套、これは薄い茶色。

 外套以外は頭から足の先まで黒一色、驚く程真っ黒だ。

 とりあえず暑いので、外套は脱いで手に持っておく。


 あの声、全身黒とかどんなセンスしてるんだ。


 しかし、服に関しては俺の考えが至らなかったので、甘んじて受け入れるしか無い。


 何、すぐにこっちで新しいものを買えば良いさ。


 そう考えて、そういえばお金はどうなっているんだろうと思い、身体をまさぐった。


 すぐに、ズボンのポケットから何かが入った袋を見つけ、袋の口を開く。

 中に入っているものを見て、驚いた。


 金貨かよ!


 袋の中では、5枚の金貨が光っていた。


 現代日本にいた頃の感覚では、金は貴重なもののイメージだったが、この国では、そこまで価値があるものでは無いようだ。

 語学チートにおまけして貰った知識によれば、大人の男が1日生活するのに必要な金額が、金貨1枚との事だった。


 とりあえず、数日分の日銭はあるようなので、一安心だ。

 だからと言って、無駄遣いはしないが。


 俺は、目の前の通りに視線を移した。

 少し眺めているだけで、人が絶え間無く行き来しているのが判る。

 人通りの多さから、かなり栄えているのでないかと予想された。

 通りの近くまで行き、道を行く人々の会話に耳を傾ける。

 少しでも情報を集める為だ。


 すぐに、人々が使っている言葉が、公用教国語である事がわかった。

 どうやら意識しなくても、ちゃんと語学チートが発動しているらしい。


 その事実に安堵しつつ、時折聞こえてくる、お上りさんらしき人々の会話の内容を総合する。

 どうやらここは、ゼロニア聖教国東部にある、ゼロニア大聖堂前の大通りで間違いないだろう。


 そうなると、次は今後の指針を決める必要がある。

 まずは、身分を確保をする事を最優先に行動すべきだろう。


 今の俺は、この世界に来たばかりで、後ろ盾も何も無い状態、今、何かのトラブルに巻き込まれて捕まったりでもしたら、一貫の終わりだ。

 そうであれば、何処に行くべきか。


 決まっている。


 こういう時の常套手段は、冒険者ギルドに行く事なのだ。

 俺の勘がそう告げているのだから、間違いない。

 決して、冒険者になりたいとかそう言う訳ではない。


 ……嘘です。冒険者、すごく気になります。だって、前を通った若者達が、


「冒険者ギルドはまだかよー」


「地図によると、もうすぐ見えてくるはずだよ。でも、先に宿を取らない?」


「さんせー、あたし疲れちゃった」


「俺もだ。先に荷物置いてこうぜ」


「ちぇ、わかったよ」


 とか話してるんだもん、気になっちゃうよね。


 しかし、冒険者ギルド。

 良い響きだ。

 これだけでも異世界に来たって感じがするな。


 とりあえず、当座の目標を、冒険者ギルドに行き、冒険者として登録する事にした。


 そうと決まれば、よし、いざ行かん! 冒険者ギルドへ!


 こうして俺は、目の前の大通りへと飛び出したのだった。


 さぁ、第二の人生の始まりだ!







