1話
ここから読み始めても読めるように書いていますが、0話を読んでからの方がわかりやすいかもしれません。
公式サイトも作った。宣伝もした。ゲームに入ってくれれば、絶対にこのゲームは人気が出る。
私達制作者サイドの最高傑作だ。人気が出ないはずがない。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
今、この場には緊張感が漂っている。私達の作品が世に出る日だからだ。
本当に、長かった。たかが三年ではあったが、デスマーチにつぐデスマーチで残業と休日出勤の日々だった。給金をちゃんと出してもらえて良かった。
これが失敗作だったら会社が潰れる。そんな緊張感が満ちた日々だった。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
現在時刻 15:57
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ディスプレイ上の二つの数字を見ながら、珈琲で喉を潤す。元は珈琲党でもなんでもなかったが、いつの間にやら珈琲がなければ仕事が出来ない体になっていた。
飲んでも飲んでもすぐ喉が渇く。緊張しすぎて倒れそうだ。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
私達の作ったゲームはVRという史上最低の呼び声高いゲーム機を使ったものだ。
史上初で安価という理由からオタクなら誰でも一度は持ったことがあるような物。
だが、過度の情報酔いで何人もの人を病院送りにした、とんでもない機械だ。
こんなハードでのMMOなど、怖いもの見たさの人間しか来ないだろう。それを考えると1300人弱が今、公式サイトを見ているというのはとても凄いことに思った。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
私達が作ったゲームはONE by ONE VRというタイトルだ。開発者同士の略称はONE。
一人一人。脳の個性がそれぞれのキャラクターを形作る。今までの人生が初期の強弱を決めるゲーム。
とはいっても、大きく変わるわけではない。
スケートをやっていれば回転に強くなる。乗馬が趣味なら縦揺れに強くなる。吹奏楽をやっていれば音の許容値が上がる。
精々がそんなものだ。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
だが、このゲームはそれがメインだ。
まず各々の情報酔いの起こらない程度のリアリティを与える。プレイヤーが行動することで五感許容値が上がっていく。
許容値が一定を越えるとリアリティのレベルを引き上げ、更にリアルな世界が現れる。
私も試してみたが、最初薄っぺらだった世界が少しずつ現実に近づいて追い越していく感覚にずっとキャラクターを育てたいと思ったものだ。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
もちろん、ゲームの定番として敵も魔法も職業もイベントも全て準備してある。
だが、強い敵を倒したいのなら五感を鍛えるしかない。
嗅覚が鍛えられればブレス攻撃の予兆を捉えられる。視覚が鍛えられれば敵の筋肉の動きさえも見て取れる。触覚が鍛えられれば体に触れただけで相手の体内の様子も理解できる。
五感を鍛えなければ使えない技もスキルとして設定されている。
このゲームは作業するだけ強くなる。そんなゲームなのだ。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
あと1分でこのゲームのサービスが開始される。
社運を賭けたとはよく言うが、本当にその通りだ。
このゲームはVRにするためのサーバーにとてつもない金額がかかっている。
今はこれまでの利益からなんとか食いつなげてるが、このゲームが失敗ならば、課金アイテムが売れなければこの会社は潰れる。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
課金アイテムと言っても、省略することのできない作業ゲーであるONEではおまけ程度の意味しかない。
追加アカウントの作成やキャラクターの作り直し。外見の変更程度のものだ。
だが、初期状態では現実の体格に近いアバターをランダムで作成するという物である以上、売れるだろうとは思っている。
体格や顔のパーツの大きさを変更すると感覚に現実とズレが出てきてしまう。
なので現実に近いものとなったのだが、それでもオンラインゲームでの外見は現実を忘れるために、羨望を集めるために少しでも良いものがいい。
格好いい俺を演出するための最高のファクターなのだ。
カチコチカチコチカチコチカチコチ
売れないはずがない。絶対に売れる。そう信じている。
あと5秒だ…。
カチコチカチコチカチ。カチコチカチコチ
始まった。タイマーでサーバーが受け入れ可能な状態に切り替わった。
サーバーに人がなだれ込んでくる。ディスプレイでチュートリアル空間の目視確認をする。
今のところ、情報酔いを感じているプレイヤーはいないようだ。リアリティレベルシステムが無事に作動していることに安堵した。
しかし、まだ安心は出来ない。チュートリアルはどの感覚でもいいのでリアリティレベルが上がることで終了する。
リアリティレベル。通称RLは上がる時に大きな変化がある。今まで感じなかった物を感じるようになるのだから当たり前なのだが、驚愕の感覚だ。
ポップアップメッセージが1人目のRL上昇者が出たと告げた。
思いの外早い。即座にその1人目を確認する。彼は目を大きく見開いて、体を硬直させていた。
おそらく視覚RLが上がったのだろう。視覚の初めは物の細かい部分も見えるようになって驚くのだ。眼鏡を初めて着けた時のようなものだ。
彼はチュートリアル空間を出ようと歩き始めた。しかし視界の変更に違和感を感じるようで戸惑っていた。だがすぐに慣れたようで普通に行動出来るようになっていった。
それからすぐに彼以外のRL上昇者も続出し、チュートリアル空間からいなくなっていく。
しかし、チュートリアル空間からは人がいなくならない。続々とログインしてきているからだ。
思いの外、プレイヤーの伸びは順調で私達は嬉しい悲鳴を上げながらGM業務に集中していく。
今日は徹夜だ。
残業指示書にサインを入れながら、モニターを見つめていた。