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3節目:ドイツ軍が来て、あいつは。

彼は驚いて床にトマトを落とした。 トマトが音を立ててつぶれる。


「え? な、なに?」


突然冷気の入ってくる玄関から、どかどかと3人のドイツ軍兵があがり込んできた。

全員銃を私に向けて構え、いつ発砲されてもおかしくは無い。


「え? なんなの? 何なの?」 「くっ! しっかりしろ現役兵士!」


私はとっさにそばにあったナイフを手に取り、彼の前に走り込んだ。


「ロ、ローシちゃ―」

「何の用だ? ここは帝政ロシアの領地だ! ドイツ軍はさっさと戦線へ帰れ!」

「黙ってよ!」


彼はまだ怪我のある手で、私の両腕を後ろから押さえこんできた。


「なっ―!? お、おい離せ! 奴らは武器を持ってるんだぞ!」


強引に振りほどこうとするが、まるで壁に張り付けられたように動けない。

彼は真剣な顔でドイツ軍兵から目を離さずに、素早く耳打ちする。


「だめだよ、刺激しちゃ。 それで撃たれたら… ズドン。

 で、おしまいだよ。 君の体は二度と動いちゃくれなくなる。」


正論を出された。 そうだ、暴れたっていい事は無い。 落ち着かなければ…


「大丈夫、僕に任せて。」


彼はそう言うと私の腕を優しく離し、銃を構えたドイツ軍兵にひるむ事無く詰め寄った。


彼は予想外のことに戸惑うドイツ軍兵にむかって、にっこりほほ笑んだ。


「何の用かなあ? 僕たち、これからご飯なんだぁ~。

 だから― とっとと帰ってもらえないかな?」


そう言い放った彼の表情は笑っているものの、眼は笑ってはいなかった。

その目はうっとうしいとでも言いたげに、冷やかにドイツ軍兵を見下していた。

だが彼らは銃を下ろそうとはしない。

若干ひるみながらも、その銃口は彼の頭や胸に向けられている。

彼は怪訝そうな顔をして、一層冷たく見下ろした。


「…どうしたの? 帰る気、ないの? 今ならまだ、綺麗なままで返してあげるけど?」


彼がそう突き放すと、今度はドイツ軍兵が喰いかかってくる。


「それはこっちの台詞だ!

 おい貴様、胸に付いてる勲章からして、帝政ロシア陸軍大将だろう!」


そう言ったドイツ軍兵は、彼の胸に付いた豪華な勲章に銃口を押しつけた。


『―は? こいつ…大将だったのか!?』


「そんなの、戦場に出る兵士ならすぐにわかる事でしょ? で、用件は何?

 手短に話してくれないと料理が冷めちゃうんだけどなぁ~。」


ドイツ軍兵は「緊張感のない大将だ」と吐き捨てると、全員で耳打ちしあった。


「その女と共に投降願いたい。」


その言葉と同時に、体が寒くなった。 彼は黙ったまま動かない。


「…なんで? ローシちゃんがなにかしたの?」


彼はまた冷たく微笑む。


「我々は見周りが戻ってこないのを不審に思って探しに行ったのだ。

 すると戦線で全員、目を潰されたまま倒れていたという訳だ!」


彼は「あ。 あーあー。」と思い出したように人差し指を立てた。


「あの人達かぁ~。

 僕の事自分の軍に連絡しようとしたから、通信機壊しちゃった♪ ごめんね?」

「その者たちが話したのはそれだけではないっ!」


ドイツ軍兵がイライラして銃を彼の額にぶつけた。 彼が眉を寄せながら銃をどける。


「え~? その後は捕虜にされそうになって、集団リンチうけてたけど?」


『その先が問題なんだよ、陸軍大将。 そろそろ私の話が出てくるだろうな。』


私は彼を死角にして、後ろ手である物を探した。 ドイツ軍兵は気付かずに続ける。


「そうだ! 捕虜にしようと貴様と揉み合ってる最中、」


ついにその人差し指が私に向けられた。 冷汗をとどめるのはなかなか至難の業だな。


「そこの女に銃を向けた瞬間、視力を奪われたと言うではないか!」


私は焦って前のめる。


「ふざけるな! 何故女と言うだけで決めつける?」 「ローシちゃ…」


彼が一瞬慌てて横眼で私を見た。

でも私は気にせず、呆れたように髪をかき揚げて続ける。


「ドイツ人と言う奴は証拠もないのに決めつけるのか? 礼儀も何もないのだな!」

「ローシ、やめて―お願いだから!」


震える彼の肩を見ると、私はそれ以上何も言えなくなった。


『しかしこうして見てると、ドイツ兵もいかつい顔の人形のようだな…。』


そう私がくだらない事を考えていると、唯一外で立っていたドイツ兵が口を開いた。


「証拠は確かに、無い。」


全員の注目がその兵に向く。


『当然だ。 雪に血が滴らないように、足の血は拭き取ったのだからな。』


「だが!」


私の体がびくりと揺れる。 なんだ? ミスは無かったはずだ。


「この家からな…」


そのドイツ兵は、彼の肩の怪我を指して言った。


「……臭うんだよ、血の臭いが。」 「な―!」


私の頭の中で、瞬時に後悔が駆け抜けた。

空気中を用心深く嗅ぐと、鼻に付く鉄の錆びた臭いがする。


『しまった…。 何故臭いに気が付かなかったんだ?

