8話【恩義に報いるは最敬礼】
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教皇様ね。それなら黒軍の人達が、俺を見て怒るのにも納得だ。
俺は全身を見渡した。
黒い衣服に身を包んだ黒髪黒眼、見事なまでの黒尽くしである。
「って事は、今の俺の格好は、教皇を騙る不審者ってところですか」
「そういう事になるな」
「ちなみに、もし黒軍の人達に捕まったりしていたら……?」
「そうだな、まずは異端審問に掛けられ、何故そんな格好をしていたのかと原因を問われる。
そこで、その場の人間を納得させられれば釈放となる訳だが、君の場合は弁明したところで難しいだろうな。
先程も言ったように、生まれつき黒髪黒眼であったのは、勇者と魔王のみ。
私のように真偽を確認する術が無ければ、妄言と切り捨てられ、然るべき刑を受ける事になるだろう」
然るべき刑って。
罰金や拘留で済むのだろうか。
「……ちなみに、俺の場合は?」
「結果として、許可無く教皇にしか赦されない格好をしていた訳だからな……。
断言は出来んが、最悪処刑されるんじゃないか?」
恐る恐る尋ねてみると、想像の斜め上の回答が返ってきた。
捕まらなくて、本当に良かった。
俺は九死に一生を得ていた事を知り、胸を撫で下ろした。
そして、改めてここが異世界だと実感する。
この世界は、今までの世界とは全く違う常識で回っている。
それこそ、たかが髪や眼の色ごときで、簡単に処刑と言う言葉が飛び出すなんて、俺には信じられなかった。
しかし、どうする。黒髪黒眼が不味いと解ったところで、対抗策が髪を染める位しか浮かばない。いや、案外それで何とかなるのか?
「いや、難しいだろう。
この世界では、髪を染める事はほとんど無いから、染料自体あまり出回っていない。
あったとしても、非常に高価だ」
俺の心を読んだギルド長から、そんな言葉を投げ掛けられる。
「……ちなみに、お幾らです?」
「1番安くても、金貨20枚を下回る事は無いだろうな」
金貨20枚って。社畜時代の俺の1ヶ月の手取りよりも多いじゃねーか。
只でさえ、使える金額は限られているのだ。
たかだか髪を染めるのに、そんな大金を出していられない。
仕方ない、別の択を探そう。
そうして、隠れて暮らす、黒髪黒眼でも許容して貰える場所を探しに出る、いっそ髪を丸坊主にする、等色々考えるも、その度に、
「ずっと隠れて暮らすのは、限界があるのでは?」
とか、
「旅費は持つのか?
そもそも当ては?」
とか、
「黒眼だと知られれば、結局一緒だ」
と、心を読んだギルド長からの横槍が入る。
じゃあ、どうすればいいんだよ、と苛立ち始めた俺は、思わず刺のある言葉を漏らした。
「さっきから茶々を入れて来ますけど、じゃあ、どうしろって言うんです?
それだけ否定するなら、さぞ良いアイディアがあるんですね。
羨ましい限りですよ」
そうしてから、直ぐに自分のした事に気付き、非礼を詫びる。
「……すみません、ギルド長に対して言って良い言葉ではありませんでした」
そもそも、黒髪黒眼をどうするか、と言う問題は、俺が自分でどうにかしなければならないものだ。
それなのに、他人に意見を求め、その上、良い意見を出せときつく当たるのは、対応として最低だ。
いかんな、思った以上に良い方法が思い付かない。
黒髪黒眼が物議を醸す事を聞かされて、自分でも思った以上に動揺しているみたいだ。
「いや、それは良いのだが」
反省する俺を見て、ギルド長は不思議そうに尋ねてきた。
「私としては、冒険者ギルド、と言うか、私を頼る、と言う発想が出ないのが驚きなのだが?」
その問い掛けに、今度はこちらが驚く番だった。
「えっ、だって、俺こんなですよ?」
俺は自分の姿を指差す。
「それは生まれつきなのだから仕方ないだろう。
その辺りは上手くごまかすさ。
何と言っても、私はギルド長だからな。
こう言う時の為に、この立場に就いていたと言っても良い位だ」
そんな茶目っ気たっぷりに言われても、困るのだが。
「それに、私としては、先程の契約は未だ有効だと思っているのでね。
勝手に捕まって貰っては困る」
「そりゃあ、俺だって捕まりたくは無いですし、まだ解らない事だらけですから、聞きたい事もたくさん有りますが……」
歯切れの悪い言葉を並べる俺に、ギルド長は要件を話せとばかりに言葉を被せてきた。
「ならば文句は無かろう。
何を渋ってるんだ?」
そう言われ、俺は渋々理由を伝える。
「だって……迷惑になるでしょう?」
ギルド長は良いと言ってくれているが、俺を匿う事で、ギルド長の立場が危うくなるかもしれない。
そうすれば、俺が原因で、冒険者ギルド全体に迷惑が掛かる。
延いては、ノーナさんやマヌゥーズさん等、冒険者ギルドの皆にまで迷惑が掛かる事になるのだ。
そう考えると、俺が尻込みするのも当然だろう。
俺の言葉を聞き、ギルド長は鷹揚に頷くと、不敵に笑った。
「成る程、君の気持ちも良く解った。
だが、安心しろ。
私の立場がどうこうなる心配は無い」
どういう事だ?
