ヤケクソ気味に行こう
「踊る!やる!」
そんなに喜ばれてしまっては、頑張るしかない。
また通りかかった給仕に、自分の飲みかけのグラスを渡し、下げるようにお願いする。
「では、どうぞよろしく。お嬢様?」
セインはキャルの前に片膝をつくようにして片手を胸に当て、もう片方の手を広げ、古臭い礼をとる。キャルはそれに返答するようにスカートを広げてセインをまねた礼をちょん、ととった。
「どうぞ」
セインが差し出した手を、キャルの小さな手が受け、二人でダンスホールへと向かった。
長身の青年が身をかがめて、小さな女の子とダンスを踊るその光景に、周りからはざわめきが沸き起こる。
くるくると、青年の手の下で回る少女の、何と愛らしい事か。
やがて曲が終わると、二人には雨の様な拍手が贈られた。
照れ笑いを浮かべると、セインとキャルはお互いに手を取って、拍手をくれた人々に向かって、深々と頭を下げた。
すると、また一際高い拍手がホール一杯に鳴り響いた。
二人でまた顔を見合わせて、くすりと笑う。
直ぐに次の曲が流されたが、今度はゆっくりとした曲調で、セインはキャルを抱きかかえてホールを後にした。
「えへへ!楽しい!」
入り口とは反対側の、外に張り出したテラスの上で、キャルがまたくるくると回って見せる。
先ほどのダンスが、よほどお気に召したようで、セインも嬉しくなって、誰もいないテラスで二人で踊った。
「喉、乾かない?」
「あー、そう言えば、ちょっとだけ」
こんなに楽しいのは、何日かぶりだろう。
セインは直ぐにホールの中に戻ると、キャルと自分の為に飲み物を貰って来た。
二人で乾杯して、口に含む。
普段使った事のない、洒落たシャンパングラスの中には、レモンソーダに蜂蜜を溶かした飲み物が、しゅわしゅわと気泡を揺らめかせており、冷えていておいしい。
「こんなに楽しいなら、毎日だっていいわね!」
「王様には、感謝しなくちゃね?」
こんなにキャルが喜ぶと思っていなかったセインは、この場所に来るまで本当に不承不承、といった態だった。
これは、ガンダルフ王には後で礼を言わねばなるまい。
「そう言えば、国王は何処にいるんだろう?」
この舞踏会に参加城というのだから、何か理由があっての事だろうし、そもそも彼との約束がある。
「ガンダルフ王なら、もう少しで到着するよ」
ぽつりと呟いた言葉に、背後から思わぬ返答が返って来る。
同時に、セインは振り返りながらキャルを自分の背後に隠して上体を反らした。
チッ!
微かな音がして、反動でなびいたセインの髪が切れて空中に霧散する。
直後に、二人が手にしていたシャンパングラスが、甲高い音を発てて地面に激突して中身ごと砕けた。
そのまま目端に映る、自分の髪を切った剣の横腹を、手の甲で弾く。
勢いに任せて飛びかかって来たであろう剣の持ち主は、弾かれた剣をそのまま受け流しながら二人と交錯した。
その人物の動きに合わせ、セインは背後のキャルごと体の向きを変えながら、咄嗟に両手を合わせてセインロズドを己の手の平から引っ張り出す。
ギャリン!
金属の強く擦れる音が響き、火花が散る。
「ふふ、やっぱりあんたか」
「?」
相手の顔が近い。
薄暗がりの中で、血のような赤い髪と、死人のような土気色の肌が、宮殿の明かりに照らされる。
見た事もない人物だ。
競り合いながら、セインは相手の眼を睨む。
濃い暗緑色の瞳が、にい、と、笑みを形作った。
不気味な笑みだ。
「離れなさいよ!」
キャルが銃弾を打ち放つのと、暗緑色の瞳が離れるのとはほぼ同時。
ギキン!と、キャルの銃弾が固いテラスの床を穿つ。
身体が離れて、ようやく全身が確認できた。
細身で、着ているのは男物の夜会服だが、身体のラインと真っ赤な唇が女性であることを伝えている。
暗い赤毛は後ろにひとくくりに黒いリボンで纏められ、その色をさらに強調しており、その前髪から除く暗い緑色は、不気味に輝いて見える。
そして、手には赤い刀身の剣。
柄にはガーネットが嵌めこまれているようで、石の表面が光に照らされるたび、炎の様に揺らめいている。
髪も剣も、誂えたように赤い。
「あんな古臭いステップ、今じゃ誰も使い方さえ知らないよ」
「悪かったな!僕にはあれでも最新なんだよ!」
一度距離を置いてから、キャルの銃撃を気にしてか、剣はだらりと片手に提げたままの彼女に、セインは警戒を緩めずセインロズドを向ける。
「ふふ。そう警戒しなさんな。いきなり悪かったよ」
言うなり、彼女は両手を上げて降参のポーズをとった。
「…は?」
眉をひそめるセインに、彼女はにやりと、またあの不気味な笑い。
「何にもしないと言っているんだけど?」
「そう言われて、ハイそうですかと納得できる程頭が悪いわけじゃないんでね」
拮抗状態が続くかと思われたが、再び聞き覚えのない声が響く。
「おや。こんな所にいたのか。何してるんだ」
切羽詰まった場の空気に気付いているのかいないのか。男が三人の間に割って入った。
