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9話【ギルド長のお孫さん】

期間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。

 俺はギルドカードを眺めながら、階段を降りていた。

 もし俺と擦れ違う人が居たら、きっとその人は不気味に思っただろう。


 何故なら、今の俺の姿は、にやにやと笑う素性不明の不審者そのものであるからだ。

 言葉にしてみると、自分でもドン引きだ。


 しかし、仕方ないのだ。

 さっきまでの俺であれば、もう少し周りの眼と言ったものを気にしていたが、今の俺は、そんな事どうでも良いくらい上機嫌である。


 いやー。何だかんだで、これで俺も冒険者かー。


 俺が思っていた以上に、黒髪黒眼が物議を醸す問題だった為、冒険者になると言う当初の目的は完全に諦めていた。

 だからこそ、ギルド長の好意とは言え、冒険者になれたのは、嬉しい誤算である。

 勿論、黒髪黒眼の問題が解決した訳では無いし、これからどうなるかも解らないが、そう言った事全てに眼を瞑っても、冒険者になった事実は変わらないのだ。

 これでもうすぐ、夢の冒険者ライフの始まりである。

 謎の声から貰ったチートで無双出来ると思うと、年甲斐も無く興奮してしまう。

 男はいつまで経っても無双や最強と言う言葉に弱いのだ。


 しかし、焦ってはいけない。

 ギルド長が言っていたように、時間はまだある。

 装備や荷物の準備は勿論の事、情報収集も欠かさずしておく必要がある。

 そうすると、目下俺が知るべき事は、自分の能力についてだろう。

 今のところ、語学チート、【気配消失】、【上位鑑定】、【広域探知】を確認しているが、他に願った、疲れない身体と魔力チートがどうなっているかは未だ不明なのだ。


 疲れない身体に関しては、これから活動していけば直ぐに解るだろうが、如何せん魔力チートの確かめ方が解らない。

 特に何かを感じる事も無いし、どうやって魔術を使うのかも解らない状態だ。

 もっと言えば、そもそも魔力とは何なのかすら解っていない。

 ギルド長に聞いておけば良かったと今更ながら思うが、さっきはギルドカードを貰えたせいで、すっかり舞い上がり、それどころでは無かったのだ。


 失敗したなぁ。仕方ない、また今度聞くか。


 そんな事を考えている内に1階へと到着した。

 どうやら俺が降りて来たのは、入り口の両脇にあった階段の内、右側の階段だったようだ。

 入り口がすぐ目の前、左手に見える。


 周囲を見渡してみると、冒険者らしき人の姿はほとんど見えず、職員と思しき人が何人か行き来する程度である。

 休息期に入ったからかと1人納得し、俺も出て行こうとすると、建物の中に1人の女性が入って来るのが見えた。

 その姿を見た瞬間、胸が高鳴るのを感じた。


 ノーナさんだ。


 思わず俺は、その場で足を止めた。

 フードを被っているから、どうせ見られる事は無いのだが、それでも髪を手櫛で整えてしまうのは、悲しい男の性か。


 建物の奥に戻ろうとしていたノーナさんは、入り口の近くに居る俺に気が付いたのか、桃色の絹を思わせる髪を揺らしながら、こちらに駆け寄って来た。

 それだけで、不覚にも緊張してしまう自分が情けない。


「あ、ゼロさん!」


 あぁ、しかし、そう言って浮かべてくれたノーナさんの笑顔にやられてしまいそうだ。


 自分でも単純だと思うが、それだけで幸せな気分になってしまう。


 気持ちに少し余裕が出たからか、ノーナさんの格好に眼が行った。

 さっきは受付越しだったので、こうしてしっかり全身を眼にするのは初めてだ。

 ノーナさんは、白い襟付きシャツに赤いスカーフを巻き、その上から薄桃色のベストを羽織っていた。

 服の上からでも判る豊かな胸の膨らみに、眼が行ってしまうのを抑えながら、視線を下にずらすと、細い腰を通り過ぎると、ベストと同色の膝丈スカートと、その下から編み上げ式のブーツが眼に入った。

 膝下から伸びる細い足を包むロングソックスの白さが余りにも眩しい。

 いつまでも見ていたい程の可憐さである。


「えっと、どうかしましたか?」


 その愛らしさに言葉も無く佇んでいると、ノーナさんが不思議そうに首を傾げた。


 おっと、見蕩れている場合じゃ無かった。


「いや、何でも無いよ。

 それより、その服ってここの制服なの?」


 流石に、貴方に見蕩れてましたとは言えず、お茶を濁す。

 ノーナさんは、特に気にしていなかったのか、自分の全身を見渡しながら笑った。


「そうだったんですか、ちょっと心配しちゃいました。

 そうですよ、これ、総合受付を担当する人専用の制服なんです。

 ずっと憧れだったんですけど、ちょっと前から着る事が出来るようになったんですよ」


「そうなんだ、うん、似合ってるね」


「本当ですか?

