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1節目:遠出での買い物帰りで、あいつが。

私は今、夜の雪原を歩いている。

腕時計の文字盤は7を指し、雪の軋む音だけが響く。

銀の髪、青紫の目、高い身長…私は15歳の純血ロシア人だ。


「ふう…やっと買い終わったな。」


ここは帝政ロシア。

この国の言葉では

『Российская империя(ラスィーイスカヤ・インピェーリヤ)』

という国である。

私は今、その帝政ロシアのモスクワの雪原にいる。


朝買い物に行ったのに、もう夜になってしまった。

朝は空いていたのに、10分程するともう行列ができてしまっていたのである。

その理由は―、


今は1914年8月。

第一次世界大戦という勝手な戦争に、ついに我が祖国も参戦してしまった。


ドイツという国は我が祖国に攻め入られ、現在苦戦中らしい。

ざまーみろ。 我が祖国を田舎とバカにするからだ。

前はどの国も田舎だの後進国だのとバカにして…おっと、話がそれたな。


まあ簡単にまとめてしまうと国の金を軍事費に重点を置いて使っているため、

国民の生活が貧しくなり、買い物にもこんなに時間がかかってしまうというわけだ。


『ま、我が祖国が勝てば景気も回復し… ん? ―げっ! ヤバいヤバい!』


私は目に入った物をかき消し、踵を返して早足になった。


『ヤバい、ドイツ軍兵だ。

 わざわざ戦線付近の店まで牛肉を買いに行く事もなかったろう! 私はバカか?』


どうやら、ロシア兵とドイツ兵が争っている真っ最中らしい。

夕飯時ぐらいお互いゆっくりすればいいのに…

という考えは、もちろん通用しないわけだが。


にしても、ひとり相手に3,4人もかかる事は無いだろう。

いや、そこまでしないとならないのが戦争か。


ため息をつきながら去る私の背後で、

「ぐふっ…」という声とともに殴られる音が聞こえる。


ふう…。 今見た事は忘れて、料理の事を考えるとしよう。


『さて、調理に間に合うかな?

 それともこのまま寝てしまおうか、どうせ…ひとりだし―』


―バチュウーンッ    ズバッ。


高い音が、私の耳元をかすめる。 そこに手をやる気は起きなかった。

足元の雪が真紅に変わってゆく… 頬に長く、傷が走っている。

背後で銃を構えるとき独特の、チャッと言う音がした。


「Was machst du?(何をしている?)」


『―チッ 気付かれたか。』


足音は複数。 こっちへ近づいてくる。


「Bitte post quiet!(おとなしく投降しろ!)」


『たしか、こうゆう時は―』


「Kommen Sie!(来い!)」


ドイツ兵が私のもとに、つかつかと歩いてくる。

ぐいと肩をつかんで、腕を引っ張られた。

その行動は、正直言って―


『呆れる。 こんなに隙だらけなものか? …まあ、いい。』


「возвращаться.(帰れ。)」


スゥ… クッ、 ―ズンッ―


私は右足を曲線を描くように振り上げ、そのままドイツ兵の脇腹に叩きつけた。

ドイツ兵はよくわからないうめき声を上げて、雪原にドサリと音を立てて倒れた。


続けて2人目、そして蹴飛ばした3人目を4人目にぶつけて倒す。


『ちょっろーい。 ザコの一般兵かよ』


1人目のドイツ兵はふらふらと立ち上がると、短いナイフを構えて飛びかかって来た。


「本当に強い奴は、武器には頼らねぇんだ― よっ!」


私は振り返るとそいつの手首を手刀で叩き、落としたナイフを拾う。


『ふう、これで帰れる…ん?

