表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9節目:狂った息子の、戦う相手は。

今回のサブタイトルは冬将軍さん視点である事は理解できますね、ええ。(

私はしばらく呆然として、開くことの無い玄関を見つめていた。

あの顔は、前にも一度見たことがあったから、ついそれを思考してしまった。

父に出ていかれ、一緒に居てくれると信じていた母に裏切られた、子供の顔……


「何……、私と同じ顔してるんだよ……っ」


彼の顔を思い出すと、じわりじわりと熱いものが込み上げてくる


「嫌、いや……。 思い出させるような顔するなよ!」


もう彼はそこに居ないとわかっていても、そう叫ぶのを止めようと思う心は無い。


「~~~っ!」


歯を食いしばって流れる液体を袖口で拭くと、汚れた服のままベッドに飛び込んだ。

掛け布団を抱きしめて顔をうずめると、声も出さずに泣いた。


なんで私を生かしたんだよ……何であのまま死なせてくれなかったんだよ、バカぁ!





僕は雪の溶けてぬかるんだ道を、転びそうになりながら走った。

早く、早くローシちゃんの家から遠のけますようにと、逃げてるみたいに。


「はぁ、はぁ……急が、なきゃ……」


あーあー……変な顔見られちゃったんだろうなぁー……


ローシちゃんのさっき言った言葉が思い出される。


『……そうか。 なら行け』


ズクン。


「……っ」


……何故だろう? 急に、「怖い」という感情が生まれてきた。 もう何年ぶりだろうか?

僕はそれをかき消そうと、唇を噛んだ。 いたい。 でもそれ以上に、今は……


「……なんで? なんで、なの……?」


今までどんな事言われても、……こんなに苦しくなかったのに!


「っはぁ、はぁ……はぁ、」


ふいに立ち止まると、自分のブーツの先が見えた。

自分がどうしてあんな顔をしたのか、本当はよくわかっている。


「結局……、心配して欲しかっただけじゃん! ……なんだよ、僕」


また誰かに優しくして欲しかっただっけじゃない!

やっぱり……まだ幼いのかなぁ、僕って。


「……っ! 駄目駄目! これくらいの孤独、もう馴れたんだから!」


そう言って自分自身を叱ると、また足早に歩き出す。


どうしよう……こんなんで、上手くドイツ軍と戦えるかな……


不安で渦巻く頭を悩ますと、ひとつしか解決は浮かばなかった。


……あっ、いい事考えちゃった。

前にあの子を死なせちゃった時も、こうして乗り切ったんだっけ。


「く……ふ、ふっ」


こうやって顎に指を当てて……


「あははははは! ふっ、はは……あはははっ」


笑っちゃえばいいよね。


その笑い声は、僕の幼さも、弱さも、恐怖も。 全部隠してくれた。

でもずっと笑ってないと、すぐにまた嫌な物があらわになってしまう。

だから僕はひぃひぃ言いながらも、笑い続けるしかなかった。

時々残雪を蹴飛ばす姿は、ただ狂ってる様にしか見えない。

それなのにその顔は今にも泣き出しそうな子供の様で、

泣きつく相手を求めているようだった。


「あはははははははは! ふっ、ははははは……!! っ、あ……?」


こわばった微笑みを、ふと感じた気配の方へ向けると、

黒い軍帽をかぶった無表情な顔が、ローブを揺らしてそこにいた。


「なんだぁ、父さんかぁ……いや、冬将軍って呼んだ方がいい?」


影こと冬将軍は、あざけるような顔を見返している。


「……そろそろ雪が解けきる、わたしは助けにいけなくなる。 ……いいな」

「うん、わかってるよ? 今不利だから困るけど、君、冬だもんね~」

「……」


冬将軍はまだ、腕と足の無い姿で浮いている。 僕は面白くなさそうに顔をしかめた。


「……なに? 今すぐ第2軍に行かなきゃいけないんだけど。

 そろそろドイツ軍も撤退なんてフリやめちゃうだろうし」

「2軍……。 お前は、アレクサンドル・サムソノフ騎兵大将につくのか」


冬将軍は確認するように聞き返してきた。


「はあ……どっちについたって同じでしょ? 1軍司令官と喧嘩してるんだから!」

「……。 その仲立ちをしようとは―」

「ねぇ」


僕は会話を断ち切って微笑んだ。


「もう、笑っていい?」





わたしの目の前にいる帝政ロシアは、口角がカクカクと震えている。

……また、笑う事で全てを誤魔化していたのか。

何億回、何兆回と見て見慣れたが、そんな事ではいつでも幼いままだというのに。

まあ……しばらくわたしはこの子の傍に居られなくなる。

この子は元々強い。

強い故に少し心配だが……わたしが戻ってきた時に、この行為の事を話すとしよう。

笑う事はこの子にとって、数少ない落ち着く方法なのだから。


「…………」


わたしは頭を、かくりと縦に動かした。

そのせいで、こう言ったこの子の顔は見えなかった。


「ありがと」


頭を上げたと同時にこの子は、広い野原に響き渡る、鋭い悲痛な声で笑った。

わたしには目もくれずに残雪を蹴飛ばして、

とっとと中央欧州から東部欧州にかけての東部戦線に走って行ってしまった。

今のわたしには、その背中を見守ることしかできない。


……あの子は何時になったら、わたし以外に感謝の意を述べられるのだろうか?


