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序話【冒険者 ジィーコ・ギャラムーヴ】

初めての投稿です。至らない点が多々あると思いますが、ご容赦下さい。

 遥か昔、勇者と魔王が大陸の存亡を賭けて、戦った時代があった。

 勇者は神々から授かった力を用い、魔王の封印に成功する。


 そして世界に平和が訪れた。

 魔王から流れ出た、大量の障気を残したまま――。







 伝説の時代から約千年後。

 平行四辺形状のランディア大陸、その南西に位置するゼロニア聖教国、その大聖堂へと続く大通りに面した場所に、冒険者ギルド――正式には、聖教国立大陸冒険者相互扶助組織――はあった。

 建物の中は、今日も多くの冒険者達で賑わっている。


 冒険者ギルドゼロニア聖教国大聖堂前本部は、数ある冒険者ギルドの中でも有数の規模を誇る。

 それ故に、本来の業務に加えて、冒険者の実力向上のための講座を開設していたり、優秀なギルド職員による実地訓練を行っていたりと、他の支部では真似出来ないサービスが多岐に渡って存在する。

 だが、それだけのサービスがあると言っても、初めて都に出てきた、右も左もわからぬ新米冒険者達が、その存在を知っているかと問われれば、首を振らざるを得ないだろう。


 つまり、彼らがその恩恵を受けられるかは、受付嬢の能力次第とも言える。

 並の受付嬢にとってそれは困難極まる事であるが、その点に関して言えば、この冒険者ギルドには、全く関係のない問題であった。


 何故ならば。


「冒険者ギルドへようこそ。

 何か御用のある方は、是非私にお申しつけ下さいね」


 冒険者ギルド一階に存在する総合案内所には、そう言って微笑む、彼女の姿があるからだ。


 祖父譲りの、透き通る碧眼はやや垂れ眼、そして、形の良い眉、筋の通った鼻梁、柔らかな唇が、色素の薄い小顔に絶妙なバランスで納まっており、少し癖のある薄桃色の長髪が、整った顔全体を、更に鮮やかに彩っている。

 ギルド職員の制服に包まれた、肉付き良く均整の取れた肢体は、並の女性では嫉妬することすら憚られ、普通の男であれば一度はその身に触れたいと思わざるを得ないだろう。それでいて、浮かべる笑みは純真無垢そのもので、人の良さが内面から溢れ出たかのようだった。


 そう、彼女こそ、国内中の冒険者ギルド受付嬢の憧れの的であり、弱冠20歳の若さで、ギルド本部の総合受付嬢の職に就いた、ノーナ・ギルディアであった。







 ノーナが冒険者達に微笑みながら手を振れば、ある者は相好を崩し、ある者は気軽に手を振り返し、またある者はどうにかお近づきになりたいと邪な視線を向けながら、彼女の前を通り過ぎていく。