 気を付けて嗅げばすぐにばれるじゃないか!』


ドイツ軍兵が銃口をさらに強くつきつける。


「何も言う事は無いな? 大将殿。」


彼は表情を歪めるどころか―


「あははは! もう、そんなに押し付けたら痛いじゃない?」


―笑っている?


「気でも狂ったか?

 最も証拠がなかったとしても、

 我らに見つかっている時点で投降は決定しているがな。」


『―!! 何てバカだったんだ、私は!

 見つかってる時点で言い逃れようがないじゃないか!

 くそっ…あいつは、何で笑っている? 本当に気が狂ったのか?』


「ふふふ…気なんて狂ってないよ? それに、そんなことくらい理解できるよ」


私は「あっ」と口を開けてしまった。

彼は私の心配をよそに、胸にあてられていた銃口をぐいと掴んだのだ。


「なっ―!? おい、離さないか! 発砲するぞ!」


彼は微笑んだままもう片方の手で、額に付きつけられていた銃口もつかむ。


『あぁああああぁ…っ!』


私は声にならない叫びを上げている。 どうする?

今隠し持っているこの――――で、助けるべきか?


それも考えたが本物の銃の前では、こんなもの形無しだ。


それ以前に― 恐怖で立っているのが不思議なくらいだ。




僕はくすっと笑うと、冷やかな視線で見下してやった。


「そんな脅しが通用するとでも思ってるの?」


両手に力を入れ、ふたつの銃口がミシミシと低い音を立てる。


『手がまだ痛いなあ。

 こうゆう時は安静にしてるのが一番なんだけど、今はそうも言ってられないよねー。

 …だって…』


「そんな手で折れるわけないだろうが! もう辞めろ、大人しく投降するんだ!」


さすがに焦りはじめたのだろうか。 銃口から震えが伝わる。


『ローシちゃんは…? 怖がってるんだろうなあ~、女の子だもんね。

 もう少しだから― もう少しだから、我慢してね♪』


僕は一層両手に力を込める。


痛覚なんてこの際無くなってしまえばいいのに― そう考えてしまうほど、痛い。

包帯が赤くにじんでくる。


もう少し、もう少し―


突如、ぱきんっ という音と共に、ふたつの銃口が砕けて落ちた。

破片が包帯の上からくい込んで傷を広げた。


「―!? あ、ああ、あ…っ!」


使い物にならなくなった銃を構えていた二人の軍兵は、

言葉にならない何かを発した。

もう一度微笑んであげようか。


「…ね? 脅しなんて無駄だよ?」




私は開いた口が塞がらなくなった。


『銃口が…砕けた? 嘘だろ… 怪我してるくせに、なんて握力だ!?』


銃口は固い鉄金属でできている。

普通に考えれば、人間が ―しかも片手で― 砕くことは不可能だ。


「なっ!? そ…そんな、バカな!」


ドイツ軍兵は力の差に気付いたのか、銃を構える手を緩めて後ずさりする。


気持ちは分からないでもない。

ボロボロになった銃口を見ては、

自分の骨なんて簡単に折られてしまう事がわかるものな。


彼ははそんな彼らに微笑むと、一歩、また一歩。

後ずさりした分と同じ分だけ前に動いた。


「く…来るな…来るな!!」




彼は震える彼らを玄関外まで追い詰めると、足を止めた。

そしてそっと私の方に振り返って、料理の手伝いを頼んだ時と同じように微笑んだ。


「…?」


『何でまた、笑って… ? 口が動いている…』


私は恐る恐る玄関口まで歩いて行くと、彼の声が聞き取れた。


「手当てありがとう。 僕ね、戦う事以外で笑えたの、結構久しぶりだったんだよ?」


『? なんだよ… 何が言いたいんだ?』


何故か嫌な予感がする。

「こっちへ戻れ!」、そう言いたい…だが、今背中を見せたら撃たれる。


彼が視線をそらしている間に、ドイツ兵のひとりは何やら通信機を聞いて話している。


けれども彼は必要最低限の警戒しかしていないらしく、気付いた様子は無い。

それどころか恥ずかしそうに、指をまごつかせている。


「だから…嬉しかったんだぁ。」


『―ッ!』


そう言う彼の顔は今までのどんな笑顔よりも優しく、陽だまりのようにあたたかかった。


突然心音が早くなる。


『なんだ、この感情は? …今の状況には不似合いで邪魔なモノだ。

 とても、ドキドキする―』


―バァン!!


突然彼の顔から生気が消え、胸にぽっかりと穴が開いた。


「―え? お……お前…」


表情は固まったまま動かない。

大きな体はまるでスローモーション映像のように、ゆっくりと雪に崩れた。




『痛…。 何が起こったの…?』


ほぼ感覚の無くなった手で、痛みの根源を探った。

左の胸に生温かいくぼみができている。


息絶え絶えになっていく僕を、銃を持ったドイツ軍兵が見下ろした。


「貴様があの女に話してる間に、軍部へ連絡を取った。 そしたら発砲許可がおりた。

 自分の今現在の状況からして、理解できるな? ロシア陸軍大将殿。」


『僕…撃たれたんだ。

 ははは…気ぃ、抜きすぎちゃったな~… もう、声を出すのも辛いや…』

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