 待てよ、私の外見がばれて捕まるような事があったら、それこそ祖国の恥だな…

 …ふむ、よし。』


わたしはそのナイフを使って、


―小さなお子様にはお見せしがたいシーンだ―


ドイツ兵4人の視力を奪った。


私はそれを何のためらいもなくやってのけた。

生まれた時からこのあたりの州は争いばかりなのだ。

なれない人もいるだろうが、

戦争の中で育ったわたしは傷つける事になれてしまった。


『よし、帰るか ―っと! そうだ忘れていた、さっきのロシア兵は―?』


私はあたりを見渡すと、少し離れたところに太い木がある。

葉はなく、枝だけが吹く風に揺れている。


『あ…いた。』


木の根もとには、目当ての人物が倒れていた。

私はナイフを裾で拭いて鞄にしまうと、ゆっくりとそのロシア兵に歩み寄った。


―痛々しい。


カーキ色のズボンは左膝が破けて、深い傷が血を流しており、

手袋の奪われた両手は重度の凍傷を起こしている。

右腕は折れ、頭と口から血が滴っていた。


だが私はその姿を見下ろして、つい―


  美しいと思ってしまった。


高い鼻、雪よりも白く輝く銀髪、それよりも少し温かみのある色白の肌…。

灰色のベレー帽や分厚いコートが、その白さをより引き立てていた。


「う… ? っ―ひっ!」


彼は私に気付くと、可愛らしい悲鳴を上げた。


『濃い緑の目…。 体格の割に童顔だな。 歳は…20くらいだろうか?』


私は興味深さを裏に隠して、意地悪そうに眼を細めて顔を覗き込んだ。


「お前―、弱いのな。」 「―っ!!」 「怪我、手当ぐらいはしてやる。 立てるか?」


私が手を差し出すと、彼は顔をそむけた。

ゼエゼエと肩で息をしながら、怯えている。


「い…いっ、いい…」


彼は動かせる範囲で首を横に振った。 何を拒むんだ、同じロシア人なのに。


「その怪我で、よくそんな口が叩けるな。」


私は、彼の高い鼻に息がかかるほど詰めよった。


「ここで死ぬわけにもいかないだろう?

 お前ら兵士には、短い一生の中で

 この帝政ロシアを強くする役割があるのだからな。」

「―!! …帝政…ロシア…、」

「そうだ。 だから、立て。 手は貸す。」


『あ、少し後悔してる。 ちょっと今のは説教臭かったな…。

 こいつは私の手を、つかんでくれるだろうか?』


「…ふふっ、『短い一生』かあ…」


彼は俯いて微笑んだ。 前髪のせいで、表情は読み取れない。


『なんだ? 今のは笑うところではないはずだぞ?』


「もう、行って? 僕はどうせ、死―」


―ブシッ。


「ぶぷっ!?」


突然、顔にしぶきがかかった。

彼は先の言葉を続けることなく、血を吐いて咳込んだ。

少しただれた両手で抑えているが、指の間から流れて出ていく。


「けほっ、げぼげほ…ッ あ…あっ、ああ…っ」

「ああ待て待て。 血は飲むんじゃない!」


私は裾で顔を拭くと、鞄からハンカチを手渡した。


「ほら、これで押さえた方がずっといい。」


彼はそれを素早く口に当てて、また咳込んでいる。 私は深くため息をつく。


「やれやれ、厄介なことになってしまったな。 よっこら― しょっ、と。」


私は問答無用で彼に肩を貸すと、よいしょと鞄を背負い直した。


「む、ぶっ!? あっ…!?」


さすがに相手は男で軽くはないが、歩けない程ではない。 しかし、身長差はある。

私は170くらいとそこそこ高いが、彼はその上をいく185はある巨漢野郎だ。

とことんその可愛い顔が似合わないな、全く。 私にくれ。


「ふはぁっ! ちょ…っ、いい! いい、っ…て!」

「もーがーくーな! ただでさえ重いんだ、じっとしてろ。

 後、親切は素直に受け取るものだぞ。」

「う…、うぅ…」


そう言うと彼は静かになって、私の為されるままにされていた。


『やれやれ、買い物帰りにとんでもない物を拾ってしまったな。』

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