「確かに普通なら駄目だが、各ギルドには特別な措置が設けられていてな。
それは、ギルド長が認めさえすれば、如何なる人物でも、そのギルドに在籍出来る、と言うものだ。
そして、冒険者ギルドは他のギルド以上にその力が強い。
これは、伝統的に冒険者達が、魔物の危険から国を護ってきたからだがな。
だから、私が良いと言えば、黒軍も君に手が出せなくなるはずだ」
そう言うものなのか? でも、それだけは理由として弱い気が……。
「あぁ、後は、ハウドレッド、おっと、今の教皇台下の秘密を、幾つか握っているからな。
奴が教皇の間は大丈夫だよ」
思いっ切り脅してるじゃねぇか!
俺は心の中で叫び、脱力した。
何だか心配して損した気分だ。そう言う事なら、存分に頼らせて貰おうじゃ無いか。
「じゃあ、良いんですね、頼っちゃっても」
「構わん。
寧ろ、変に動かれるより、近くに居て貰った方が、こちらとしても助かる」
「解りました。
そう言う事なら……」
こちらも、感謝の気持ちを形にしなければならない。
「すみません、よろしくお願い致します」
俺は頭を下げた。
勿論、只下げるのでは無い。
角度は90度、背筋は頭の先をピアノ線で引っぱられているイメージで伸ばし、視線は真下に固定、そのままその姿勢を保つ。
ここで、形にこだわる余り、先に頭を下げてしまってはいけない。
はっきりと言葉を伝えてから頭を下げる、先言後礼が大事だのだ。
そう、俺がしたのは、日本古来より伝わる、最敬礼だ。
久しぶりにしたが、自分でも惚れ惚れする程完璧な礼である。
しかし、俺が頭を下げると、頭の向こうから、呆れたような笑い声が聞こえてきた。
これは最上級の感謝を示す動作なのに、笑うなんて酷いじゃ無いか。
「いや、すまんすまん。
余りにも堂が入っている物だから、可笑しくてな」
そりゃあ、何百回とやらされれば、嫌でも堂に入りますよ。同じ要領で、会釈、敬礼も完璧に出来るが、まぁ、これはどうでも良い事だ。
「それよりも、顔を上げてくれないか」
ギルド長からの許可を得て、俺は顔を上げた。
勿論、上半身を戻す時も背筋は伸びたままだ。
ギルド長は、それを見て再び笑うと、机に肘を突いた。
「さて、そうと決まれば、君には冒険者になって貰うが、良いか?」
冒険者。
俺の憧れだった職業だ。
「こちらこそ、本当に、良いんですか?」
「勿論だ。
まぁ、準備が色々あるから、直ぐにとは行かん。
少なくとも2、3日、冒険者ギルドの宿舎で待機していて欲しい」
うーん、2、3日か……。手持ちの関係で、なるはやでお願いしたいのだが、きっと準備があるんだろうな。仕方ないか。
「えぇ、解りました。
えっと、宿舎と言うのは何処に?」
「冒険者ギルドを出たら、広場を通過して右に曲がると、宿屋街に出る。
そこの1番手前、右側の建物だ。
大きいから、直ぐに解るだろう。
もし解らなかったら、近くの建物に入って場所を聞けば、教えて貰えるぞ。
後は、金が無くても、最大一月までツケが効くから、困ったら頼んでみると良い」
ご丁寧にどうも。ツケの件は、まぁ、前向きに考えておこう。
「解りました、では失礼します」
「まぁ、待て。
今のままじゃ利用は出来ん」
踵を返そうとした俺を、ギルド長は慌てて呼び止めた。
利用出来ない? どういう意味だ?
