宇宙の起源に関する彼女の一考察。~限りなくゼロに近い確率の中で~
彼女と唇を重ねた。
後。
同じ枕越しに、お互い天蓋のシーツの揺らめきを眺めながら、「多分、宇宙の起源とはそういうものじゃないかしら。」と、彼女はこんなことを語り出した。
「人が一生で生産する精子の数って知ってる?」と。
彼は少しギョッとなった、天蓋のシーツから目線を彼女の瞳に移した。彼女は悪戯っぽく微笑みながら続けた。
「男の人と違って女の人が一生のうちに産む卵、卵子の数は決まっているらしいの。卵子の数がたまたま、その限られた期間で、精子と出会い、受精して、人となる。でもその前に男女が出会い、恋をして、今あなたと褥を共にする確率を考えたら、とても奇跡以上。宇宙の起源を語るに匹敵するものだと思うの。それに、」と、くすっと笑い、「でも、男の人は生まれて死ぬまで精子を生産し続けるらしいわ。その精子の数って幾つだと思う?何兆匹よ。限られた時間の中で何兆匹という精子と、何百個と言う卵子が、限られた時間の中で出会い、愛し合い、そして人として、此の世に生まれ出て来る。これって、あなたが探している事のヒントにならないかしら。」そう言って、暫く沈黙の後、彼女は静かに寝息を奏でだした。
彼は彼女のそのセリフ反芻しながら、寝顔を見つつ、やがて深い眠りについた。明くる朝、隣にいた彼女の姿はなく、思わず胸が締め付けられるような気分になった。
それに追い打ちをかけるように、テーブルの上には置手紙があった。
心臓が跳ね上がり、嫌な気分のままその手紙を読んだ。そこには一言、「ありがとう、これからも頑張ってね。」と。
その手紙をテーブルに戻し、彼女との初めて会った時の事を思い返した。
モニターには、そんな彼の心情に関係なく淡々と朝のニュースが流れ出していた。
この船が故郷星を離れて何千光年、何世代目の人類なのかその系図を辿ることは今はもうままならない。ただ言えることは今もこうして移民船の中で人の営みが繰り返され、生まれ、育み、滅びていく。何千何万とあった同時に出発した移民船は徐々にその数を減らし、今はもう時々入る定期通信が一桁台になって久しい。
何回目かの星の発見で今回、人の住める星が見つかりその星の調査に入ることになった。
その星は誕生して数十億年経過し生命が満ち、成熟期を迎えた星だった。
移民船がそんな状況になった頃、彼はカレッジの調べ物をするため図書館に通っていた。
パピルスを台の上に開き、巻き戻らない様、巻子本を手で押さえ重石を探して、辺りを見渡した。
「これをお探し?」彼女は、手ごろな重石を片手にそれを彼の目の前に差し出した。
重石に向けた視線を、声のする方へ移すと自分の心臓が爆ぜた。いつも、この図書館で合う女性だ。真っ白いストラが眩しく見えるのは着物の白さだけではない、きっと彼女そのものにだろう。「難しい御本をお読みなのね。」そう言いながら、静かに笑った。「カレッジに通っているので。」とか、そんなぎこちない受け答えをした。「はい、宇宙の起源についてです、科学的な観点だけでなく哲学的な観点からのアプローチを・・・。」と、そこまで言うと発したセリフが彼女の、その黒い瞳に吸い込まれそうな感覚になり、彼は次の言葉が出なくなった。
この宇宙船の外に広がるほとんど風景が流れる事の無い舷窓には、そんな彼の状況とは全く関係なく、星々がその位置を変えず光っていた。
年上の彼女、年端もいかない若い彼には、彼女の魅力に落ちてしまうのは、そんなに時間はかからなかった。月日が経ちカレッジを卒業する頃には、進路も決まり真剣に将来の事を考え出し始めた彼がいた。
それとは対照的に、彼女の様子が少しづつ変わり出したのが気になっていた。
その頃、船の上層部の方では、この船の方針を決めるのに、日々、元首、総舵手、レーダー担当者、行政官が艦長を囲み会議を重ねていた。先に発見した星を調査するためのタイミングについてだった。何百組かのグループを送り込み、そこで、何世代かを育ませ、順調だったら再び戻って来て本格的に移殖作業に入る。もし、失敗、全滅すれば次の星を探しに、再び本格的に移動する。つまり、その星に降り立ったら最後、成功しても失敗してもその星に骨を埋める事になる。残酷だが、故郷星を飛び立った時から分かっていた事だった。
ただ、その選定方法は、抽選だった。
そんな事が自分の知らない所で物事が進んでいる事も知らず、彼は相変わらずいつも通り過ごしていた。過ごしているこの日々が、ずっと続くものだと信じて疑わなかった。
そんなある日、彼女は初めて出会った図書館に行こうと誘ってきた。初めて出会った日の記念日なんだろうかと、気楽に考えていた。図書館で、初めて渡された重石をふざけて、渡しあったり、あの時のパピルスを探したり、そして、初めて二人一緒の夜を過ごした場所に立ち寄り、船窓から見える新たに発見された星を二人寄り添い眺めながら、いつまでもこの瞬間が続くものだと信じていた。
テーブルの上に置いた彼女が残した手紙をもう一度手繰り寄せ、開き、短い文を読んだ。
気が付くとモニターからは、今回新しい星に移殖する人の名前が読みだされていた。
それを聞きながら、聞き覚えのある彼女の名を含む何百人と言う名が繰り返し読まれた時に、聞くとは無しに、心が無くなってしまったかのように、無機質にその彼女の名が繰り返し読まれているのを、自分の耳ではない感覚で耳朶に響かせていた。
繰り返し彼女の名を・・・。 了
拙作に目を通していただき、誠に感謝いたします。貴重なお時間を頂戴いたしております。ありがとうございます。




