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4節目:「彼」は生きてくれたが、私は。

残りのドイツ軍兵は私の方へ向ってくる。 私は何故直立不動している?

ここを離れなくてはいけないんじゃないのか?

何度言い聞かせても私は無の表情のまま、立ち尽くしているだけだった。

ついに額に冷たい銃口が押しつけられる。


『あ…そう言えば、……なぁんだ、そうゆう事か。 だから体が動かないのか…』


理由がわかってほっとした。 思わず口元に笑みを浮かべる。

ドイツ軍兵は銃を下ろさないまま口を開く。


「お前は元々ただの一般市民だ。 これより捕虜として投降することも可能なんだぞ」


それが今さら何だと言うのだろう。

友達になれそうだった人も、今目の前で死んでしまった。


『今日くらいは楽しくしようと思って… 奮発して買ったのにな、牛肉。』


私は彼の真似をして、冷やかにごつい顔を見上げてやった。


「私はこの国に誇りを持っている。

 投降なんて真似をして、祖国に恥は書かせたくないな」

「………そうか…」


引き金に指がかかる。


『これでいい。

 どーせ私ひとりが消えたって―


  悲しむ人は元々いないんだし。』




僕のぼやけた視界には、新しく弾丸を入れ替えたばかりの銃が見える。


『へ、へぇー…。 それで今度は頭を打つつもり? ずいぶんと用心深いんだね~。』


僕は弾丸が放たれる前に首を少し動かして、戸の無い家を見た。


「…?」


そこには―、額に銃を突きつけられる少女の姿があった。


「なっ!? こら、待て! 何で動けるんだ!? くっそ…~~~っバケモノめ!」


バキューン、バキューン、バキューン


銃声が鳴り響く中、僕はその子だけを見ていたんだ。




『もうすぐ出私の人生もおしまいかぁー。 今思い返しても… なんて不幸せな人生!

 でも、もういい。 私は今日から、あの世の住民なのだから。

 それだというのに…なんだ? 騒がしいな。 何だって言うんだ。』


何かが走ってくる。 獣? あの世からの使い?


何にしても私は何故か、近寄ってくるそれを― 美しいと思ってしまった。


『…は? ウッソ。 だってこれ―』


雪よりも白く輝く銀髪、それよりも少し温かみのある色白の肌、

灰色のベレー帽や分厚いコートが、その白さをより引き立てていた。



それは―



「………………「彼」?」


「なぁっ!? まだ生きてるだと!?」


私に銃を向けていた兵士も、銃を外に向ける。


「ロ……ちゃ…っ」 「お前…」


彼は流れる銃弾に時々肩をかすられた。 そのせいで折角巻いた包帯が破れる。


『嘘…なんでまだ、生き―』


ぼんやりしていると、彼の胸が目の前にあった。 体が地面から浮く。 視界が変わる。

彼は私を肩にかつぐと、先程と同じ微笑みを浮かべた。


「倒すよ」


―ダァンッ! ヒュッ―


次の銃弾が来る前に、彼は私をかついだまま外へ走り出た。

そこで私の意識ははっきりとしたものになった。


―こいつは、私を助けるために戻った?―


胸を打ち抜かれて何故動けるのか!? と、考える余裕はなかった。

彼は私を、傷の開いた肩に乗せたまま、うるさい銃声の中を舞うように逃げる。


ズダダダダダダダッ、ダンッ! ダンダンッ!