「すぐ解る……っと、来たな」
ギルド長が扉の方に眼を遣ると、数回ノックの音が響く。
「失礼します」
マヌゥーズさんが戻って来たのだ。
マヌゥーズさんは、ギルド長に頼まれたのだろう、手に何かを持ったまま、老人の隣へと向かう。
「ご苦労だったな」
隣に立ったマヌゥーズさんに、ギルド長が労いの言葉を掛けた。
「いえ、秘密の話し合いは終わりましたか?」
「恙無くな」
「それなら何より。
で、どうなりました?」
「色々あって、冒険者ギルドで預かる事にした」
マヌゥーズさんは僅かに俺を眼で確認してから、手に持っていた物を机の上に置いた。
「解りました。
頼まれていた物です、どうぞ」
「ん、確かに。
では、クロサキ君、こちらへ」
ギルド長はそれを確認すると、満足そうに頷いてから、俺を呼び寄せた。
近付き、老人の正面に立つと、何かを手渡される。
それは、灰色のカードだった。
大学の学生証よりも僅かに大きく、端に穴が開いており、そこに紐が通されている。
「これは?」
「君のギルドカードだよ」
予想外の言葉に、慌ててひっくり返すと、確かに【ゼロ・クロサキ】と刻印されている。
俺もついに冒険者かと、思わず顔がにやける。
「それが無いと、冒険者ギルドの宿舎を利用出来ないからな。
先に渡しておくぞ」
「はい、解りました。
ありがとうございます」
自分のギルドカードを弄りながら、生返事を返す。
「うむ、今日は遅いからもう休め。
一応、2日後の活動期になったら、直ぐにここに来て欲しい。
準備が終わっていたら、そこで詳しい話と行こう」
「えっと、ギルド長室に直接来れば良いですか?」
「いや、ノーナに一度取り次いでくれ」
そう言われ、思わず愛しの女性の姿を脳裏に描く。
ちゃんと話が出来るだろうか。
「あぁ、それと、1日時間が空くだろうから、必要な物を買っておくと良い。
この周辺に、薬師ギルドや鍛治師ギルドと言った、必需品を扱う場所が揃っているから、この辺りをうろつけば、必要な物は一通り揃うはずだ。
解らなかったら、それもノーナに聞くと良い」
成る程、それもそうだな。着の身着のままでいきなり冒険者は流石に無謀過ぎる。
「まぁ、君の場合は、まず服を買うべきだろうがな」
「あ、そうですね」
確かに、このままでは買い物もおちおち出来ない。
しかし、そうすると、益々お金の余裕が無くなるな。これはマジで、宿泊費はツケにして貰った方が良さそうだ。
「そんなところだな。
では、また会おう」
「解りました。
それでは、失礼します」
俺は再び深く頭を下げ、ギルド長室を後にした。
こうして俺は、何とか冒険者になる事に成功したのだった。
ギルド長室に残った2人の内、歳若い男の方が、今青年が出て行ったばかりの扉を見つめながら、口を開いた。
「しかし、あんな若造に入れ込むとは、どう言う風の吹き回しです?
