小噺17『犬供養』
○『犬供養』あらすじ
東北の山村に、ある男がいた。男は異常なまでに動物を愛し、犬猫はもちろん、蚊や虱まで殺すことを許さない。子供が蛇をいじめれば殴り飛ばし、畑を荒らす猿を追えば説教をし、月輪熊が村人を喰い殺した時でさえ、
「熊も生きるためだべ」
と熊の肩を持つ始末。
そのため村人たちは皆迷惑していたが、腕っぷしも理屈も強いため逆らえず、かつて「犬公方」と呼ばれた徳川綱吉公にならって「犬」と呼ばれていた。
その凶暴ぶりに、「犬」を見かけると泡を吹いて倒れる者や、家に閉じこもる者までいるほどであった。
ある冬の日、その「犬」がぽっくり死ぬ。
村人たちは内心安堵するものの、死体を放っておくわけにもいかず、供養の相談を始める。しかし飢饉から立ち直りかけの貧しい山村であるうえ、相手が「犬」だけに、肝煎を始めとした村人たちは共同墓地へ入れることを嫌がる。
そこで肝煎は、生前「犬」の考えに同調し、動物愛護を手伝っていたことのある鶴松と万吉の2人に供養を命じる。
2人は月輪熊事件以来、「犬」の考えに疑問を抱いて距離を置いていたため、
「オラたちは、もう無関係だべ」
と断ろうとする。
しかし肝煎は、
「毒を食らわば皿までだべ。最後までアレの面倒見んだべ」
と押し切る。
それでも渋る2人に、
「ほれ、せめてもの供養、じゃなくて、オラたちとアイツの縁が裂けた記念だべ」
と言って安酒を渡し、それで葬儀を済ませろと命じる。
鶴松と万吉は、酒だけではあまりに哀れだと思い、村中を回って香典の米や棺、線香などを頼む。
ところが、香典の米を頼めば断られ、棺を頼めば板1枚出ず、線香1本すら惜しまれる始末。居留守を使って出てこないものもいる。また、「犬」を呪った藁人形を見せる人もいた。つい数日前まで「犬」に怯えていた村人たちは、死んだと知るや胸を張って大喜びしている。
村八分でも葬儀と火事だけは助け合う時代に、この有様であった。
やがて2人は、
「こんな村で供養なんぞやってられねぇ」
と嫌気が差し、肝煎から貰った酒を飲み干してしまう。
2人は元々酒に弱く、たちまち酔い潰れる。
供養だけはしなければという気持ちは残っていたので、供え物を揃えようとする。
だが、香典の米は無い。
そこで鶴松が、
「米って字ァ、稲が飛び散った形だべ」
と言い出し、石を砕いて飛び散った欠片を米代わりにする。
酒も飲み干した。
するとまたも鶴松が、
「酒じゃなくて沢の水だべ」
と言い出す。
「なんでぇ?」
と万吉が言うと、鶴松は、
「酒飲むと騒がしくなるべ。『さわ』だけに」
と言って、裏の沢で水を汲んでくる。
棺も無い。
そこで古い樽を拾ってきて、
「犬はゴロゴロするのが好きだべ」
と言いながら亡骸を入れる。
線香も無い。
鶴松は土に穴を開けて木の棒を立て、
「穿孔して、棒立てればいいべ」
と言い張る。
さらに飢饉で近くの住職も亡くなっていたため、お経はなし。
代わりに酔っ払った2人が都都逸を歌って葬儀を済ませる。
こうして葬儀とも呼べぬ葬儀を終えた2人は、肝煎の話を忘れて、「犬」の亡骸を共同墓地へ運ぼうとする。
ところが墓地へ近付くや否や、
「入れるな!」
「山へ捨てろ!」
と村人たちが飛び出してくる。
さらには石まで飛び始め、その様子はまるで犬追物。
その石は、2人にも容赦なく当たり、万吉においては頭に当たってしまう。
仕方なく2人は逃げ出し、「犬」の亡骸を担いで山へ向かう。
しかし人の寄りつかない山中は草木が生い茂り、道も悪い。おまけに、歩くたびに枝が当たる。
2人は樽から亡骸を取り出し、盾代わりにして進む。
枝が亡骸へ当たるたび、万吉は、
「これぞ犬も歩けば棒にあたるべ」
と笑う。
山中で土葬しようと穴を掘るが、土は凍り付き、石と木の根だらけで一向に掘れない。
酔いはさらに回り、凍った土を酒粕と思って食べ始め、掘りかけた穴を便所代わりにしてしまう始末。
2人がへとへとになると、万吉はふと亡骸を見つめ、
「あの人なら、動物の役に立つ供養を望むはずだべ」
と言い出して、樽の中から亡骸を出そうとする。
鶴松が、
「何をすんだべ?」
と聞くと、万吉は、
「人間も飢饉で苦労したべ。動物ならなおさらだべ。何突っ立ってんだべ、はよ手伝え」
と答える。
そして2人は亡骸を獣道の脇へ静かに寝かせる。
さらに大きな木の枝を切り、爪で
「イヌネムル」
と刻んで土へ立て、
「これで供養は済んだべ」
と手を合わせる。
翌日、村へ戻った2人は慰労を兼ねて、顔を合わせて話す。
「慰労っつうけど、供え物断られて、酒飲んだとこまでは覚えとるが、それ以降がさっぱりだ」
「オラもそうだ。……しかし頭ァ痛ぇな」
「おめぇ、そんなに飲んだべか」
「飲んだ量なんて覚えてねぇ」
「オラは、何だか知らねぇが朝から腰とか膝がワンワン泣いてやがる」
「たしかにな。頭が一番痛ぇけど、言われてみりゃ腰も膝もワンワン泣いてるな」
「だべ?どうやら犬供養のはずが、知らねぇうちに犬になっちまったみてぇだ」




