自業自得という言葉はだいたい悪役に当てはまるよね
「さて。どっちが間抜け?ギャンギャンの身分が王子だろうが海賊だろうが、ギャンギャンはギャンギャンだわ。それっくらい分かんなさいよ」
誰が何と言おうと、この男は海賊船クイーン・フウェイルの船長で、鼻もちならない海賊王だ。それは変わらない。
「あと、そこの彼女。アンタの大事な王子様を打ち抜かれたくなかったら、こそこそしてないで出てきなさい」
凛と響いたキャルの声に、部屋の片隅で、細い影がびくりと跳ねた。
人質にでもするつもりだったか。国王の傍に近付こうとしていたバルバロッサが、ぱっと身を翻してドラテの元へと走り寄る。
「マスター!」
ドラテに肩を貸し、包帯でぐるぐる巻きにされた自身の手にもかまわず王子を支えようとする。
「触るな!」
王子がバルバロッサを突き飛ばした。
「マスター、ごめんなさい!ごめんなさい!」
縋り付くバルバロッサを見下ろして、ドラテは口端を吊り上げた。
「ああ、そうだな。許してやろう」
「マスター!」
喜びに顔を上げたバルバロッサの白い顎を優しく撫ぜ、耳元で甘く囁く。
「あの生意気な少女を殺して来れたらね」
弾かれたようにバルバロッサはキャルめがけて突き進んだ。
「やめろ!!」
ギャリン!と金属が擦れ合う音が響く。
赤い先行となったバルバロッサを、寸でのところでセインが受け止めたのだ。
「邪魔するなあああああ!!!」
発狂したように赤い瞳を見開いて叫ぶバルバロッサの力は尋常ではなく、セインは足に力を込め歯を食いしばった。
「どうしてだ?なぜ君はドラテを選んだ?!」
キャルを背に庇い、バルバロッサの剣を弾いて再び切り結ぶ。
とにかくキャルめがけて突進するバルバロッサを、セインロズドで受け止めては弾き返す。
交えた剣の間で火花が散る。
「どうしてかって?あんたがそれを言うのかい!」
血走った目を見せたかと思うと、今度は優し気に口元を綻ばせる。
「あんたは知っている筈だよ。この世の絶望を」
急に緩んだバルバロッサの剣先に前のめりになって踏みとどまれば、細い白い腕が首に絡む。
「!」
近付く顔に、何をしようとしているのか気付いてセインはバルバロッサを突き飛ばした。
「ふふ。残念。案外ウブなんだ」
楽し気に、れろりと自分の唇を舐めるバルバロッサを忌々しく睨み返して、触れはしなかったものの自分の口をぐいと拭った。
「あはは!あの子供を殺してマスターに褒めてもらうんだ!邪魔するな!」
下段から脇腹を狙う赤い刃を受け止め、手首を返して弾き返し、また正面からぶつかり合う。
チリチリと、お互いの刃先が金属音を鳴らす。
「絶望か。君は何に絶望したんだ?」
問えば、彼女の瞳が細められた。
「ねえ、セインロズド。あんた、股裂きって知ってるかい?」
ひゅっ、と、セインが息を飲んだ。
「知ってるんだ?あたしはそれに架けられたのさ。胎の子もろともね」
戦時下ではよく聞く話でもある。
戦争は人を狂気に陥れ、善人をも悪魔に変える。
そして、その犠牲になるのはいつだって、ごく普通にその場で生活している何の罪もない一般市民だ。
「家もあたしもめちゃくちゃにされた後に、何も知らずに帰って来た旦那の首と幼かった娘の首が目の前に転がって、終いにあたしは右足を木に、左足を馬に括りつけられた。後は分かるだろ?」
にんまりと笑ったバルバロッサから、セインは視線をそらせなかった。
赤い瞳が、血の様に揺らめいて釘付けにする。
「本当なら牛に牽かせるから、牛裂きとも言うらしいよ」
「知っているよ」
確かにそれは、戦時下ではよくある話だ。そんな体験をしたのは彼女だけではないだろう。だが、だからと言って、それは何の慰めにもならない。なりようもない。
誰が彼女の、彼女らの絶望を止められただろう。
それがどんな事なのか。
戦争は絶望しか生まない。
そこかしこに生まれた沢山の絶望が、バルバロッサを生んだのだ。
「敵の大将が、あんたみたいな戦い方をしてくれりゃ、あたしも人並みに生きて死ねたかもねぇ?」
バルバロッサが赤い剣をその身体に収めたのは、セインが封印されて二百年も経ってからだ。
もし、セインが封印されていなければ?