やはり、見た目ですか?」
現場責任者、マヌゥーズ・ヴォヤージは探るように、椅子に座る老人に視線を移した。
老人は小さく首を振り、
「いや、最初は彼の持つ知識の方が目的だったのだが、話している内に彼自身を気に入ってな。
手放すには惜しくなったのだ」
と、現場責任者の男に伝えると、マヌゥーズは驚き、眉を上げる。
「知識ねぇ、その割には常識知らずなところが目立ちますが」
室内でフードを被っていたのは、黒髪黒眼を隠す為だったからまだ良いとして、ギルドカードをそのまま貰える物だと思っていた事には、マヌゥーズも呆れてしまった。
ギルドの加盟には、加盟金として金貨3枚が掛かるのだが、その事を知らなかったのか、それとも自分が居ない間に支払ったのか、とマヌゥーズは考えてから、どうせ前者だろうと思いながら、
「ちゃんと加盟金取りました?」
と、尋ねてみると、案の定、
「いや?」
と言う言葉が返ってきて、マヌゥーズの頭を痛ませた。
「規則なんだから、ちゃんと加盟金は取って下さい。
真面目に払っている他の奴に申し訳ないでしょう」
「それには及ばんよ、彼に冒険者は厳しいだろう」
「え、見込みがあるから冒険者にしたんじゃ?」
老人から予想外の言葉を返され、マヌゥーズは思わずそう尋ねる。
彼の台詞に、ギルド長と呼ばれた男、ウォクト・ギルディアは笑い声を上げた。
「見込み?
馬鹿を言うな。
彼程冒険者が向かない者も珍しいよ」
マヌゥーズは、先程以上に驚いた。
【全てを見通す者】と呼ばれたこの男がそう言うのであれば、そうなのだろう。
それなのに、彼を匿い、冒険者にすると、目の前の老人は言う。
「何故です?」
「彼がどこまで気付いているかは知らんが、彼の持つ知識は非常に貴重で、且つ危険だ。
下手をすれば、この世界の常識が壊れる程にな」
それ程とは、とマヌゥーズは内心で考え、直ぐに、目の前の老人の前では、考え事は無意味だと気付き、苦笑する。
【万象看破】の前では、全ての考えが明らかになるからだ。
「だから、冒険者ギルドが全力を上げて、保護する必要がある。
このまま黒軍に捕まって終わるには惜しい存在だ。
ちなみに冒険者にしたのは、まぁ、本人がそう望んでいたからだよ」
先程の青年、ゼロ・クロサキには聞かせられない台詞を口にした老人に、マヌゥーズは、彼も苦労させられるんだろうな、と同情に近い感情を覚えた。
「も、とは心外だな。
まるで私が、お前にいつも苦労をさせているようでは無いか」
老人は怒りを込めたような声を上げたが、いつも通りのやり取りである為、壮年の苦労人は慌てず、
「その通りでしょう。
今だって、残業してるんですからね?」
とだけ返す。
「おぉ、そうだったな。
いつも苦労を掛ける、悪いな」
すると、ウォクトは一転して嬉しそうに顔を歪めた。
その笑顔が、これからまた、仕事を頼む時の顔だと知っている現場責任者は、溜め息を吐きながら、定例句を口にする。
「で、他に仕事は?」
「おぉ、すまん。
早速、幾つか頼まれてくれんかね?」
マヌゥーズは、また休みが減ったと頭を掻いた。
「良いですけど、ちゃんと残業代は出して下さいね」」
と伝えると、ギルド長からは、
「当たり前だ」
と言葉が返ってくる。
しかし、マヌゥーズは知っている。
目の前の老人が、何回かに1度しか、残業代を出さない事を。
しかし、その一方で、残業代が出る時は、今までの分も纏めて支払われているのでは? と思う程の額が支払われる事実も、マヌゥーズはまた知っていた為、結局強くは言えないのだった。
「で、何を?」
「教皇台下に宛てて文をしたためる。
それに伴う書類を幾つか頼む」
そう答えた老人の顔は、既に真面目そのもので、ギルド長としての責任を弁えたものだった。
この辺りの切り替えの早さも、この男の面倒なところだと考えながら、老人の言葉に思考を巡らせる。
「解りました。
特別申請書から手を着けときます」
「うむ、頼んだ」
用件も済んだので、マヌゥーズは早速仕事に取り掛かる為に、部屋を後にしようとする。
そこで、ギルド長が思い出したように口を開いた。
「おぉ、そうだ」
「まだ何かあるんですか?」
扉を半分開けた状態で、マヌゥーズはギルド長の言葉を聞く姿勢を取る。
「なるはやで頼むぞ」
「何処で覚えたんですか、そんな言葉……」
マヌゥーズは、聞かなきゃ良かったと思いながら、ギルド長室を後にするのだった。
ご意見ご感想お待ちしています。