「やあ、マスター」
「バルバロッサ。勝手に動くなと言っただろう?」
「だあーってさー、ついに会えるのかと思ったら、居ても立っても居られないじゃん?」
警戒も無しにズカズカと赤い髪の女に近づいた彼に、バルバロッサと呼ばれた女は、ぷう、と、頬を膨らませて見せる。
その彼女と対峙しているセインとキャルに、男は視線を移した。
「それはそうだが。…という事は、彼がそうなのかな?」
男が顔を上げたことで、容姿が分かるようになる。
明るめの銀の髪は長くうねり、項のあたりでバルバロッサとおそろいの黒いリボンで纏めていた。
白い肌は陶磁器の様で、しかし、厚みのある体は、鍛え上げているのか夜会服の上からも筋肉が隆起しているのが分かる。
例えて言うなら、ギャンガルドを白くしたような色男だ。
ギャンガルドはこんなに長髪ではないし、髪も癖のある硬めのストレートだが。
どちらにしろ、この国の人間ではない。
「良く分かったねマスター!」
ぱっと、先ほどまでの不気味な笑顔とは違い、明るい顔を見せるバルバロッサに、キャルもセインも呆気にとられた。
「この落差は何?」
「知らないよ。僕が聞きたい」
構えたまま、セインもキャルも徐々に後退する。
得体の知れない事には近付かないのが、身を守るための鉄則だ。
というより、お近付きになりたくない。
全身が警戒音を発しているよな錯覚に捕らわれながら、じりじりと間を開けた。
「ああ。そんなに警戒なさらずに」
ふいに、男がこちらに声を掛けた。
「…」
返事をする気にはなれず、眼は宮殿のホール内に戻る道筋を探す。
「どうやら、ガンダルフ王は嘘をついてはいないようだ。君がそうなのだろう?大賢者であり聖剣でもあるセインロズドの化身君?」
ぴくりと、キャルの肩が揺れたのが、感触で分かったが、セインは驚きを外には見せずに相手を窺った。
「ガンダルフ王が何て?」
あの王が、セインの正体をべらべらと他人に喋るとは思えない。
「今夜は聖剣復活祭、なんだろう?」
男が肩をすくめた。
なるほど。聖剣が復活したという祝いの祭りは偽りではない、という事か。なら、自分が彼の言う通り、セインロズドそのものであるという事は、ガンダルフ王は喋っていないという事だ。
「ちょおっと!マスターってば違うって!化身なんかじゃないって何度言えば分かるの?!そのものなの!同一体なの!いつになったら理解するの?」
バルバロッサが、男に詰め寄った。
「良く分からん」
「だー!分かって!!」
口喧嘩を始めた二人に、一瞬呆気にとられたものの、セインは直ぐにキャルを抱え、とっとと逃げを打った。
宮殿の中に入ってしまえば、後はどうとでもなる。夜会服を着ていたところを見れば、人目のある場所で無茶はしなさそうだ。
「!!!」
背後でバルバロッサが何か怒鳴っているのが聞こえたが、無視してホールの中に飛び込んだ。
ちょうど、国王到着のファンファーレが響いた所だった。
勢いでそのままホールを突っ切り、宮殿入口まで走れば、予想通り階段を上りきったところでラオセナルと談笑しているガンダルフを見つけた。
「国王陛下!!」
走り込みざま、立場上家臣という事になっているので、形式にのっとった呼び方をする。
「あ?」
それには当のガンダルフの方が驚いたようで、一国の王とは思えないような間抜けな返事をされた。
「王。何度も言っていますが、そのような返事の仕方は如何なものかと」
ラオセナルが眉を顰めるのもそこそこに、セインは二人を掻っ攫うように柱の陰に引っ張り込んだ。
流石に、ゼイゼイと息を切らしていると、ガンダルフが何かを察したようで、あー、とか、うーだのと呻きながら鼻の頭を掻く。
ぎろりと睨めば、観念したようだった。
「もしかして、会った…かな?」
「…僕の予想が正しければ、もしかしてじゃなくて、会っちゃいましたが?」
しかも襲われた。
「何なんですか?あの人たちは?!」
怒鳴りたいのを必死に抑え込む。
「何だ?あいつら何かしたのか?」
首をかしげるガンダルフ王を、キャルもセインも睨みつけた。
「何かどころか、いきなり襲われましたけど?」
「せっかくの楽しい気分が台無しだわ」
「貴女に感謝しなきゃなんて思っていましたが、撤回させていただきます」
「本当ね。こんな目に合うなら、おじいちゃんの家でお泊まりしていた方がずっと良かったわ!」
一気にまくしたてる。
もちろん、周りを配慮して小声で。
「あー。それは、すまなかったな」
片手で顔を覆ったガンダルフに、セインは嫌な予感が的中した事を悟る。
「もしかしなくても、あの二人、というか、赤髪の彼女。バルバロッサと呼ばれていましたが」
「そう。話が早くて助かるね。ご名答だよ」
できれば、キャルの居ない所で出したかった話題だったが、こんなに事が大きくなってしまっては、隠す事も出来なくなった。
セインは、深く溜め息を吐きだした。
「彼女が、僕と同じ存在、なんですね?」
びくりと、キャルの身体が震えた。