2話【異世界転移に関するテンプレート的あれこれ】
主人公が死にっぱなしは良くないので、ちょっと早いけど続きです。
――起きて
誰かに呼ばれた気がした。
だが俺は、ベッドとの貴重な蜜月を過ごすので忙しい。
また今度にしてくれ。
――ねぇ、起きて
うるさいな、またすぐに仕事に行かなきゃいけないんだから、時間ギリギリまで寝かせてくれよ。
――仕事? もう行かなくていいわよ
何だと?
まさか俺自身気付かぬ内に、溜まっていた鬱憤が爆発して、会社に辞表でも叩きつけていたのか。
何という事だ、だとしたら俺もついに無職になってしまうのか。
だとしたら仕方ない、明日から頑張るから今は寝かせてくれ。
そういう訳で、俺は再び寝る事にした。
おやすみなさーい。
そう言って、まどろみに落ちようとしていた俺に、とんでもない言葉が降ってくる。
――だって、貴方死んでるもの
な、何だってー!!
衝撃の事実を聞かされ、俺は一瞬で覚醒した。
辺りを見渡してみたものの、見えるのはたった1つだ。
それどころか、見えているのかすら怪しい。
何故なら、俺を含め、この空間全てが闇で覆われているからだ。
自分の身体すら視認出来ない闇など、初めて体験した。
慌てて身体を触って確かめようとするも、何の感触も得る事が出来ない。
どういうこっちゃ。ベッドで寝てたんじゃなかったのか。そもそも何処だよ、ここは。
――ここは、私の意識の一部ね
うぉっ、何だ!?
頭の中で考えていた、答えすら求めいなかった質問にそう返され、俺は動揺した。
そして、先程から聞こえてくる女性の声が、俺の頭の中、と言うか俺の意識に、直接語りかけてきているのだと気付いた。
どういうカラクリだこれ。
――あなたも私も、今は意識だけの存在みたいなものだから。そういうものよ
そういうものなのか。ならば仕方ない。
――随分あっさりしてるのね
人間割り切る事が大切だからな。偉い人も言ってたぞ、なるものは、なるってな。
で、あんたは何者なんだ。
――私の事は良いじゃない。それよりも聞きたい事があるんでしょ?
良くはないが、まぁ良いだろう。
とりあえず、神様的な何かだと仮定しておくとして、確かに聞きたい事は山程ある。
さっきから気になってたが、俺が死んだってのはどういう事だ。
――言葉通りの意味よ。貴方の肉体は死んで、魂だけこうして生きている状態ね
と、言われてもいまいちよく解らん。
俺はこうしてピンピンしてるし、死んだと言われても。
――死んだ時の事、覚えてない?
そう言われて、俺は意識がなくなる前の事を思い出す。
そういえば、大きく伸びをしたら、いきなり胸の辺りが痛くなったんだ。
そこまでは覚えている。
しかし、この声の言う通りなら、そこで俺は死んだらしい。
ふざけてらっしゃる。だって、ねぇ? 伸びをしただけだよ? あれで死ぬ訳が……え? 死んだの? あれで? マジで?
愕然としながら、恐る恐る尋ねる。
えーと、ちなみに死因は?
――心臓麻痺って奴ね。
おい、過労死じゃねーか! 労災降りるんだろうな!?
――私に言われても困るわよ。
あ、すみません。
煩わしげに言われ、俺は正気に戻った。
しかし、俺、死んだのか。そうか。やり残した事はたくさんあるが、まぁ、仕方ない。あぁ、悔い多き人生であった。
――あら、意外。もっとごねるかと思ったけど
ごねて得するならごねるさ。だが、死んだって事実は変わらないんだろ。
死って奴は、万物に平等だと俺は思っている。
遅かれ早かれ皆死ぬんだ。
それが俺の場合、人よりも早かったってだけだ。
――そういうものかしら
そんなもんなんだよ。
まぁ、それにしたって、親父とお袋には悪い事をした。
何かと迷惑を掛けた挙げ句、先に死ぬなんて、親からすればこんな親不幸な事は無いだろう。
すまない、本当はもっと親孝行したかった。
親父、ごめん。身に覚えの無いアダルトサイトからの請求で、お袋と一揉めしていたが、あれは俺が原因だ。
そしてお袋、ごめん。おばあちゃんが死んだばかりで、まだ周りの環境が落ち着かないところに俺の過労死だもんな。泣くかな、心労で倒れないと良いけど。
――それで、どうしたい?