「……ん。 もう、駄目か……」


身体が薄くなり、空気と一体化していくのを感じる。

ローブの丈が短くなって、首元まで薄くなって空気と溶けていく……

わたしは最後に、帝政ロシアの走っていく背中を見た。


「……負けても良い、自分の存在を消すな……」


わたしはすっかり見えなくなると、遠き冬へと眠りについた。





「やっぱりロシアの1軍2軍の司令官の仲は良くないみたいですね…」

「……」


ドイツ軍のマックス・ホフマン中佐は質素な会議室の椅子に腰かけて、

小机の向こう側に座る、きちっとブロンドの髪を整えた男性に声をかけた。

体格のいい彼は灰色の軍服の上からでも、逞しい筋肉が確認できる。

今は集めた資料に目を通していて、マックスの声は聞こえていないようだ。


「あの…アルデリッヒさん、聞いてますか?」


マックスが呆れたように尋ねると、アルデリッヒと呼ばれた彼は、資料の束から顔を上げた。


「んっ? ああ、すまない。 何だ?」

「いやですから……ロシアの1軍2軍の司令官の仲は良くないみたいですね、って……

 だから自分は、ロシア軍はこのまま分かれて行動し続けると思うんですが……」


アルデリッヒは資料を小机に置きなおすと、深い青の目を細くした。


「ふむ、その可能性は高いな……

 両者は日露戦争時から仲が悪かったらしく、中国では殴り合いに至ったことさえあった……」


マックスは流石と言わんばかりに目を輝かせる。


「流石はアルデリッヒさんです! 適切な情報を有難うございま――」

「……と、この資料の束に記述がある」


アルデリッヒは言いづらそうに、資料の5枚目の下の方を指さす。お


「あ……あー……。 で、でも! 再確認できましたし、ね?」

「う、うむ…… まあしかし、これはこちらにとっては好都合だ。

 マックス、お前ならこの状況をどう利用する?」

「うーん……そうですね、」


マックスは顎に手を当てて考えると、アルデリッヒの見ていた資料を軽く読み返す。


「我々ドイツ帝国軍は、首都であるケーニヒスベルクの東側に兵を固めていますが、

 ロシア軍の中心となる1軍と2軍がわかれて行動している今、

 首都に兵を固めるより、もっと国土全体に兵を置いた方がいいかと考えています」

「ほう……なるほどな。 全体的に、いつでも反撃のできる体制を作るという訳か。

 しかし、その兵を何処に移動させる?」


アルデリッヒは身じろぎせずに真剣な顔で聞き終わると、疑問点を一つ上げた。

マックスはまた、そうですねー……と、頭をかいて、あげた。


「例えば、南西の方はどうでしょう?

 ここなら、ケー二スベルクの無防備な南側をカバーすることも可能です!」


マックスが名案だというように微笑みを浮かべる。


「よし、gute Idee(良い考えだ)!」


アルデリッヒも納得したように頷くと、席を立って思考を開始した。


「では付け加えてこうする!

 ロシア第1軍の南にいた第17軍団と第1予備軍団を、

 サムソノフ司令官率いる第2軍の右翼であるロシア第6軍団と対峙するために、

 さらに南へと移動させる準備をしろ!」

「はい! では早速軍部へ――」


マックスはアルデリッヒの資料の束を整えて置くと、会議室の出入り戸に手をかけ――


「むっ! ちょっと待てーーい!」

「は、はい!?」


少し思考して、ハッとしたアルデリッヒが呼びとめる。


「ど、どうされました?」

「この計画は……とても危険なものだ! 失敗した時の穴が大きすぎる……」


苦悩するアルデリッヒに、怪訝そうにマックスが口を開く。


「そう言われましても……くわしい説明を頂けませんか?」

「う、うむ。 まず、だ!」


アルデリッヒは会議室の隅に置かれた黒板を、ガラガラと音を立てて移動させた。

鋭い視線に似合わぬ、ふちの赤い小洒落た眼鏡をかけると、

チョークを取ってカッカッカっと図をかき始める。


「直球にいう!!

 もし第1軍がこの、首都ケーニヒスベルクに向かって直接攻めてくるのではなく、

 迂回して南西へと進軍してきたらどうなると推測する!?」


はきはきとした口調で教師の様にチョークを滑らせると、言い終えてマックスに問いかける。

マックスは顎をかきながら思案すると、挙手した。


「え、えーと…… あ、はい!

 我らドイツ第8軍の最左翼の前へと進出することになり、

 第8軍が反撃しなければ、がら空きの南から首都ケーニヒスベルクへ進軍される事になります!

 そして、首都が崩壊したらこちらのジ・エンドです!」

「大正解だ!!」


アルデリッヒは腰に手をあて、

――漫画なら「バァーン!」という効果音が付くであろう――

凛々しく堂々とした顔で振り向いた。


「わー……って、それじゃあ完全とは言い難いじゃないですか!

 というより、それ貴方が今ついさっき考えましたが!?」

「すまない……少々焦って考えてしまった!」


どうやら根は真面目なのだが、焦ると思考がどこか抜けるらしい。

マックスはおろおろとうろたえている。


「ちょ、しっかりして下さいよ! 貴方はドイツ帝国なんでしょう?

 東プロイセンその他もろもろを引っ張るんですよ!? 大丈夫ですか!?」


アルデリッヒは、う゛っ、と顔を歪めると、落ち着こうと頭に手をやった。


「ああ、そうだったな…… 以後、気を付ける」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