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零話【ギルド職員 ゼロ・クロサキ】

こっちが本当のプロローグになります。

 どうしてこの冒険者ギルドって奴は、やたら広いのだろう。

 いちいち走って現場に向かわなきゃならない俺には、非常に優しくない構造だ。

 まだまだ仕事が残っているから、さっさと用事を済ませたい。


 このままじゃ、今日も残業だ。


 そういえば、さっき一階を通った時に、ちらりと見た総合案内所では、ザ、ジ、ジィ……ザコ君が、愛しのノーナちゃんと喋っていた。


 あぁ、羨ましい。俺だってノーナちゃんと喋りたいわ。


 だが、今日も冒険者のアルバラさんが、真昼間から酒を入れて(外はいつも明るいが)、暴れているとの報告を受けたので、こうして仕事の合間を縫って、止めに行かなければならない。


 しかし、絶対にもっと適役いるだろ。タイガとかさ。


 いや、あいつはあいつで未完了の依頼をやりに、フォレス森林帯の方に行ってるんだっけ。一緒に行こうって誘われたわ。あの時は丁重にお断りしたが、こんな事なら素直に付いて行くば良かった。


 いや、やっぱ嫌だな。命の危険に晒されるのは精神衛生上、非常によろしくない。それよりも、アルバーラさん、今週に入って2度目なんだけど、資格大丈夫なのかな。


 などと、取り留めのない事を考えていると、案の定、大きな音と共に怒声が1階に響いた。


「はいはい、今行きます。

 今行きますよ」


 一人呟きながら、早歩きを小走りに変える。

 すれ違う人からは、相変わらず奇異の視線で見られるが、もう慣れた。


 伊達に3ヶ月近くもこの世界にいた訳じゃないって事だ。







 俺が1階に着くと、既にトラブルが発生していた。

 アルバラさんが顔を真っ赤にして階段の1番下に転がっていた。

 どうせ階段を踏み外して、滑り落ちたに違いない。


 良い気味だ。


 俺は、暗い喜びの表情を浮かべようとする顔を引き締めると、さも困ったという顔でアルバラさんに声を掛ける。


「ちょっと、アルバラさん!

 またですか、もー!

 ちょっと前に注意されたばっかでしょ!?」


「うるせぇ!

 俺がいつどこで、酒呑もうと、俺の勝手だろ!」


 そのまま階段に寝そべるアルバラさん。

 一瞬イラッとするも、我慢だ我慢。

 これも仕事だと割り切って、アルバラさんに肩を貸す。

 溜息吐いたのは、まぁご愛嬌って事で。


「うわっ、酒臭っ。

 今日も完全に出来上がっちゃってるし」


 肩を貸せば、必然的にアルバラさんの顔が近くなり、アルコール臭が鼻を突く。

 何で俺がこんなオッサンの介護なんて、と思わなくもないが、これも仕事と再び自分に言い聞かせ、とりあえずこの前と同じ4階の反省室で良いかと歩を進める。


 ふと気になって総合受付の方を見ると、そこには心配そうにこちらを見つめるノーナちゃんの姿があった。


 ウヒョー! こりゃあ、やる気も出るってもんだ! ノーナちゃん、俺が一生懸命仕事している所をしっかり見ててね! そして、出来ればその透き通る声で、「あの時は、ありがとうございました」とか話し掛けてくれ!


 あ、やっべ、マジで声掛けられたらどうしよう。今から流行りのお店の予約取れたっけ。


 と、夢見心地で考えていると、


「全く、彼みたいのと同じ冒険者だと思われると、頑張ってる僕達の評判まで地に堕ちちゃうよ。

 ノーナさん、何とかならない?」


 俺を現実に引き戻す声が聞こえてきた。


 ちょっとちょっと、なーに煽ってくれちゃってんですかこのザコ君! 寝た子とドラゴンは起こすなって言うじゃん! つーか、完全にタイミング狙ってただろ! 余計な仕事増やすんじゃねぇ!


 あぁ、アルバラさん、頼む、反応しないでくれっ、頼むっ!


 しかし、俺の願いも虚しく、それまで大人しく引きずられていたアルバラさんは、むっくりと顔を上げ、定まらない瞳でザコ君を見つめた。


 駄目だ詰んだ。


 思わず、「あっ、やばっ……」と漏れた俺の呟きは、すぐにアルバラさんの怒鳴り声に掻き消される。


「んだぁ、おめぇ!

 このアルバラに喧嘩売ってんのかぁ!」


 ホールに怒声が響き渡り、ザコ君の傍にいた愛らしいノーナちゃんは、びくりと肩を震わせていた。


 おい、おっさん。なーにノーナちゃん驚かせてんだ。リビア川に沈めんぞ、こら。しかも、ザコ君はザコ君で、「大丈夫だから」と声掛けてるし。俺だって声掛けてーわ!


 ザコ君はキリッと表情を引き締めると、俺(が肩を貸すアルバラさん)を睨みつける。


 え、何? 俺も巻き込まれんの!? いや、頼むからこれ以上挑発するのはやめてくれ!


「何度でも言うよ。

 君みたいな落伍者と、同じ冒険者だと思われるのは心外だ、と言ったんだ。

 解るか?

 それとも、こんな事もわからない程あんたは落ちぶれたのか?

 万年Eランクのアルバラさん?」


 ヒュー、すげぇ煽りだ! 流石Dランクに上がったばっかの実力派さんは言うことがちげーや! 拍手もんだぜ!