もう会えない両親の事を考えていると、謎の声が再び尋ねてきた。
と、言いますと?
――貴方が望むなら、新しい身体を用意してあげるわよ?
え、マジで!? 良いの!?
――良いわよ
あっさりしてるな。
なるほど、死は平等に訪れると言ったが続きが必要だな。
死は平等に訪れるが、生の機会は不平等に訪れる。
機会が得た者だけが、生を謳歌出来るのだ。
そして、俺はその機会を得た、と。
元の世界にか?
――いいえ、それは無理ね。私の世界に来て貰うわ
そして、随分遅くなったが、俺はやっと気付き始めた。
これは、夢にまで見た、異世界転移に関するテンプレート的あれこれではなかろうかと。
俺達の不思議なやり取りは続く。
でも、何で俺なんだ?
――秘密
秘密ときたもんだ。気になる。
――え、嫌なの?
嫌じゃない。寧ろ積極的にお願いする。
それでもずっと気になってたんだが、ここで、やっぱり嫌です、と言った場合、どうなるんだろう。元の世界に戻れるのか?
――他の場合があるのかはわからないけど、私には無理ね。そうなると、私と一緒に、こうしてずっとお喋りしてて貰う事になるかしら。……それも悪くないわね
いえ、そんな事無いです、是非とも新しい身体が欲しいです。
――つまんないの
危ない危ない。そんなお茶目で折角のチャンスを棒に振ってたまるか!
ところで、新しい身体を貰えるのは良いんだが、前と同じ身体なんだろうか。
素朴な疑問ではあるが、大事な事だ。
1つ聞いてみるとしよう。
なぁ。
――何?
自慢じゃないが、俺は過労死するくらい身体が弱くてな。特典と言うか、能力と言いますか、そのー、何か、こう、チート? 的なものは、あのー、貰える、いや、戴けたり、するんでしょうか? いえ、下さい! 欲しいです! お願いします!
おっと、思わず本音が漏れてしまった。
身体があったら、俺の宴会芸の十八番、ジャンピング土下座からのスライディング土下座が炸裂しているところだ。
――そうね、確かにこのまま蘇らせても、すぐ死んじゃいそう。良いわよ、私に出来る範囲なら助けてあげる
よし、言質は取った!
俺は、やれと言われればやるが、根本的には努力や根性と言ったものが嫌いなのだ。
手を抜けるところは、ちゃんと手を抜く派だと言っても良い。
そうと決まれば早速、楽をする為、色々考えないといけないだろう。
まずは、魔力チート。
魔力的なものがある世界なら、これは外せない。
これが無い事には、どんなに強力な能力を持っていたところで意味が無いからだ。
大体、強力な能力ってのは、相応の対価を求めてくるのが基本だ。
強力な能力を覚えました、キャパシティーが足りないから使えません、じゃ何の意味も無いしな。
まずは、制約をとっ払う必要がある。
次に必要なのは、探知能力と鑑定能力だな。
探知能力があるだけで探索や採集が捗るし、索敵能力も段違いだ。
おまけに鑑定能力があれば、効率的に依頼をこなす事が出来るだろう。
これは、冒険者をやるなら必須能力だ。
後はまぁ、最悪、極貧生活になった時に、食べられる草や果物が解った方が良いし。
後はそうだな、戦闘を楽にこなせるように、姿や気配を消す能力も欲しいな。
これは純粋にあったら良いな、という程度の能力だ。
ただでさえ魔力チートのおかげで圧倒出来る上に、一方的に攻撃が可能となれば、無双も夢では無い。
そうなると、身体チートは要らないか。
魔力チートがあれば、身体も護れるだろう。
何より、魔力や特殊能力は今まで無かったものだから、いくらでも欲しいと思うが、身体の方は元の肉体があった訳だから、変に性能を上げたところで、前の身体の感覚が悪影響を及ぼしかねない。
戦闘時はまだ良いかもしれんが、普段は力の加減に苦労するだろう。
と言う訳で、身体チートは見送りだ。
なら、こんなもんかな。
……いや、大事なものを忘れていた。
語学チートだ。
今思い付いた割に、かなり重要だと思う。
ひょっとしたら、1番大切かもしれん。
そもそも、言葉が通じる保証がないしな。
いざ、能力を貰いました、異世界に行きました、言葉が通じませんじゃ、ギャグにもならない。
言葉が通じず、一人ひっそりと暮らしましたとさ、とか悲惨すぎるわ。
――で、何がいいの?