 大聖堂前の大通りは、人で溢れ返っていた。

 幅15メートル程の、平らに均された道が、東西に延々と伸びている。

 どちらを見ても大量の人、人、人。

 なかなかの壮観だ。

 かつて、東京と言う大都会で生活していた俺でさえ、この人の多さには感嘆せざるを得ない。

 田舎から初めて出て来た人間が、驚くのも無理は無い。


 道の両脇には露店が立ち並び、人々の活気で満ち溢れていた。

 店先には、見慣れない商品が所狭しと並べられ、時折、道行く人を呼び止めんと、店主の威勢の良い声が響く。


 東側を見ると、少し遠くに、巨大な建築物が見える。

 その建物だけ、明らかに周りの建物とサイズが違っていた。

 何らかの特別な施設である事は間違いない。

 恐らくあれが、大聖堂と呼ばれる建物なのだろう。

 そうやって見てみると、何処か厳かな感じがしないでもない。


 とりあえず、大聖堂の方に向かって歩くか。冒険者ギルドもこっちの方らしいし。


 俺はそう考え、東に向かってゆっくり歩き始めた。







 歩きながら、俺はあるものを数えていた。

 それは、擦れ違う人の髪の色の種類だ。


 俺にとって、何より驚きだったのが、道行く人の髪の色だった。

 茶色や金に加え、赤や紫、変わったところでは緑と実に多種多様だ。

 それでいて、顔との違和感が無いのは流石と言うべきか。

 異世界に来たという実感が、沸々と湧いてくる。


 これこれ、こういう感じが欲しかったんだよね。


 思わず、お上りさんよろしく辺りを見渡して、新しい髪の色を探す事に夢中になっていた。


 そうやって、何かにつけていちいち感動しながら歩いていると、何やら違和感を感じた。

 その原因を探り、暫くして納得する。


 この街には、黒という色が存在しないのだ。


 大通りは、多くの人で溢れ返っているが、黒い服を着ている人は1人もいない。

 頭髪や眼の色を含めても、黒いのは俺ぐらいだろう。

 俺は、全身黒尽くめのこの格好が、この大通りにおいて、異常に浮いているという事実を、今更ながらやっと理解した。


 どういう事だ。


 俺は不審に思い、周りに眼を向ける。

 すると、周りの人の反応も、何やらおかしい。

 擦れ違う際、大抵の人が俺の事を凝視していくし、歩を進める度に、俺の前を歩いていた人は皆、俺を避けるようにしていくのだ。

 おまけに、俺の方を見ながら、


「聖教の関係者の方かしら……、でも、こんな場所に御一人でなんて……」


「ママー、なんであのお兄ちゃん真っ黒なのー?」


「こらっ、指差しちゃ駄目よ! あ、申し訳ございません! 何分、小さいものですから!」


 などと言う人達までいる始末だ。


 これはひょっとして、既にとんでもない事を、俺はやらかしているのだろうか。


 俺は一抹の不安を覚えながら、試しに露店で番をしていた、若い男に話しかけてみた。


「すみません」


「ん?

 あぁ、いらっしゃ……」


 男は俺に愛想を振り撒こうとして、


「ひっ、黒……!?」


 俺を、具体的には、俺の髪と眼と服を見て、その場から飛び退いた。


 はい、やっぱりね。


「し、失礼致しました!

 教団の方とは露知らず!

 な、何の御用でしょうか!?」


 それでも商魂逞しく、怯えながらも話を続けてくれた男の反応に、俺はほとんど確信しながら、一応尋ねてみる。


「あの、ひょっとして、黒って何か特別な色だったりします?」


 そう聞くと、男は驚いた表情を浮かべ、首を何度も縦に振った。


「お戯れを!

 聖教において、黒は聖なる色に決まっております!」


 案の定であった。


 このまま転移するの無理があったじゃん! 最初に言ってよ!


 俺が呆然としていると、男は何を勘違いしたのか、


「あの、御用件はそれだけでしょうか?

 あ、いえいえ、迷惑だなんてそんな事はございません!

 どうか、心行くまで御覧になって下さいませ!」


 と、見ているこちらが悲しくなる程の勢いで、頭を下げ続けてくる。


 後ろを振り返ってみれば、俺達のやり取りを遠巻きに眺める、通行人の姿があった。


 いたたまれない、色々な意味で。


 更に、人混みの向こうから、黒い装備を身に着けた男達が、人を掻き分け、こちらに向かって走って来ていた。

 若い男の話を鑑みるに、黒は聖教とかいう宗教において、聖なる色との事。

 つまり、あの男達はきっと、聖教の関係者の方なのだろう。

 その人達が、全身真っ黒の俺がいる、こちらに向かって走って来る。


 嫌な予感しかしない。

 おまけに今、俺を指差して、何やらやり取りしていたし、さて、どうするか。


 うん、逃げよう。


 決まっている。

 三十六計、逃げるに如かずだ。


「あー、それでは失礼します」


 そう言うと、俺は一気に走り出し、路地へと逃げ込む。


「逃げたか! 追うぞ!」


「お前は向こうから頼む、挟み込むぞ!」


 などと叫び声が聞こえたが、気にしている余裕は無かった。







「おいおい、嘘だろ……」


 俺は今、何度も路地を曲がり、少しでも追っ手を撒こうと必死になっている。

 いきなり走ったせいで、横っ腹が攣りそうになっている上に、体力的にもそろそろ限界だ。

 だが、立ち止まる事は出来ない。

 何故ならば。


「待つが良い! 教団を騙る不届き者よ!


 俺の背後には、驚異的な速さでこちらとの距離を詰める、黒い装備で身を包んだ男の姿があるからだ。

 こっちだって、それなりの速さで走っていると言うのに、俺達の距離はどんどん縮まっていくばかり。


 一瞬後ろを確認し、更に距離が縮まっているのを見て、一気に焦りが高まる。

 その上、


「最悪だ……」


 思わず言葉を零す。


 前方にも、同じ格好をした男が現れた。

 このままでは、捕まるのも時間の問題だ。


 そして、捕まった場合、無事に釈放される可能性は、男達の怒りに歪んだ顔を見れば、限りなく低いと判る。

 そうなれば、俺の第二の人生は早々に終わりを迎える事になる。


 それだけは嫌だ! 何か、何かないか!