しかしそれは、考えても仕方のない事だ。
「…悪いけど、何でも僕の責任にしないでくれるかな」
「ふふ。あんたを責める気はないよ。人間なんてのはね?たとえあんたが居ようが居まいが、まるでそれが本能みたいに戦をするんだ。あたしは戦争が憎い。戦争を止めない人間が憎い。だから世界が憎いのさ」
うっとりと、歌うように赤い唇が紡ぐ。
「戦争がそんなに好きなら、皆で争って、とっとと滅んでしまえば良い。そうしたら、だあれも居なくなって、世界は平和になるだろう?」
バルバロッサも、ごく普通の、夫を持ち、子を持ち、新しい命をその身に宿して、生まれて来るのを楽しみにしていたはずだ。
それらをすべて奪い去った戦を憎み、世界を憎むのは当然だっただろう。
生み育むはずだった赤子ではなく、戦の為の剣を胎に宿すほどに、彼女はこの世を憎んみ、そして今尚、憎み続けている。
「皮肉だな…」
戦争を憎む彼女が、人殺しの為の道具をその身の内に収めている。
「同情かい」
「いや。僕も君も、同じだからね。共感は出来ても同情は出来ないな」
剣を交えながら、バルバロッサが微笑む。
「だったら、マスターの所へおいでよ。マスターも世界を憎んでる。ふふ。あたしのマスターは、ちょっと子供っぽいけどね」
あれのどこがちょっとなのか少々問いただしたい所だ。
「丁重にお断りするよ。僕は世界を滅ぼしたいとは思っていないから!」
ダン!
床が凹むような勢いで踏み込み、柄をバルバロッサの剣に絡ませて無理やりそのまま弾く。
驚いて出来たバルバロッサの隙に、赤い切っ先が翻る前にセインは彼女の白い腕を掴んだ。
「何を!!」
突然の事に怯みながら、セインの手を振り払おうとする。
バルバロッサの剣が、セインの肩口目掛けて振り下ろされた。
「セイン!!」
咄嗟にキャルが叫んだ。
セインの肩に刃が食い込む。
しかし、キャルの心配とは裏腹に、崩れ落ちたのはバルバロッサだ。
「くそ!役立たずめ!」
ドラテが口汚く罵ると、自分を囲んでいた近衛隊に構わずスラリと腰の剣を抜き、ピィと指笛を吹いた。
近衛隊が一斉にドラテを抑えつけようと飛びかかったが、それよりも黒い影が数体、ドラテの前に現れる方が早かった。
近衛隊をくぐりぬけ、影がセインに躍りかかる。
「私が欲しいのはお前だよセインロズド!お前さえ手に入れば!」
ドラテは自分を捕らえようとする近衛兵を、引き抜いた自身の剣でいなしながら、眼を血走らせてセインを睨みつけた。
「断る!」
ドラテの目標が、キャルから自分に移った事に多少の安堵を覚えながら、セインははらわたが煮えくりかえる思いでいた。
黒い影は、全身真っ黒い装束の、何処かで見た事の有るような男どもだった。
「あ!あの平べったい剣の!」
気付いたキャルが指をさす。
ジャムリムの住んでいた村で、一行を襲った刺客が居た。その刺客に、男たちの格好がそっくりだ。同じ組織の仲間なのだろう。
しかしセインに彼らの相手をするつもりは毛頭ない。
片手にバルバロッサを抱えながら、飛びかかる彼らを、その勢いを利用して突き飛ばし、投げ捨てる。
セインロズドを使うまでもない。
一直線に、今度はセインがドラテに向かって走った。
ゴキ!
鈍い音が響く。
「ぐは!」
次いで、ドラテが呻いて床に倒れる。
その上に、バルバロッサの身体を落して、セインは何も言わずにただ隣国の王子を見下ろした。
「くそ!くそ!」
セインロズドの柄で、思い切り殴られて赤く腫れあがった頬を押さえ、バルバロッサを掻き抱きながらじりじりと尻で後退するドラテに、ようやくセインが口を開く。
「僕のマスターに手を出したな?」
凍りつくどころか、燃え盛る炎の中に投げ込まれたような息苦しい視線に、ぶわりと鳥肌が立った。
「金輪際、僕らの前に顔を出すな」
静かな声音に、どれほどの怒気が溢れているのか、ドラテは初めて感じる恐怖に体中の穴から汗を噴き出して、一瞬で全身がびっしょりと濡れた。
「う、う、うああああああああああ!!」
昏倒したバルバロッサを抱きかかえながら逃げようとするが、ようやく立ち上がった所で襟首を掴まれて引き戻された。
直後に顔面に激痛が走る。
「ふざけてんじゃねえよこのボンボンが!」
ギャンガルドが殴りつけたのだった。