長々と考え込んでいたのが悪かったのか、声が焦れたように尋ねてきた。
頭の中で考えた能力を並べていく。
魔力チート、探知能力、鑑定能力、姿や気配を消す能力、語学チート。
うん、これで大丈夫だろう、ってか、充分すぎるな。
問題は、これ全部が通るかって話だ。
とりあえず言うだけ言ってみよう。
俺は、思考を纏め、要望を伝えていく。
とりあえず、新しく行く世界に魔法的なものはあるのか?
――魔法? 魔術ならあるわよ
あるんだな? よし、なら魔力チートを頼む。
――魔力チート?
あー、言い方が悪かったな。他の追随を許さない魔力を頼む。
――なるほどね。お安い御用よ
軽いな。
だがよし、これで魔法を使いたい放題だ。
残りも纏めて言ってみるか。
後は探知能力と鑑定能力、ついでに姿や気配を消す能力を頼む。
――急に図々しくなったわね
やっぱ無理か?
――別に良いわよ。ちょっと大変だけど、それっぽいのを見繕っておくわ
何とかなった。これはありがたい。
後は語学能力だ。見知らぬ土地で日本語が通じると思う程、楽観的じゃないからな。
――言葉ね、わかったわ。世界中の言語に詳しくしてあげる。おまけで、行く場所についての多少の知識も付けてあげるわ
そこまでは別にいいんだが……、まぁいいや、くれるというのだからありがたく貰っておくよ。
――これで終わり?
こんなもんかな、後は現地で貰った能力を試しながらで何とかなるだろう。
――あら、そう? 攻撃系の能力はいらないの?
この能力構成なら、魔術とやらを打ちまくる事になるから要らないかな。変に身体能力を上げて、感覚狂うのも嫌だし。
――ふーん? 貴方が良いなら私に文句は無いわ。なら、さっきの条件で肉体を構成するわよ
あぁ、頼む。あ、一応疲れない身体にして貰えないか? 過労で死んだ身としては、あんな死に方、二度と御免だからな。
――疲れを感じない身体ね、わかったわ。
いや、ちょっとどころか、かなり違うぞそれ! 疲れを感じないじゃ、疲れてるのに気付いた時にはまた過労死だよ! 疲れない身体です! お願いします!
――冗談よ冗談
本当に勘弁してくれ……。
――ちょっと待ってね。今肉体を構成するわ
頼んます。
いやー、しかし、何だかんだで要望全部通ったな! これで、かなり有利に転移した世界で過ごせるだろう。今から楽しみだ。
俺は暢気にそんな事を考えながら、新しい肉体が出来るのを待つ事にした。
――出来たわよ、確認してみて
暫くしてから声がそう言うと、暗闇の中で、自分の姿を確認出来るようになっている事に気付く。
俺は身体中を触り、大きな変化が無いか確かめる。
――姿形は前の姿のものを参考にしたから、ほとんど違和感は無いはずよ
そのようだな、顔が見えないのが気になるが、触った感じじゃ特に変化も無いようだし、まぁ良いだろう。
――問題無いわね? で、転移先なんだけど
脳裏に世界地図のようなものが浮かぶ。
――これが、貴方に行って貰う場所、ランディア大陸よ
そこには、左上と右下の頂点を結ぶ線が1番長くなるような、平行四辺形上の大陸があった。
特徴としては、右下の頂点が大分突出しているのと、北西部に巨大な砂漠がある事、中央部から海まで繋がる巨大な川がある事だろうか。
――で、どこが良い? 私としては、1番東のこの辺りがお勧めなんだけど
そう声の示した場所を確認する。
川の東側、右下の頂点の近くだな。
ぱっと見た感じ、なかなか栄えていそうだ。
ふむ、別に悪くないな。何があるんだ。
――魔族領よ
俺を殺す気か!