 そうして笑顔を振り撒いていたノーナは、依頼から帰ってばかりらしい冒険者に気が付くと、小さく手を振り男の名を呼んだ。


「あら、ジィーさんお帰りなさい。

 お一人ですか?」


「あぁ、パーティーの皆には先に宿に戻って貰ったんだ。

 僕は、ノーナさんに会うついでに依頼完了の報告をね」


「もう、順番が逆ですよ。

 でも、そう言って貰えると嬉しいです。

 今回は随分長かったですねぇ」


「いやぁ、初めての長期護衛だったからね。

 慣れない部分が多くて大変だったよ」


 冒険者ギルドの看板娘に声を掛けられるという栄誉を受けたこの男の名は、ジィーコ・ギャラムーヴ。

 冒険者になってから僅か3ヶ月でDランクに昇格した新進気鋭のパーティー、【吹き荒れる刃】のリーダーで、彼自身も実力ある若者であった。

 その噂はノーナの耳にも届いており、初めて耳にした時は、ノーナはあの時の若者が随分と力をつけたものだと、驚いたものだ。

 当時は一目見れば初心者だと分かる安物の装備に身を包んでいたが、今では使い込まれながらも良く手入れされた魔鉄製の外装が、旅装の分厚いマントの下で光っている。


 栗色の髪が引き締まった輪郭を覆い、知性を感じさせる面構えに冒険者としての自信を身につけつつある彼は、なかなかの美男子であった。

 なお、その理知的な感じが良いと、女性ギルド職員の中で、別の意味でも注目株である。

 もっとも、現在はノーナを前にして、その青い瞳は細められ、形のいい唇は笑みを浮かべているため、少々だらしのない顔立ちになってしまってはいるが。


「それでも、その様子なら依頼は上手くいったみたいで良かったです。

 調子はいかがですか?」


「ノーナさんが気遣ってくれたから、元気いっぱい、と言いたいところだけど、最後の警備が僕の担当だったから眠くてね。

 ノーナさんは?」


「私は冒険者の皆さんが頑張ってくれるおかげで、元気いっぱいですよ」


「はは、ノーナさんにそう言って貰えるなら冒険者冥利に尽きるね。

 皆を代表してお礼を言うよ、ありがとう」


 そう返すジィーコからはどこか余裕が感じられ、ノーナは、ジィーコもすっかり一端の冒険者の風格を纏ってきたなと嘆息する。


「やだもう、ジィーコさんたら随分冒険者らしくなりましたね。

 初めて来た頃の初々しさはどこに行ってしまったのかしら」


「え、恥ずかしいな。

 まだ覚えてたんだ」


「えぇ、私、記憶力は良い方なんですよ?」


 そう言っておどけるノーナに、すぐにからかわれたと気付き、ジィーコは苦笑する。


 そうやって総合案内所の前で談笑する二人の姿を、他の冒険者達は、恨めしそうに横目で見ながら通り過ぎていく。

 勿論、通り過ぎた後でそれぞれ、次こそ自分が彼女と、と気合いを入れ直すことも忘れない。


 ノーナ・ギルディアという女性には、そこにいるだけで、冒険者にやる気を出させる天賦の才を持っていた。

 それはまさしく、冒険者ギルドの受付嬢として、必要不可欠な能力であると言って良いだろう。







 それからも、どこそこの料理が美味しいだの、あの魔物が手強かっただのと、二人は終始和やかに会話を続けていたが、急に大きな音が建物の一階に響き渡り、二人は会話を途切れさせた。


 音のした方向には、2階の集会場で昼から酒でも入れたのであろう、赤ら顔で階段から転げ落ちた、一人の男の姿があった。


「んだよ、別に、見世もんじゃねぇぞ!」


 男は焦点の定まらぬ眼を周囲に向け、自分が見られている事に気付くと、周りに向けて怒鳴り散らす。

 慌てて職員の一人が男の元に駆け寄り、注意を促した。


「ちょっと、アルバラさん!

 またですか、もー!

 ちょっと前に注意されたばっかでしょ!?」


「うるせぇ!

 俺がいつどこで、酒呑もうと、俺の勝手だろ!」


 そのまま階段に寝そべるアルバラに、ギルド職員は溜息を吐いて肩を貸す。


「うわっ、酒臭っ。

 今日も完全に出来上がっちゃってるし」


 文句を言いながらも、アルバラを運ぶ職員の様子を眺めていたジィーコは、丁度自分達の前を通り過ぎる辺りで、困り顔でノーナに話し掛けた。


「全く、彼みたいのと同じ冒険者だと思われると、頑張ってる僕達の評判まで地に堕ちちゃうよ。

 ノーナさん、何とかならない?」


 それまで大人しく職員に引きずられていたアルバラは、その声を聞くと小さく震え、緩やかに顔を上げる。

 その顔は怒りに歪んでいた。

 「あっ、やばっ……」という職員の呟きは、次の瞬間、男の声に遮られる。


「んだぁ、おめぇ!

 このアルバーラに喧嘩売ってんのかぁ!」


 ホールに怒声が響き渡り、ジィーコの傍にいた愛らしい受付嬢は、恐怖で肩を震わせた。

 ジィーコは、「大丈夫だから」と、出来る限り穏やかな表情をノーナに向けた後、表情を引き締め、アルバラを睨みつける。


「何度でも言うよ。

 君みたいなのと同じ冒険者だと思われるのは心外だ、と言ったんだ。

 わかるか?