「ー、っあ」


私は移動によって起きる強風で、ろくに呼吸もできない中で、

多分ー 彼の左胸が、視界に入ったんだと思う。


「一ひぃっ!? あ、!」


驚いて、冷たい空気を思いきり吸い込んでむせた。

視界に入ったのは、吐いてもおかしくない代物だった。

とりあえずもう目は閉じておこう。


私が目を覆った場所には、肉が5cm程深く、えぐられていた。

奥には止まったままの弾丸が少し顔を覗かせている。

見るに耐えないばかりか、このままでは出血多量でジ?エンドだろう。


「やだ。 お、おい! おい!?」


もう泣きそうな顔で必死に叫んでも、彼は痛む脚を止めようとはしない。

彼が動くたび傷を酷くして、コートが、脚が、雪が。

飛び散った液体で赤く染め上げられる。


「止ま…よ! じゃないと、ー」


ズサアァッ。


「えっー なぁっ!?」


彼がいきなり立ち止まるので、

私は肩からふっ飛びそうになったが、なんとかしがみついた。

彼が肩で息をする振動が伝わってくる。 流石にもう限界か? いや…まさか、死ー


「お、おい下ろせ! 私の体重分、余計に負担がかかるだろ!?」


私は下りようともがいたが、背を掴んだ腕はびくともしない。

ドイツ軍兵はそのすきに、銃を構えて私たちを囲んだ。




僕はそこで囲まれてしまった。 がくりと膝をついて息をする。


「ぅ、あっ! はぁ、あぁ…」


手に付く雪が気持ちいい。 ローシちゃんは僕の腕を払うと、肩をつかんできた。


「お前―! こんなに無茶して…バカ野郎! ……」


その後いろいろ怒られたみたいだけど、僕を心配してくれた事の方が嬉しかった。


『ごめんね、ローシちゃん…ちょっと、休ませて―』


そんな短い言葉も告げられない程肺が弱ってる。

当然だ。 心臓が傷つけられたんだから。




私は彼の顔を覗き込んだ。 白いを通り越して青白い。


「お前―! こんなに無茶して…バカ野郎!

 私の事なんて放っておけばよかっただろうが!」


私は胸の傷をよく見ようとしたが、同時に囲まれてる事を再確認した。


「遺言があるなら今の内だが。」


全員がぐるりと輪になって、銃口を中央に向けている。


―ドクン


背筋が凍るような感覚だ。


「……少し考えさせてくれ」


そう言って彼のほうに再度振り返る。

先程と同じように呼吸は浅く早いが、ずっと走っているよりは悪化しないだろう。


『…どうせ死んでも後悔は無い。 どうせそうなら、この命―』


私は彼の頬を軽くつねった。 辛そうな表情に、少し疑問の表情が加わる。


「? …った、い…」 「喋るな聞け。」


『―最後くらい役立てようじゃないか』




『ローシちゃん、どうしたの?』


一向に状況が理解できない。 ローシちゃんは何が言いたいんだ?

ローシちゃんは固く微笑むと、言って欲しくなかった事を口にした。


「お前は私が守る。」


『―え?』


「な― ぶっ! う…」


何故かと問おうとしたが、喉の奥から血が這い上がってきて邪魔をする。


「無理するな、ほら」


ローシちゃんは真っ赤になったハンカチを絞って渡してくれた。


「あいつらは私が引きつける。 その隙に逃げるんだ」


『―!!』


そう言うと僕の否定する目を無視して、すっくと立ち上がった。

そして僕らを囲んだ兵士たちに、ポケットから取り出した何かを向けている。

その姿は小さいのに大きくて、冷酷に見えるはずの眼は優しく感じた。


「悪いが、やすやすと死ぬ気は無い。」 「…そうか。 ―発砲開始!」


『嫌。』


鼓膜を破るような音と共に、目の前からローシちゃんの姿が消えた。


―ドカッ!