 嬉しいです!」


 ノーナさんの表情は、言葉通り本当に嬉しそうである。


 言って良かった。


 その様子を見るだけでも、褒めた甲斐があると言うものだ。


「そう言えば、ゼロさん。

 冒険者登録の方はどうでしたか?」


 と、ノーナさんが思い出したように尋ねてきた。


 俺は返事の代わりに、手に持っていたギルドカードを見せる。

 すると、ノーナさんは安堵の表情を浮かべながら、胸を撫で下ろした。


「良かったです、冒険者になれたんですね。

 心配してたんですけど、大丈夫だったみたいですね」


「うん、すんなりだったよ」


 本当は紆余曲折あったのだが、それは言わないでおこう。時には優しい嘘を吐くのが、良い男ってもんだ。


「ゼロさんみたいな格好をされた方って、大抵追い返されちゃうんですよ。

 大体が、その、言い方が少し悪いんですけど、あまり素行のよろしくない方ばかりですから」


 まぁ、そうだろうなぁ。姿を隠すって事は、それなりの理由があっての事だし。俺だって、ギルド長の理解と協力が無かったら、どうなっていた事やら。


「でも、ゼロさんはそんな事無かったみたいですね。

 疑ってすみませんでした」


 そう言って、ノーナさんが深々と頭を下げてきた。

 俺は焦る。

 今は人が少ないとは言え、周りの眼がある。

 そして何より、ノーナさんは総合受付嬢で、美人で、つまり、非常に目立つのだ。

 現に、近くを通る職員の方から、不審な眼を向けられている。

 居た堪れなくなった俺は、慌ててノーナさんに頭を上げて貰うよう頼み込んだ。


「あ、ちょ、ちょっと!

 こんな格好してる俺が悪いのは解ってるからさ、頭上げてよ!?

 ね!?」


 そうしてノーナさんは頭を上げてくれたが、少し表情が陰っている。

 気にしてくれるのは嬉しいが、ノーナさんには明るい表情を浮かべていて貰いたい。

 そう考えた俺は、1つ提案をする事にした。


「そうだ、実は1つ聞きたい事があるんだけど良いかな?

 そうしたら、この件はチャラって事でどう?」


 ちょっとだけ偉そうな物言いになってしまったが、ノーナさんは嬉しそうに微笑み、言葉を返してくれた。


「ありがとうございます、そう言って貰えると嬉しいです。

 それで、何についてですか?」


 俺は早速質問をぶつける。


「えっと、冒険者になるに当たって、必要な物って何かな?」


 俺の言葉を聞いたノーナさんは、


「お任せ下さい」


 と答えてくれた。

 実に頼もしい限りである。


「そうですね、人それぞれですけど、武器と解体用のナイフ、採集した素材を入れる鞄は必須ですね。

 それと、その鞄とは別に、水筒や薬類と、そういった小物を入れる専用の鞄が別にあると便利だと思います。

 後は、冒険者としてやっている内に、自分に必要な物が解ってくると思うので、必要に応じて買い足していく、って言うのが一般的ですね」


 そうして流れるようにされた説明に、俺は感心する。

 言葉に淀みが無く、何度もこの説明をしてきた事が伺えた。


「成る程、とりあえず、武器と解体用のナイフと、鞄だね。

 ありがとう、助かったよ」


「いえいえ、この程度の事なら幾らでも聞いて下さい」


 お礼を伝えると、ノーナさんは嬉しそうに微笑んでくれた。

 ノーナさんの笑顔に、こっちまで嬉しくなってしまう。


「それにしても、ギルド長がノーナさんに聞けって言っただけあって、詳しいね」


「おじいちゃんったら、そんな事言ってたんですか、もう」


 はて。


 照れて頬を染めるノーナさんも可愛いが、今とんでもない事を言っていたような気がするが、俺の気のせいだろうか。


「えっと、ノーナさんって、ギルド長のお孫さんなの?」


「あ、はい。

 そうですよ」


 怖ず怖ずと尋ねると、ノーナさんは、あっさりとそう答え、それが何か? と言った表情を浮かべている。


 いや、言われてみれば、透き通る碧眼なんかそっくりだけどさ! よりによってあの喰えない狸爺のお孫さん!? 純粋そうなノーナさんとは正反対と言うか、ねぇ!?