 それともこんな事もわからない程あんたは落ちぶれたのか?

 なぁ、万年Eランクのアルバラさん?」


 アルバラは、ジィーコの言葉に一瞬呆けた顔を浮かべたが、すぐに挑発されたのだと気付き、これまで以上に顔色を朱に染め、怒鳴り出す。

 最早、アルバラの言葉はほとんど聞き取れないものになっており、酔いと怒りで完全に呂律が回らなくなっていた。

 そこにジィーコが涼しげな顔で、


「何を言ってるかわかりませんね。

 万年Eランクにいると、人の言葉も喋れなくなるんですか?」


 と、更なる挑発を入れれば、アルバラが暴れ出すのは必然であった。

 ギルド職員が慌ててアルバラを前から羽交い締めにし、「落ち着いて! 落ち着いて下さい!」と連呼した所で、どうにもならなかっただろう。

 職員の腕の中で暴れていたアルバラだったが、ついに職員を振りほどくと、ジィーゴに向かって拳を振り上げた。


 傍目から見れば滑稽極まりない姿だったが、それでも、もしノーナが正面から直視していれば、その剥き出しの敵意に触れる事になってしまっていただろう。

 そして、他人の敵意に慣れていないノーナは、あまりの恐怖に気絶していたであろうし、最悪の場合、心に傷を負っていたかもしれない。


 勿論、だろう、や、かもしれない、と言うのは、そのような事態、は決して起きなかったからである。


 アルバラが動いた瞬間、ジィーコは、ノーナとアルバラを結ぶ直線上に移動し、旅装のマントを翻した。

 マントはひらめき、ジィーコの思惑通りに、アルバラの敵意からノーナの眼を守った。


 そして、アルバラの大振りの拳を悠々避け、力一杯、左の拳をアルバラの鳩尾に叩き込む。

 そのまま拳を振り抜くと、アルバラは嘔吐を撒き散らしながら3メイトル程吹き飛んで、そのまま死んだように動かなくなった。

 勿論、ジィーコは吐瀉物に掛かるような間抜けな真似はしない。


 翻ったマントが戻り、ノーナの視界が戻った頃には、全てが終わっていた

 そこには吐瀉物を撒き散らした惨めな男という、自業自得の光景があるだけだ。

 これには周りで静観していた野次馬冒険者達も興奮し、拍手喝采である。

 口々にジィーコの動きを褒めちぎり、口笛を吹く者までいた。


「もう大丈夫ですよ」


穏やかに微笑むジィーコに対して、先程の恐怖が残っているのか、若干震えながら、


「あの、彼は大丈夫なんですか?」


 そう言ってアルバラを心配したノーナの優しさに、ジィーコは一瞬感動したが、次の台詞ですぐにそれが勘違いだと気付いた。


 何故なら、


「何だか、彼、巻き込まれちゃったみたいに見えますけど……」


「あぁ、あれはいいんだ」


 思わずジィーコが素で返した視線の先には、アルバラに巻き込まれ、後頭部を打ちつけて気絶した、ギルド職員の姿があったからだ。


「それよりも怪我はない?

 なければギルドの今回の事の説明をしたいから、証人になって貰いたいんだ」


 気を取り直すとジィーコは、ノーナの華奢な手を取った。


「え、えぇ。

 それはいいんですけど……」


「よし、じゃあ行こう。

 3階の空いてる受付でいいかな」


 尚も職員の方を気にするノーナを、引っ張るように連れていくジィーコ。

 ノーナは何度か振り返り、職員の安否を気にはしたが、報告の義務もその通りだと思い、心の中で彼の心配をすると、大人しくジィーコの後を追うことにした。

 野次馬達も自分の目的を思い出すと、すぐに散っていき、こうして一階の総合案内所前には、気絶する二人の男と、撒き散らされた吐瀉物だけが残された。


 この物語は、若き冒険者、ジィーコ・ギャラムーヴの成長を描いた、愛と友情と冒険の物語。







 ではなく――







 酔っ払いを必死に止めようとして巻き込れ、ゲロ塗れで気絶する新米ギルド職員、ゼロ・クロサキの境遇を綴った、ブラックな物語である。


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