 そのすぐ後、背中に衝撃が走り抜けていく。


「うぶ、ぷっ!」


蹴飛ばしてきた足に、銀の綺麗な髪が見えた。


「ロー…」


僕はそのまま体勢を崩すと、勢いに抗えず雪の上を転がっていく。

景色がくるくると変わる度、弱った肺に負担がかかる。


『や…だよ、』


貧血で意識が薄れていくのが感じた。


『僕のために…国民が死んでいいはずない―』


それなのに身体に力が入らない。 僕は自分の無力さを呪いながら、気を失った。




『ローシ=アナスタシア=ヴァイナーの最後か… 盛大に暴れて散ってやるか』


私は切れ味のいい… 調理包丁で、ひとりのドイツ軍兵の喉笛にすべらせた。


シャッ。


「 え?」


体をなくした首は次の瞬間、断絶魔のような叫び声と共に雪の上に転がり落ちた。

返り血が私の白い肌を赤く塗り替えてしまう。


「はぁ、はぁ……っ!」


休んでる暇は無い。 今度は後ろだ。

包丁を握った右腕を背後へ振ると、

銃を振りかざしたドイツ軍兵の腹につき刺さり、指に生暖かい感触がじわじわと染み込む。


「ふっ、んっ!」


私はもう息をしていないそれを、蹴って地面に叩きつけた。


『流石、死を覚悟しちゃうと無茶できるなぁ。 もう2人消してしまった。』


バァン、バァン、バァン!


「っ!」


私は休む間も無く次の弾丸を慌ててよけた。 一度に沢山動くせいで、呼吸が乱れてくる。


『まだだ! 最後のひとりと共に…絶ってやるんだ!』


私は体制を立て直すと、すぐにまた包丁を振るった。




薄く雪が積もった上で、大柄な彼は冷たくなっていた。

彼を中心に雪が赤くグラデーションされていて、白く美しい姿を一層目立たせる。


ビュオォォオオ……


強い風が白い髪を揺らしたかと思うと、暗闇の向こうから…


彼よりももっと大きな、脚の無い影が現れた。

黒い軍帽を深く被り、また黒いローブに身を包んだ影は、

彼を見ても何も感じないように、無表情でいた。


「…………」


その影は無言でしゃがみ込むと、ローブの間から、ぬっと大きな手を突き出した。

その手はゴツゴツとして固そうだが、倒れている彼の手よりも青白い。

影はその手で、冷たくなった彼の頬を軽く叩いている。



「……起きろ。」


影がとても低い、しかしどっしりとした威厳ある声で言った。

影が立ち上がって待っていると、彼の霜の付いたまつ毛が、ひくっと動いた。


「 ぅ…、んん…。」


影は表情を崩さないまま、安堵の息をこぼした。 冷えきっていた体が、再び活動を始める。

彼は見下ろす影に気付くと、むっとして立ち上がろうとした。


「待っ、てよ。 ふっ、あぁ…何でぇ?」


手足を使って立ち上がろうとするが、上手く力が入らず立てない。

影は無表情のまま見下ろして、何も手を貸そうとはしない。


「くっ、そ… あっ。」


彼はまたどてっと雪に突っ伏すと、呼吸を整えながら、影を恨めしそうに見上げた。

それでも影は何も言わず待っている。


「わかっ、てる…よ。

 国民ひとり助けられないで、何が陸軍大将だって言いたいんでしょ?」




そう言って彼はまた、自由のきかぬ手足と格闘する。

胸や腕が傷のせいできしんで痛いが、そこは我慢して続けるしかない。

さっきと違うのは、影が長いローブを翻して、しゃがんできた事だろうか。

彼は荒い息遣いのまま、刺すような視線で見上げる。


「はぁ、はぁ…なに? 急かしてるの?

 お説教だったら後にして欲しいんだけど… ひゃっ!」


腰を掴まれた感触の後、目線がすうっと高くなる。

影は彼を肩車すると、ズンッ!と太い足を突き出した。


「ちょっ、なに!? 自力で立てって言ったり、持ち上げたり、訳わかんないよ!」


影は頭にしがみつく彼など居ないかのように、ゆっくりと騒ぎの方へ歩み始めた。


「……ねぇ、聞いてるの? 僕が頑張って立とうとするの、君は邪魔したんだよ…?」


無視されたのが不服だったのか、脚を支える影の手をつねる。

すると影は、きつく結んでいた口を、ほんの少し開いた。


「お前の肩には陸軍大将以上の重荷が乗っている。

 それも忘れていたと言うなら、お前はまだわたしの支えが必要な子供と言う訳だ。」

「……。」


彼は不服そうな顔のまま、つねっていた手を離した。


「再度理解したか? お前は…


 このロシア帝国そのものだという事を。」


「 わかってるよ…… ―――冬将軍。 」


そう言う彼の目は上に立つ者の威厳に溢れ、冷たく、美しく、悲しそうだった。


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