 内心動揺しっぱなしの俺に、ノーナさんは、


「良く似てるって言われるんですよ」


 と誇らしげだ。


 ノーナさんがこれだけ誇らげと言う事は、あの老人、実は凄い人なのだったか。俺には喰えない爺にしか見えなかったが。


 俺は、何とは無しに、


「へぇ、ギルド長って凄い人なの?」


 と聞いた。

 それが、間違いだった。


「当たり前です!

 だって、おじいちゃんは、この国で唯一の特級冒険者なんですよ!?

 凄いに決まってるじゃ無いですか!」


 俺の問い掛けに、ノーナさんは眼をキラッキラさせながら、如何にギルド長が凄い冒険者であったかを語り始めたのだ。

 尋ねた手前、話を打ち切る訳にも行かず、俺は相槌を打ち続けた。


 最初は真剣に、「そうなんだ」だの、「凄いね」だのと返していたが、途中でこれ終わらない奴だと気付いてからは、かなり適当に言葉を返す事にした。







 結局、解放されたのは、たっぷり1刻程後であった。

 今の俺は、この国で2番目にギルド長について詳しい自信がある。


 しかし、話を聞く限りでは、ギルド長は、とんでもない人物だった。

 全てを列挙すると非常に長くなるので、ノーナさんの話をかい摘まんで説明する。


 ギルド長は一流の冒険者であり、戦士としての実力も勿論の事ながら、何より指揮官として、非常に優秀だったそうだ。

 戦況を把握し、的確に指示を出す事は当然の事ながら、何より、仲間の実力を十二分に引き出す事が上手く、仲間をほとんど負傷させない事で有名だった。

 その用兵の上手さから、軍部を持つ帝国から、再三引き抜きの誘いがあった程であり、ゼロニア聖教国にこの人あり、とまで言われたらしい。


 決定的だったのは、10年前、眷属級と呼ばれる魔物の討伐を果たした事だった。

 眷属級がどれ程の存在かと言うと、存在が確認された時点で、国家単位での対処を迫られるレベルだと言えば少しは伝わるだろうか。

 歴史上、時折現れるこの眷属級の魔物は、Aランク冒険者数十人懸かりで立ち向かい、多数の死者を出しながらも半ば相打ちの形で討伐するのが常であった。


 しかし、当時現役の冒険者であったギルド長は、他の冒険者を率いてそれに立ち向かい、見事1人の死者も出す事無く、討伐したらしい。

 そしてその偉業を称え、聖教国唯一の特級冒険者に認定されたのだ。


 現役を引退した現在も、国民からの評価が高く、聖教国の冒険者全ての憧れの存在である、とは、ノーナさんの言だ。


 かい摘まんでこの長さである。

 しかも何が恐ろしいって、これでノーナさんはまだ喋り足りなそうだと言う事だ。

 近くを通った職員の方が、


「ノーナさん、そろそろ……」


 と、声を掛けてくれなければ、今も話し続けていたに違いない。

 その職員さんには、感謝してもしきれない。


「時間があればもっと話したのに、残念です」


 と、本気で残念そうに言うノーナさんに戦慄しながら、俺は精一杯の笑顔を浮かべた。


「また今度聞かせてね」


「はい、勿論です!」


 ノーナさん、今日1番の笑顔である。


 ……まぁ、良いか。ノーナさんが笑ってくれるなら、それで良しとしよう。寧ろ、話題が出来たと喜ぶべきだろう。自分でも、単純だなぁと思うが、惚れた弱みだ、仕方ない。


「それじゃあ、ゼロさん。

 今日の冒険者ギルドは終わりなので、外に出て貰えますか?」


 ノーナさんが建物の外へと歩き出したので、俺はその後を着いて行った。


 歩きながらノーナさんは、


「そうだ、一応伝えておきますね。

 休息期も出入りは自由に出来ますけど、活動期みたいに対応はしないので気を付けて下さい」


 と、注意してくれた。


「あれ?

 マヌゥーズさんが、仕事は活動期の間だけって言ってたけど」


 休息期まで仕事なんて真っ平御免だと、ぼやいていたのを覚えている。


「うーん、多分、主な仕事が活動期の間だけだからですね。

 休息期に受け付けているのって、緊急の依頼や期限が迫った依頼の完了手続きぐらいですから。

 後は、緊急の用件をいつでも受けられる為だと誰かからお聞きした気がします」


 そう言うものか。冒険者ギルドの職員も大変なんだな。


「それでは、また。

 もし、何か解らない事があれば遠慮無く聞きに来て下さいね」


 ありがたいけど、漏れ無くギルド長の話が付いて来そうだなぁ。


「うん、そうするよ。

 それじゃあ、またね」


 建物の前で手を振るノーナさんに、俺は名残惜しげに手を振り返しながら、冒険者ギルドを後にし、宿舎に向かった。


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