――あら、魔族は知識ある者だから、いきなり殺すだなんて野蛮な事はしないわ。もし捕まったら、尋問されて、場合によっては拷問されるだけよ
駄目じゃん! 何とんでもないところに送ろうとしてんの!?
――別に良いじゃない
良くないよ! 何気なく聞かなかったらと思うとぞっとするわ! 人がいるところにしてくれ! 出来れば1番大きい国で!
――我が儘ねぇ。じゃあここ
そう言ってつまらなそうに示されたのは、川の西側にある巨大な国だった。
――ゼロニア聖教国。ほとんど人族で、古い歴史を持つ国よ
ほう、良いじゃないか。ここにしよう。……一応聞くが、さっきみたいなオチが待ってたりしないよな?
――ないわよ。別に魔族領だって、理由無く勧めた訳じゃないのよ?
そうだったのか。まぁ良いや。ここに決めた。あ、解っているとは思うが、国の中でも田舎の方とかはやめてくれよ? いちいち都会に出るのが面倒だからな。
――えー
する気だったのかい!
――冗談よ、冗談。
謎の声、お茶目すぎるだろ。
――1番栄えているところがいいのね? それなら、大聖堂のある都市が良いんじゃない?
次に示されたのは、川の中腹から少し西側。
この辺りが都市部か。
なら、そこの何処か、人目に付かないところで頼む。
――解ったわ、なら大通りにある路地で良いわね?
あぁ、問題無い。
俺が答えると、黒一色で塗り潰された空間に、いきなり光の穴が開く。
おーう、ファンタジー。――それじゃ、その光の中に飛び込んじゃって
この光に飛び込めば、俺の新たな人生が幕を開ける訳だ。
何だかワクワクしてきた! よし、行くか!
――あ、聞き忘れたわ
突然の声に呼び止められ、気合い新たに足を踏み出そうとした俺は、思わずつんのめる。
ここに来て何だよ、まさか大事な事じゃないだろうな。
――無一文から始める気?
大事な事でした、これは俺が悪い。
どのくらい用意出来るのだろう、こういうのは、たくさんあるに越した事はない。
どのくらい用意出来るんだ?
――あんまり多くは無理よ。数日は何もしなくても良いくらいが限界かしら
充分すぎるな。それで頼む。
――後、向こうに着いた時の服は、勝手にそれっぽいのを選んじゃったけど、良いわよね?
何から何まで、ありがとうございます。
服か、完全に失念していた。
確かに、前の世界の格好で行くのもおかしいし、向こうの服装など解る訳もない。
ひょっとしたら、言われなかったからと、全裸の可能性もあったかもしれない。
こうやって次々指摘されると、思った以上に穴があるな。
冷静に考えていたつもりだが、自分でも気付かない内に浮かれていたのかもしれない。
――後はね
まだあるのか。
――ううん、必要な事は大体決めたわ
じゃあ、何だ?
――楽しんできてね
その声は、今まで俺が聞いた事が無い程優しく、慈愛に満ち溢れていた。
俺は思わず笑顔になり、謎の声に礼を伝える。
あぁ、ありがとう。精々楽しんでくるとするよ。
――応援してるわ
おう。あ、最後に。
――何かしら
結局、あんたが何者なのか、教えて貰えなかったな。とりあえず、とんでもない存在なんだろうが、神様の類だと勝手に思ってたよ。合ってるか?
俺の問いに、一拍遅れて言葉が返ってくる。
――神ね、そんな大層なものじゃないわ
ほう、じゃあ何だ。
――そうね。……秘密
そうか。まぁ教えて貰えないなら、それでも良い。
何か事情でもあるんだろう。
――でも、もしまた逢えたら、教えてあげるわ
逢えたらって。……わかったよ。会えたら教えて貰うからな。約束だ。
――約、束?
そうだよ。ちゃんと身体の礼も言いたいしな。
――約束、約束ね。良い響き。わかった、私と貴方の約束よ
声は、反芻するように約束という言葉を繰り返す。
その声が、何処か嬉しそうに聞こえたのは、俺の気のせいだな。
――じゃあ、行ってらっしゃい
あぁ、行って来ます。
俺は、今度こそ一歩前に踏み出し、光の穴の上に立った。
すると、穴に吸い込まれるように、意識が段々遠退いていく。
――約束よ。また逢いましょう
その声を聞きながら、俺の意識は再び暗転した。