 俺は必死に考え、そして、ある事に気付いた。


 これに賭ける!


 俺が路地を曲がると、そこは袋小路になっていた。







「これは……」


「どういう事だ!?」


 聖教軍事部隊、通称黒軍に所属する男達は、目の前の光景に驚きを隠せなかった。


 いつも通り警備をしていると、何やら大通りが騒がしい。

 行く人に尋ねたところ、全身黒尽くめの男が現れたとの事だった。

 曰く、服装ばかりか、眼や髪の色も黒いとの事だった。


 男達は怒りに震えた。


 聖教において、黒は神聖な色である。

 軽々しく使って良いものでは無い。

 自分達も、日々のたゆまぬ努力によって、この黒い兵装を身に着ける許可を得ているのだ。


 それを、ただの一般人が黒を使用し、あまつさえ、教皇陛下と同じ、黒髪黒眼だと言う。

 そのような大罪、かの勇者様が許しても、我等が許さんと、男達は義憤に駆られ、現場へと急いだ。


 男達が現場に辿り着くと、確かに全身黒尽くめの男がいた。

 その姿だけでも怒りが湧くと言うのに、青年はあろう事か、無辜の民たる商人を捕まえ、頭を下げさせていた。

 権力を笠に着た横暴な振る舞い、益々赦してはおけぬと、男達は足を速める。


 すると、青年はついに男達の存在に気が付いた。

 そして何をするかと思えば、すぐに路地に飛び込み、その場から逃げ出す。

 やはり、聖職者を騙る不届き者であったかと、男達は怒りを新たにした。

 男達の内1人が、挟み撃ちになるように別方向から向かうのを確認し、男達は青年を追いかける。


 青年は、拍子抜けする程遅かった。

 子供でも、もう少し早く走れるだろう。

 みるみる内に、青年との距離が縮まっていく。

 最早、男が青年の首根っこを掴むのも、時間の問題であった。


 その上、反対側からは、先回りした同僚が挟み撃ちに成功し、次の脇道は、男の記憶が正しければ袋小路のはずだ。

 青年が路地を曲がった瞬間に、男達は自分達の勝利を確信した。


 しかし、これはどういう事だろうか。


 青年の姿は煙のように消えてしまっていた。

 上に逃げたかと思い、すぐさま男達の内の一人が飛び上がり、建物の上に立つ。

 辺りを見回したが、それでも青年の姿は無かった。


「まだ近くにいるはずだ! 探せ! 必ず捕まえろ!」


 男達は青年を探す為、散り散りになる。


 決して許してはおけん、必ず青年を見つけ出し、この手で異端審問の場に突き出すと、男達は心に誓い、その場を後にした。







「た、助かったぁー……」


 俺は、男達をやり過ごした事を確認し、袋小路の壁に身体を預けると、その場にへたり込んだ。


 袋小路に飛び込んだ瞬間は、絶対に詰んだと思った。

 能力を解除し、大きく息を吐く。


 そう、俺は謎の声から貰った能力の1つ、【気配消失】を使い、男達の眼を欺いたのだ。

 ぶっつけ本番だったが、何とか使えて良かったの一言に尽きる。


「何気なく、追加しておいて、本当に、良かったー……」


 俺は息も絶え絶えになりながら、再び安堵の溜め息を吐く。

 この能力が無ければ、俺は今頃、男達に捕まり、考えるだけでも恐ろしい目に遭っていただろう。


 しかし、問題が解決した訳では無い。


 恐らく、これで俺は街中をまともに歩く事は出来なくなっただろう。

 幸いにも外套は脇に抱えたままであり、いざとなったら、外套を羽織ってフードを深く被れば、暫くは何とかなるだろう。


 だが、そんな不審者の格好で過ごしていれば、いつか必ずぼろが出る。


 そうなる前に何か対策を打たねばならない。

 新しい服を買うにしても、一旦日を改めた方が良いだろう。

 直ぐに大通りに出て行くのは非常にリスキーだ。


 だが、問題は髪と眼の色だ。

 こればかりはどうしようもない。

 剃って坊主にするのも嫌だし、そもそも黒眼に気付かれれば、髪を弄っていようと意味が無い。


「しかし、どうすっかなー……」


 黒髪黒眼なんて、前はどこにでも有り触れていたものだから、こんな事態になるなんて、全く思ってもみなかった。


 謎の声も、こんな風になるなんて、一言も言ってくれなかったし。

 言ってくれれば、髪と眼の色くらい、変えて貰ったのに。


 神聖なものなのか何なのか知らんが、この国での黒の価値は、どうやら俺にとって、非常にマイナスなものになりそうだった。


 あ、冒険者ギルド、どうしよう……。


 問題は、山積みだ。

早速、問題発生。

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