 ついでに、結局冒険者ランクがG止まりだった俺への心のダメージも半端ではない。

 アルバラさんは一瞬ポカンとしていたが、すぐにこれまでよりも真っ赤になって怒鳴り出す。


 うん、俺だって怒りたいわ。あれ? 何だかアルバラさんに親近感が湧いて来たぞ。


 しかし、アルバラさんは最早何を言ってるか分からない状態になってしまっていて、多分「ふざけんな、表に出ろ」だのと叫んでると思うのだが、酔いと怒りで完全に呂律が回ってない。


 頑張れ、負けるな! アルバラさん!


 そしてザコ君、君は君でちょっとは危機意識を持とうよ! そんな涼しげな顔で、


「何を言ってるか解りませんね。

 万年Eランクにいると、人の言葉も喋れなくなるんですか?」


 なんて、ウィットの効いたジョークをかましてる場合じゃねーから!


 君にとっては大した脅威じゃないだろうし、ノーナちゃんに良いとこ見せるチャンスなんだろうけどさぁ! 火に油を注ぐような真似はやめなさい! あと俺まで一緒に煽るのもやめろ!


 さて、そうこうしている内に、このまま煽られっぱなしのままでいるのにも限界が来たのだろう、アルバラさんが暴れ出した。


 焦ったのは俺だ。

 もしもアルバラさんを止められなければ、こんな事も出来ないのかと、また副ギルド長にネチネチ怒られるだろうし、何よりノーナちゃんが目の前にいる。


 万が一、怪我でもさせたら大事だ、それだけは嫌だ!


 そう思い、俺はアルバラさんを前から羽交い締めにして、


「落ち着いて! 落ち着いて下さい!」


 と連呼した。


 いや、こんな事で全く何とかなるとは思わなかったが、俺にはこうする事しか出来ない。

 そう、俺に出来る事と言えば、こうやって身体を張っているポーズを取りながら、他の職員が止めに入る時間を待つ事だけである。

 とは言え、この行動は、俺にとってかなりの危険を伴う。


 何でかって? 俺が弱いからだよ、言わせんな恥ずかしい。


 しかし、俺の努力も虚しく、アルバラさんは俺を振りほどくと、ザコ君に向かって拳を振り上げた。


 一瞬、


 おっ、いいぞ、やっちまえ!


 などと、考えたのが良くなかったのだろうか。


 そこから先は良く覚えていない。

 記憶にあるのは、ザコ君に吹っ飛ばされたアルバラさんの背中と、強烈な後頭部への衝撃だけだ。


 しかし代わりに思い出した事もある。

 ザコ君と呼んでいたあいつは、ジィーコ・ギャラムーヴ。

 当時はGランク、今ではDランクの冒険者だ。


 最初の依頼で自己紹介されたわ。完全に忘れてた。あんな事された相手だってのに。


 もういいや、あいつの呼び方はザコ君のまま。決定。


 今日の飯は、いつもの安宿で1人黒パンだなと考えながら、俺の意識は吹っ飛んだ。







 そう、俺は弱かった。


 酔っ払いのおっさん1人すら、どうにも出来ない程に。


 もし暴れるおっさんの拳が当たれば、一発で気絶する程に。


 吹っ飛ばされたおっさんを、避けることすら出来ない程に。


 悲しい程に、弱かった。







 眼を覚ますと、身体が重たかった。

 比喩的なものじゃなく、身体の上に何か乗っているらしい。

 どかしてみると、ゲロ臭い酔っ払いのおっさんだった。

 ついでに俺もゲロ臭い。


 おっさんとお揃い。何の罰ゲームだ。


 おまけに後頭部も痛む。

 どうやら、アルバラさんに巻き込まれて頭を打ったらしい。

 そのせいか、懐かしい夢を見た。

 俺が黒崎零クロサキ・レイを名乗っていた頃、つまりブラック企業で社畜をやっていた頃の夢だ。


 辺りを見渡すと、ザコ君の姿はなく、勿論ノーナちゃんの姿もない。

 総合案内所の前に残っているのは、ゲロ塗れの俺と、ゲロ塗れのおっさんと、ついでに散らかったゲロと、職員の誰かが持って来たであろう、清掃用のモップとバケツだけだ。

 これで綺麗にしろという事だろう。


 どうしよう、泣きそうだ。


 立ち上がり、現状を確認する。


 大体、10分ほど気絶していたみたいだな。


 とりあえず、先立ってやらなきゃならんのはゲロの処理か。


 うん、大体10分だな。


 後は俺の着替えか。


 流石にゲロ塗れのまま仕事してたら更に変な眼で見られる。

 これ以上、職場の女の子達から変な眼で見られるようになったら、変な趣味に目覚めそうだ、恐ろしい。


 これがシャワーを浴びるとして5分、一応10分見とくか。


 あ、おっさんの介抱もしなきゃならん。これはどんだけ掛かるかわからんな、最悪他の奴に投げよう。

 そこら辺に転がしておけば、誰かが回復魔術を掛けてくれるだろ。


 まぁ、それにしたって、うん。


 最低30分のロスか。


 今日も残業が確定したな。


 仕方ない、とりあえずゲロ掃除からするか。


 俺は立ち上がり、モップをバケツの水に浸けながら、他人のゲロ掃除、これも仕事だと自分に言い聞かせる。

 もう何度目になるかわからない。

 しかし、ずっと考えないようにしていたが、ズキズキと痛む頭を撫でながら、ついに俺は思ってしまった。







 どうして俺――ゼロ・クロサキ――は、こうなった、と。


ザコはしばらく出てきません。

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